あとは育成しながらアイリス砲でも掘りますか…
──中央暦1640年4月11日午後2時、トーパ王国城塞都市トルメス・ミナイサ地区──
「持ち出すのは貴重品だけにしてくださーい!迅速な避難の為には、皆さんのご協力が必要でーす!」
魔王復活の報を受けたトーパ王国軍は、アズールレーンの戦力と共に迎撃体制を整えつつ、世界の扉と運河が突破された場合の事を想定しミナイサ地区から住人を避難させていた。
「お婆さん、大丈夫ですか?」
「あぁ…すまないねぇ…何せ足が悪くて…」
住人達が用意されたバスやトラックの荷台に乗り込んでいる中、トーパ王国騎士団の騎士であるモアも住人の避難を手伝っていた。
一人の老婆が、バスの乗降口に乗り込めずにおろおろしていた所を手助けしてやる。
そんな彼に声がかけられた。
「モア様。」
「モア君。」
「ん…?あぁ、エレイさんとメニアさん。二人も今から避難ですか?」
彼に話し掛けてきたのは幼馴染である二人のエルフの女性、エレイとメニアだった。
エレイの実家はミナイサ地区一番の飯屋であり、彼女の隣に住んでいるメニアはその飯屋で働いている。
「はい、お店の片付けをしていたら時間がかかっちゃって…最後の便になっちゃいました…」
「私もエレイの手伝いをしてたら遅れちゃってねー。まあ、食べ物とかを残して行ったらネズミが湧くから仕方ないよねー。」
申し訳なさそうき眉を下げるエレイと、呑気そうな笑顔を浮かべるメニア。
その様子を見る限り、避難に対する不安等は無いようだ。
「まあ、食料なんかは騎士団が買い上げてるから丸損にはならないですし。休業保障なんかも出るって話だから、魔王を討伐した後は店を再開してくださいね?」
「はいっ、勿論ですぅ♥️お店を開けたら、一番に来て下さいね?」
エレイはモアに恋心を抱いている。
眉目秀麗で気品もあり、騎士なので将来性もある。何より、幼馴染で同族のエルフ…彼女からしてみれば、これ以上無い優良物件だ。
だが、エレイに恋心を抱いていたもう一人の幼馴染がいる。
「そう言えば、ガイ君はどこー?いつもモア君と一緒なのにー。」
メニアが問いかける。
そう、モアの相棒にして幼馴染であるガイだ。
彼は3年前に付き合って欲しいと告白してきたが、エレイは丁重にお断りした。
傭兵であるガイと、騎士であるモア…二人を比べればガイは見劣りしてしまう。
故に、現実的に考えて彼からの告白を断ったのだ。
「ガイ?ガイなら…」
「同志ガイ!貴官は最前線へ赴く事を希望したそうだな!何故だ!」
モアがメニアの疑問に答えようとした瞬間、避難バス乗り場のざわめきすらも掻き消す程の大声が聴こえてきた。
思わず声のする方に目を向ける。
「はい、同志ガングート!愛する祖国を守る為であります!」
「素晴らしい!素晴らしいぞ、同志ガイ!貴官の愛国心、それを貫く勇気があればどのような困難でも乗り越えられるであろう!」
閑散とした通りを歩くガイと、長身の女性。
癖のある雪のような長髪に、赤紫色の瞳。ピッタリとした丈の短い軍服の上からファーの付いたコートを羽織ったKAN-SEN『ガングート』だ。
「お褒めの言葉、ありがとうございます!」
「いいぞ、同志ガイ!更なる困難に挑め!勇敢なるこの国の人々に、революция(レヴァリューツィヤ)の光を見せてやろう!」
気温はこんなにも寒いというのに、あの二人の周りだけ熱気に満ち溢れている。
そんな二人を目の当たりにしたエレイとメニアは若干引くが、モアは慣れたものなのか普通に話し掛けた。
「ガイ!ガングート殿!」
「おぉ、モア!」
「貴官は確か、同志ガイの幼馴染だな!」
モアの言葉に反応した二人が歩み寄ってくる。
ガングートから感じる圧に思わず後退るエレイとメニアだが、彼女はそんな小さな事なぞ気にしない。
「同志モア、騎士の務めご苦労!」
