梅雨入りして湿気のせいで色んなもののヤル気が出ません
──中央暦1640年6月17日午後8時、首都クワ・トイネ──
ピカイア軍港の視察を終えた使節団は大陸横断鉄道北側路線を使い、経済都市マイハークを視察したのちロデニウス連邦政府との会談に備えて首都クワ・トイネのホテルに宿泊する事となった。
そんなホテルの一室で、使節団の面々が顔を合わせて話し合っていた。
「さて…では、皆に聞きたい事がある。この国、ロデニウス連邦について…何か気付いた事はあるか?」
使節団代表であり、この話し合いの進行役であるフィアームがそう切り出した。
その言葉を聞いて真っ先に手を挙げたのは、ベルーノだった。
「まず、皆さん知っての通りですが。この国の技術力は、どう少なく見積もってもムーを凌駕しています。例えば人の営みがある所なら何処でも走っている自動車や二輪車…これだけを見ても、ムーでは勝負にならないでしょう」
「ふむ、確かに…我々の為に用意されたリムジンも、恐ろしく静かで振動も全く無かった…」
「はい。動力はムーと同じく石油を用いた内燃機関エンジンのようですが、色々と調べて見ると一部はそうではないようです」
そう言ってベルーノが傍らの紙袋から一冊の本を取り出した。
その本の表紙には『ロデニウスモーターマガジン』と記されている。
マイハーク市街地視察の際に取られた自由時間の中で買い求めたものだ。
「これは自動車や二輪車の事について扱った雑誌のようでして、その中に『ハイブリッドシステム』という物が特集されていました。これはどうやら、内燃機関の力により発電機を動かし、そこで発生した電気…つまり雷力によってモーターを回す…」
「ん?何故、そんなに回りくどい事を…?」
ベルーノの説明を聞き首を傾げるライドルカ。
「どうもその方式の方が燃料消費や大気汚染を抑えられるようで…」
「大気汚染?」
次はアルパナが首を傾げた。
それもその筈。この世界では、環境問題の意識が薄い為だ。
「えぇ、何でも石油を燃やした時に発生する黒煙は土壌や水源に悪影響を与えるらしく、今は良くても何世代も先の子孫を苦しめる事になるそうです」
「そんな将来まで見据えて技術開発をしているのか…」
フィアームが驚いたように静かに告げる。
今この瞬間の栄華ではなく、何世代先も繁栄する事が出来るような長期的な発展…その意識は、正に先進国のものだった。
「私からも…よろしいですか?」
続いて手を挙げたのはアルパナだった。
進行役であるフィアームは彼に手を差し出して、発言を許可するジェスチャーをして見せた。
「まず、ロデニウス連邦…ではなくアズールレーンの軍事力について色々と調べました」
そう言ってアルパナは、小さな冊子をテーブルに広げて見せた。
「これは、マイハークにあったロデニウス連邦国立博物で手に入れたパンフレットです。この写真、『戦火の記憶』という展示コーナーの一角を撮影したものらしいのですが…」
アルパナが指差す写真を、一同が目を細めてじっくりと観察する。
そこにあったのは、黒光りする流線型の円柱だった。
「これは…砲弾?」
ベルーノが目を擦りながら問いかける。
そう、それは紛れもなく大砲から放たれる砲弾だった。
その問いかけに頷きながらも、アルパナは写真の下に書かれた説明文を指差した。
「えぇ。そして、ここに信じられない事が書いてありました」
アルパナが指差した説明文には、こう書かれていた。
──エストシラント港復旧中に発見された41cm砲弾
『パーパルディア皇国解体戦争』中に行われた『エストシラント襲撃作戦』に参加した全7隻の戦艦より発射された砲弾の一つです。
「41cm砲弾…?」
ライドルカが目を見開き、震える声で呟いた。
「はい、直径41cmの砲弾ですね。我が国…いや、"世界一の超大型魔導戦艦"である『ミスリル級』の主砲が38.1cmなので…」
「馬鹿な!我が国の戦艦よりも強力な戦艦があるというのか!? 」
冷静に…しかし、どこか落ち着き無く話すアルパナの言葉を遮りベルーノが悲鳴のような声を上げた。
それもその筈。神聖ミリシアル帝国…いや、"現時点で"世界最強の戦艦と言えば38.1cm三連装砲を2基装備した『ミスリル級』だとされている。
