まあ、潜水艦は機密の塊だからね、仕方ないね
──中央暦1640年3月18日午前9時、サモア基地秘匿ドック──
「弾頭の解析、完了しました。TNTとヘキシルの混合爆薬…重桜製魚雷と酷似しています。」
薄暗い秘匿ドックの中、普段はセイレーン技術の解析を行っている研究施設の一角にそれは横たわっていた。
全長約120m、全幅約12mの巨体…それは潜水艦、グラ・バルカス帝国所属の『シータス級潜水艦ミラ』である。
「成る程…見た目だけではなく、細かい部分も酷似しているとはな…」
乾ドックに固定されたミラの傍らで指揮官と一人の研究員が話し込んでいた。
そう、凡そ一ヶ月前に運悪く拿捕されてしまったミラの解析を行っているのだ。
「俺が寝ている間にそんな事があったとはな…」
「ですが、早めに見つかって運が良かったとも言えます。近海に潜まれて商船を撃沈でもされれば…」
「確かに…これまで以上に、対潜哨戒の訓練に力を入れる必要があるな。」
「そうね。でも、余り警戒し過ぎるのも考えものだわ。」
指揮官と研究員が話していると、背後から声がかかった。
色素の薄い金髪に空色の瞳のKAN-SEN『ビスマルク』だ。今日は研究者らしく、白衣に黒縁メガネという出で立ちだ。
「ほう、その心は?」
会釈して持ち場に戻る研究員に手を振りながらビスマルクに問いかける。
それに対しビスマルクはタブレット端末を操作して、画面を指揮官に見せた。
「見て、この潜水艦の構造について解析した物よ。」
「あぁ、確かに。本当に伊400に似ているな。水上機を3機も乗せれるなんて…どうかしてるな。」
指揮官の言うとおり、サモア基地に所属し第二次セイレーン大戦のダメージにより休眠状態となっているKAN-SEN『伊400』の重火力形態に酷似している。
「えぇ、良く似ているわ。でも、この潜水艦…ゴム類が不足しているの。」
「ゴム…?パッキンとかか?」
「違うわ。振動を抑え、騒音を防ぐ為の防振ゴム…それが船体規模の割に少なすぎるわ。」
「と、なると…相当五月蝿いって事か?」
水面下を行く潜水艦にとって自艦から発せられる騒音は大敵である。
故に、艦内には様々な防音措置が施されている。その一つが、機材等のズレを防止するための防振ゴムだ。
この防振ゴムが有るのと無いのでは、騒音レベルに大きな違いがある。
「そうね。これほどの…Uボートシリーズの2倍近い船体規模があるのならば、騒音対策は必須よ。防振ゴムが無ければ…かなり大きな騒音が発生するでしょうね。」
「成る程…なら、搭載されていた水上機についてはどうだ?」
「あの水上機ね。サモアに酷似した機体があったわ。」
「水上機までもか…潜水艦搭載の水上機と言えば『晴嵐』だが…」
指揮官の脳裏に浮かんだのは、伊400や伊13が搭載している水上攻撃機『晴嵐』である。
しかし、ビスマルクは首を横に振った。
「いえ、機体自体は『零式艦上戦闘機』にフロートを付けた『二式水上戦闘機』に近いわ。」
「ゲタ履きのゼロか…」
「似てはいるけど、構造には若干の差異があるわ。主翼の折り畳み機構の違いや、機体自体の大きさ…洗練されていない箇所が幾つかあるから、試作機の類いなのかもしれないわ。」
「その機体、見れるか?」
「ごめんなさい。あの機体は今、蔵王重工とクロキッド社で調査されているわ。」
ビスマルクの言うとおり、ミラに搭載されていた水上機…『特殊攻撃機アクルックス』は、民間企業である蔵王重工とクロキッド社の研究施設に運び込まれ、ネジの一本に至るまで調査されている。
現在は、3Dプリンターを駆使して寸分違わぬコピーを製作しているとの事だ。
「そうか。まあ、専門家に任せておけば悪い事にはならんだろう。」
「えぇ、彼らの腕は確かよ。」
ビスマルクの言葉に満足そうに頷く指揮官だったが、ふと何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そうだ。ところで…何かいい物はあったか?」