「ありがとうございます、ガングート殿。…しかし、ガイ。お前、ガングート殿の前じゃ真面目なんだな?」
「ば、馬鹿!余計な事を言うんじゃ…」
普段の不真面目な勤務態度とはかけ離れたガイの態度に、モアはからかうような言葉を放つ。
それを聞いたガングートは、ガイの首に腕を回しヘッドロックを彼に仕掛ける。
「ほほぅ、同志ガイ?サボタージュとは感心せんなぁ…まさか、北方連合の処罰を知らないわけではあるまいな。」
「め…滅相もありません、同志!少し気が緩んでいただけであります!」
処罰を恐れ、必死に弁解するガイ。
しかし、必死な理由は他にもあった。
今のガイは、ガングートによりヘッドロックをかけられ頭が彼女の小脇に抱えられている状態だ。
そうなれば、ガングートが持つ大きな膨らみに顔が密着してしまう。
役得かもしれないが、衆人環視の中では羞恥が勝る…故に必死に弁解しているのだ。
「本当か、同志ガイ!?」
「本当であります、同志ガングート!」
その言葉に満足したのか、ガイを解放するガングート。
「なら、良い!今回は見逃してやろう!」
「あ、ありがとうございます! 」
ガイの顔が真っ赤になっているのは、息苦しさや羞恥によるものだけでは無いだろう。
ガイがガングートを見る目…その目は上官に対する尊敬以上のものが籠っていた。
それも仕方ないのかも知れない。
片想いの相手に振られ、傷心中に自分の事を認めてくれた相手…別の感情を抱いても仕方ない。
もっとも、ガングートの方はガイの事を"見込みのある部下"として可愛がっているだけなのだが…
「エレイ。」
「どうしたの、メニア?」
二人のやり取りを見ていたメニアが、エレイに耳打ちした。
「逃した魚は大きいかもよ?」
「は、はぁ!?」
確かに、メニアの言う通りかもしれない。
ガイは傭兵だったが、現在でこそ第四文明圏のみならず第三文明圏に多大なる影響を与える軍事組織アズールレーンの正規兵だ。
しかも一兵卒ではなく小隊長であり、アズールレーン内でも特別な地位にあるKAN-SENとも親密な関係だ。
はっきり言って、騎士であるモアよりも将来性があるかもしれない。
だが、だからと言って振った相手に言い寄る程の面の皮の厚さは持ち合わせていない。
「エレイが諦めるなら、私が狙おうかなー。」
「ち、ちょっと!?」
予想だにしない事を言い出したメニアにエレイが戸惑っていると、街角に設置されたスピーカーからサイレンとアナウンスが鳴り響いた。
──ウゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥ!
《世界の扉より11km地点に大規模な魔物の群れを確認!低速で此方へ向かって進撃中!》
そのアナウンスに周囲は騒然となる。
しかし、そんな状況でもパニックを抑えるのが騎士の仕事だ。
「皆さん、落ち着いて下さい!魔物が世界の扉に到達する迄、まだ時間があります!ゆっくりと、落ち着いて避難を進めて下さい!」
モアが避難民の誘導を始める最中、ガイとガングートは顔を見合わせて頷いた。
「ガングート殿!」
「うむ、同志ガイ!実戦の時だ!さあ、貴官の勇気を見せてみろ!」
そして、たまたま通りかかったハーフトラックを停めさせ荷台へと乗り込む。
そんな二人に向かって、エレイとメニアが声をかけた。
「が、頑張りなさいよ!」
「ガイ君、気を付けてねー。」
「おう!二人も気を付けてな!」
走り出すハーフトラック。
それを見送ったモアは、エレイとメニアの背を押してバスに乗り込ませた。
「それじゃあ、僕も行きます!必ず、魔王を倒して戻りますのでご安心を!」
「も、モア様!ご武運を!」
閉まり行くバスの扉越しに告げたエレイの言葉に頷くモア。
走り去るバスを見送った彼はガイの後を追う為、騎士団詰め所に向かって馬を調達した。
開発艦3期は日本版3周年ですかねぇ…