一方で、アズールレーンに所属する戦艦は40cm級の砲を搭載した者も少なくない。
さらに言えばミスリル級と同じ38.1cm砲を搭載した戦艦も多く、例えば『フッド』は連装砲4基と砲門数で勝っている。
もっと言えば『大和型』、そしてまだ見ぬグラ・バルカス帝国の『グレート・アドラスター級』等は46cm三連装砲3基という化け物のような力を持っている。
謂わば、神聖ミリシアル帝国はもはや世界最強ではない。
政治的な力はまだしも、純粋な軍事力と技術力は世界の東西に現れた転移国家に凌駕されているのだ。
「成る程…」
半狂乱となるベルーノを宥めるアルパナを見ながら、フィアームは小さく呟いた。
(認めたくは無いが…ロデニウス連邦とアズールレーンは我が国よりも優れている点が多い。となれば…やはり我が方に引き入れる為に、あの男を…クリストファー・フレッツァの下へ、我が国の貴族の娘を嫁がせて繋がりを作る必要があるな…知り合いの男爵家の娘が、35にもなっても貰い手が見付からないと嘆いていたな…よし、ちょうどいい)
一人納得したように頷くフィアーム。
そんな彼女にライドルカが声をかけた。
「フィアーム殿。そう言えばメテオス殿は…?」
「ん?あぁ…メテオス殿なら、1階のロビーにある『ぱそこん』とやらで調べ物をすると言っていたな。スマートフォンよりも画面が大きいから見易いそうだ」
──同日、ホテル1階ロビー──
広いロビーの片隅に設置されたブースの中、ディスプレイの明かりに顔を照らされながら表示された文章を読んでいる男が居た。
「魔石を砕いて…『遠心分離機』で純度を高めて、プレス機で成形する…か。成る程…この遠心分離機とやら、なかなか便利そうじゃないか…」
その男、メテオスが読んでいたのはロデニウス連邦で用いられる高純度魔法石の生成方法だった。
ただし、一定の純度以上にはならないように行程の一部を変えているものである。
「科学と魔法が高度に融合しているのを見るに、この国は第二文明圏の『マギカライヒ共同体』のようだねぇ…」
持参した万年筆をクルクルと回し、何処か感心したように呟くメテオス。
視察やインターネット検索で得た情報を脳内でまとめ、いざ手帳に内容を記そうとした。
「…誰だね?」
ふと、自分の背後に視線を感じた。
敵意…ではない。どちらかと言えば、好奇的視線だ。
「あ、気付くんだ。意外と鋭いんだねぇ」
──ガタッ!
思ったより近くから声が聴こえ、驚愕と共に立ち上がりながら振り向く。
「やだな~、そんなに驚かなくてもいいじゃん」
振り向いたメテオスの目に映ったのは、異形の存在だった。
まるで水死体のように青白い肌に、毛先が地を這う程に長い紫がかった白髪。
爛々と輝く黄色い瞳と、首に付けられた重そうな金属製の首輪が目を引く。
「すぅ…何者かね?」
ヒトの形をしているのに、どうしてもヒトとは思えない。
例えるなら、化け物に無理矢理ヒトの皮を被せたような…歪でおぞましい"何か"である。
しかし、メテオスは小さく息を吸い込むと冷静を装って問いかけた。
「いやいや、そんな身構えないでよ~捕って食おうって訳じゃないんだからさ」
だが、"何か"はまるで無邪気な子供のようにコロコロと笑って見せた。
「でも、何者か?って聞かれたからには答えないとね。ん~…まあ『ピュリっち』って呼んでね」
「ピュリっち…?」
得体の知れない存在に冷や汗を浮かべつつも、『ピュリっち』と名乗る存在の一挙一動に注目し続ける。
「で?おにーさんは、何者なのかにゃ~?」
緊張の糸を限界まで張ったメテオスに対し、ふざけながら問いかけるピュリっち。
本来ならこんな礼儀しらずには答えたくないが、答えなければ何をされるか分からない。
「メテオス・ローグライダー…」
「ふーん…」
短く答えたメテオスをまじまじと観察し、ニパッと笑みを浮かべた。
「うん、いいじゃん!面白い、面白い!」
「…は?」
何か一人で納得したようにスキップしながらその場を離れて行くピュリっち。
メテオスは彼女を引き留め問いただそうとしたが、その暇も無かった。
「…何だったんだ?」
一人残されたメテオスは、小さく呟くのみだった。
我ながら雑なフラグの建て方ですねぇ