指揮官の言葉にビスマルクは小さく頷いた。
「えぇ、様々な書類が見つかったわ。おそらく…伊168と伊13が"イタズラ"を仕掛けた弾みで気化したガソリンが漏れ出して、中毒になったんでしょうね。処分する暇も無かったみたい。」
「何か分かった事はあるか?」
「"何も分からない"…それが分かったわ。」
矛盾した言葉。理知的なビスマルクの口からこんな曖昧な言葉が出るとは意外だ。
しかし、指揮官はビスマルクの言葉の裏に隠れた意図を読み取る事が出来た。
「ムーでも神聖ミリシアル帝国でもない…か…」
「えぇ、艦内の遺留品に書かれた文字…それは第一・第二・第三文明圏、どの国でも使われていない文字よ。」
「そうなると、解読からか…」
「今はAI解析にかけている所よ。解読率は凡そ3%…固有名詞が多いせいで思ったようには進まないわ。」
申し訳なさそうに肩を落とすビスマルク。
しかし、そこまで気落ちする必要はないだろう。
何せ、鉄血の『人工知能制御技術』は世界屈指の物だ。それを駆使した解読・解析能力を以てすれば不可能は無いだろう。
「それで、それ以外には何かあったか?」
「暗号機…のような物が見付かったわ。」
「ほう…暗号機?鉄血のエニグマみたいな物か?」
「えぇ、これを。」
指揮官の言葉に頷きつつタブレット端末を操作するビスマルク。
その画面に映し出されていたのは、トランクに納まったタイプライターのような物だった。
「…エニグマじゃないか。」
「えぇ、エニグマそのものよ。構造も全く同じ…キーの文字は違うのだけど。」
「エニグマって本体を確保出来れば暗号解読が出来るんだろ?」
「翻訳が出来ないと暗号解読も出来ないけど…逆に言えば、翻訳さえ出来れば暗号解読は比較的楽に出来るわ。」
得意気に胸を張るビスマルク。
それに頷きつつも、考え込む指揮官。
「と、なると…どこの国の潜水艦なのかが問題だな…」
「もしかして…あの国なのかもしれないわ。」
「……グラ・バルカス帝国か?南の方にも、アニュンリュール皇国っていうそこそこデカイ国があるらしいが…」
「その可能性も否定出来ないけど、ムーから聞く限りではアニュンリュール皇国の文明レベルは低いという話よ。」
「だが、重桜のように妙な力を持っている可能性もある…この潜水艦やら水上機は純粋な科学技術の産物なんだろう?なら、やっぱりグラ・バルカス帝国か。」
「その可能性は高い…そう考えても良さそうね。」
グラ・バルカス帝国の噂はムーの留学生から聞いている。
ムーの隣国であるレイフォルを"たった一隻の戦艦"で滅ぼしただとか、支配した国を植民地とし搾取しているだとか…とにかく悪い噂しか聞こえて来ない。
「ビスマルク、一国を戦艦一隻で滅ぼす…そんな事は可能か?」
その問いかけに、ビスマルクは少しだけ考えて口を開いた。
「理論上は可能よ。レイフォル国の文明レベルは旧パーパルディア皇国と同じ…それを踏まえれば首都を砲撃し、指導者層を葬ればあるいは…」
「頭を失った身体は動く事も叶わない…ふむ…ビスマルク。」
「何かしら。」
「その潜水艦の解析、言語の解読が最優先だ。他の研究は多少遅れても構わない。」
「承知したわ。鉄血の名に懸けて、必ずや解読してみせるわ。」
何とも力強いビスマルクの言葉に、笑みを浮かべる指揮官。
「あ、そういえば…乗組員はどうしたんだ?曳航が終わった時には全員、死んでたと聞いたが…」
「あぁ…彼らは、ロングアイランドからの指示で声帯データを採取した後に埋葬したわ。」
「声帯データ…?喉をかっ捌いたのか。」
「えぇ、何でも…色々と使えそうだからって言ってね。」
それを聞いた指揮官は肩を竦め、ため息混じりに呟いた。
「アイツも人の事言えねぇじゃんか…まあ、いい。悪いようにはならんだろ。」
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