異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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5人を動かすのは難しい…


121.カルチャーショック

──中央暦1640年6月11日午後2時、ロデニウス連邦アルバント市空港──

 

ロデニウス大陸の西海岸沿いに存在するアルバント市。

もともとは旧ロウリア王国で西方諸侯と呼ばれていた貴族が治めていた小さな街であったが、大陸横断鉄道の終着駅として都合が良かったためターミナル駅や空港が置かれた地方都市となっていた。

そんなアルバント市の郊外にある空港に着陸する神聖ミリシアル帝国の航空機、天の浮船ゲルニカ35型。

風でふらつく事もなく、3本ある滑走路の内の1本に着陸した。

 

「ふぅ…到着しましたね。」

 

シートベルトを外し、一息つくライドルカ。

そんな彼の隣の座席に座るフィアームはシートベルトを外す事も忘れ、窓から見える景色に釘付けになっていた。

 

「ば…バカな…文明圏外国に、こんな空港が…?」

 

フィアームが見ていたのは、空港の景色だった。

綺麗に舗装されたアスファルトの滑走路と、しっかり手入れされた芝生。聳え立つ管制塔と、ガラスを多用したターミナルビル…それは、神聖ミリシアル帝国内に存在する地方空港と何ら遜色無いものだった。

いや…滑走路が長い分、この空港の方が優れているかもしれない。

 

「おおっ、あの機体にはプロペラが付いています!いや…と言うより、かなり大きい機体ですな!もしや旅客機では!?」

 

「ちょっ…まっ…!落ち着いて下さい!」

 

相変わらず興奮した様子のベルーノが、まるで子供のようにはしゃぎながら窓から見える格納庫を指差しつつアルパナの肩を掴んでガクガクと揺すっていた。

因みにベルーノが見たのは、格納庫内で整備を受けているMe264である。

 

「ふむ…成る程…これは実に興味深い…」

 

相変わらずカオスな様相の機内で小さく頷くメテオス。

そんな彼に対し、ライドルカは頭上の荷物入れに置いた鞄を取り出しながら問いかけた。

 

「メテオス殿、どうかされました?」

 

「…ん?あぁ、いや…ロデニウス連邦はムーのような科学文明国だと思ったが…違うようだ。」

 

「ほう?それはどういう事ですかな?」

 

ゲルニカ35型がタキシングし、駐機場へ向かうまでの時間はまだある。

故にメテオスはベルーノからの問いかけに答えた。

 

「先程着陸した滑走路…あそこから強い魔力を感じた。おそらく、滑走路に『風神の涙』のような物を埋め込んでいるのだろう。しかも…おそらく、その『風神の涙』は我が国のものより性能がいいのかもしれないね。」

 

「な、なんですって!? 」

 

メテオスの言葉に、アルパナが目を見開いた。

科学技術ならまだしも、魔法技術でも負けているかもしれない…それは驚くには十分過ぎる材料だった。

 

「君たちはヒト族だから分かり難いかもしれないが、私はエルフだからね…魔力の感知には長けているのだよ。」

 

どこか得意気に話すメテオスに、フィアームが震える声で問いかけた。

 

「あの…性能がいいとは、どの程度…」

 

「ふむ、舗装材が5cm程度と仮定して…ゲルニカ35型の降着装置の長さを考慮して、感じた魔力から推測すると…およそ、我が国の『風神の涙』の3倍の魔力量があってもおかしくはないね。」

 

「さっ…3倍…」

 

メテオスから突き付けられた現実を前に、フィアームがポカンと口を開ける。

最早、彼女の精神は限界寸前だ。心なしか、口から魂が出ているような気がする。

 

「これを使えば、航空機の滑走距離を大幅に短縮する事が出来るだろう…」

 

──ゴォォォォォォ…

 

あくまでも冷静にメテオスが話していると、再び"あの"暴風のような音が聴こえてきた。

 

「おおっ、着陸するのか!」

 

その音を耳にしたベルーノが再び窓に顔を押し付け、滑走路に釘付けとなった。

彼の視線の先にはプロペラの無い2機の航空機…ゲルニカ35型を誘導した『F8クルセイダー』が着陸体勢に入っていた。

 

──ヒュイィィィィィ…ギッ!ギッ!

 

風切り音と降着装置のブレーキ音が聴こえ、2機のクルセイダーは危なげなく同時に着陸した。

1本の滑走路に、2機横並びとなって着陸する様は技量の高さを見せ付けているようだ。

 

「お見事、素晴らしいね。」

 

淡々と、しかし嫌みを感じさせない口調で言いながらパチパチと手を叩くメテオス。

しかし、一番はしゃぎそうなベルーノは目を見開いてプルプルと震えていた。

 

「…ベルーノ殿、如何されました?」

 

怪訝そうな表情で問いかけるアルパナ。

その問いかけにベルーノは振り絞るように答えた。

 

「あ…あの戦闘機…翼が…可動している…」

 

「翼が可動…?あぁ、折り畳み翼ですか?」

 

ベルーノの言葉に首を傾げながら答えるライドルカ。

しかし、ベルーノは鬼気迫る表情でクルセイダーを指差した。

 

「違う!胴体との接合部が持ち上がって…翼自体に迎角が付いている!成る程…ああして着陸時の低速安定性と視界を確保しているんだな…」

 

彼の言う通り、クルセイダーの主翼は油圧アクチュエーターにより前桁を持ち上げて翼の上下角度を変える事が出来る機能を持っている。

それに気付いた目敏さは流石なものである。

 

《大変お待たせ致しました。準備が整いましたので、足下に注意してお降り下さい。》

 

喧騒渦巻く機内に響くアナウンス。

もう、はしゃいでいる場合じゃない。自分たちは観光客ではなく、一国を背負う使節団なのだ。

全員が上着に袖を通し身だしなみを確認した後、出口からタラップへと足を踏み出すと…

 

──パー♪パパパッパー♪パー♪パパパッパー♪

 

白いモールをあしらった黒い制服に身を包んだ楽団が金管楽器を吹き、ファンファーレを奏でる。

 

「捧げー…銃っ!」

 

金のモールをあしらった白い軍服を着用した儀仗隊が、隊長であるイーネの号令に合わせて一糸乱れぬ動きで着剣したライフルで捧げ銃をする。

着剣状態の捧げ銃は最高位の敬礼であり、それは奇遇にも神聖ミリシアル帝国も同じだった。

 

「お、おぉ…」

 

タラップから伸びるレッドカーペットの左右に並ぶ儀仗隊と楽団…あまりにも盛大な歓迎に思わず足踏みしてしまうフィアーム。

彼女自身、他の列強国や文明国に赴く事もあったが、こんな歓待を受けたのは初めてだ。

外交官として多くの経験を積んだ彼女でもこうなのだ、他の四人はポカンと呆けている。

すると、儀仗隊の列からイーネが一歩前に出て深々と頭を下げた。

 

「神聖ミリシアル帝国使節団の皆様。遠路はるばるご足労頂き、誠に感謝致します。ささやかながら歓迎セレモニーを行いますので、少しばかりお付き合い下さい。」

 

「あ、あぁ…」

 

文明圏外国だからせいぜい太鼓を叩く位だろうと侮っていたフィアームだが、イーネを始めとした儀仗隊と楽団の堂々としたパフォーマンスを前に圧倒されていた。

 

「用意っ!」

 

イーネの号令に合わせ、楽団の指揮者がタクトを振る。

 

──ファーファーファファーン♪

 

ゆったりとした壮大な曲調…神聖ミリシアル帝国の国歌だ。

 

「て、帝国劇場のコンサートのようだ…」

 

ライドルカが嬉しさを滲ませた震える声で呟くと、演奏に混ざって奇妙な音が聴こえてきた。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン…

 

「あ、あれ!」

 

アルパナが空を指差しながら驚愕を口にする。

そこにあったのは、11機の航空機…機首には高速回転するプロペラがあった。

 

「プロペラ機…いや、マリンのような複葉機ではないぞ!」

 

新しいオモチャを買って貰った子供のような笑顔を浮かべるベルーノ。

そんな彼の期待に応えるかのように、11機の航空機は散開すると尾翼の辺りから白煙を噴射し始めた。

2機がそれぞれ大小の円を、残り9機が小さな円から放射状に広がる9本の線を大空に描く。

 

「わ、我が国の国旗ではないか…」

 

口を開けたまま空を見上げていたフィアームが、驚嘆を隠せぬ様子で呟く。

まさか、文明圏外国でこんなアクロバット飛行を見る事になるとは思わなかったのだろう。

そんなフィアームの一歩後ろ、同じように空に目を向けていたメテオスは微笑みながら小さく呟いた。

 

「成る程…悪くない国だ。」

 




ミ帝接触編、長くなりそうだなぁ…

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