異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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129.忠義の価値

──中央暦1640年6月19日午後7時、サモア基地ウポル島内ホテル──

 

母港近くにあるホテル内のレストランの一角。

そこには8人の男女が円卓を囲んでいた。

 

「ほう…肉を焼いただけの野蛮な食い物だと思ったが…中々に美味いではないか」

 

「だろう?黒毛重桜牛という、最高級の牛肉だ。そこらの牛とはモノが違う」

 

オパールのような銀髪を持つ金銀オッドアイの女性『テュポーン』がA5ランク重桜牛のステーキに舌鼓を打ち、その隣では『キング・ジョージ5世』が得意気な様子で分厚い赤身のステーキをナイフで切っていた。

 

「…食べないのですか?冷めますよ」

 

そんな二人の美女と同じく、ステーキを切っている指揮官が手付かずとなっている5つの皿に目を向けながら不思議そうに言った。

しかし、皿を前にした5人…神聖ミリシアル帝国の使節団は押し黙り、時折視線をテュポーンに送るのみだった。

 

「…おい、下郎。我の美貌に見惚れるのは構わんが、誉め称える言葉の一つでも口にしたらどうだ。そうでなければ、下郎らしく顔を伏せるがよい」

 

無言のまま視線を向けられる事が不愉快なのか、あからさまに不機嫌そうな言葉を使節団に投げ掛けるテュポーン。

だが、指揮官は彼女の苛立ちを鎮めるように冷静な声で告げた。

 

「まあまあ、KAN-SENという存在が生まれる瞬間を目の当たりにしたんだ。驚いても仕方無い。しかも、"あの"古の魔法帝国製の艦船が元になった存在とあってはな」

 

「ふん…確かに、我もこのような身となって現世に甦るとは予想外だった。矮小な下郎の頭では、理解が及ばぬであろう」

 

指揮官の言葉に納得したのか、頷きながら切ったステーキをフォークで刺して口に入れるテュポーン。

すると、おずおずと手を挙げる者が一名…使節団代表のフィアームが、恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「あ、あの…質問があるのですが…」

 

「構わん」

 

テュポーンが、フィアームに許可を出す。

 

「その…ジョージ殿からKAN-SENについては説明を受け、実際にKAN-SENの力を目の当たりにしたのでかろうじて理解出来ます。ですが…テュポーン…殿?は古の魔法帝国が建造した艦船がKAN-SENとなったとの事ですが…」

 

「同じ事を二度も言わねば理解出来ぬか?やはり、下郎の頭はたかが知れているな…」

 

心底呆れたように肩を竦めるテュポーンだが、一旦ナイフとフォークを置くと腕を組んで如何にも偉そうな態度で告げた。

 

「まあ、仕方無い。三度目は無いと思え。我は、貴様らが古の魔法帝国と呼んでいるラヴァーナル帝国にて建造された特設工作艦である。海上にて損傷した艦船を修理する任を与えられたのだが…如何せん、貴様らの先祖が貧弱過ぎたが故に活躍の場を失い、不要となり廃棄された。保存処理もされず…終いには朽ち果て、本来の我は海の藻屑と成り果てたのだ」

 

「ほ、本当に魔帝の…?」

 

テュポーンの言葉に、怖じ気づいた様子のアルパナ。

彼の反応も無理は無いだろう。

何せ、神聖ミリシアル帝国は魔帝の遺跡を解析して手に入れた技術を用いて世界最強の座を射止めた。しかし、同国でも魔帝の技術全てを把握している訳ではない。

そんな、圧倒的な技術力を持つ魔帝…彼らと直接繋がりがある者が、急に現れたのだ。普通に考えれば恐ろしくて仕方無いだろう。

 

「我が偽りを口にしているとでも?無礼な…貴様の首を捩じ切ってやっても良いが…」

 

チラッとジョージを見るテュポーン。

 

「所詮、我は工作艦。武器なぞ、対空魔光砲しかない。そこの戦艦に取り押さえられれば、何も出来ん。」

 

忌々しそうに述べながらも、グラスを傾けて赤ワインを口にする。

 

「む…美味いな」

 

ワインの深く濃厚な味わいに機嫌を直したのか、笑みを浮かべてみせる。

すると彼女の興味は、一人の人物に向いたようだ。

 

「おい、貴様。耳長の貴様だ」

 

「…私かね?」

 

テュポーンの声がかかったのは、エルフの男性…メテオスだった。

 

「そう、貴様だ。我の為に、この葡萄酒を買い込んでおけ。切らしたら只では済まんぞ」

 

「は…?」

 

テーブルに置かれた赤ワインの瓶を指差すテュポーンの言葉に、間抜けな声を出しながら首を傾げるメテオス。

しかし、彼女はそれに構う事無く言葉を続ける。

 

「食事に手抜きは赦さぬ。寝床は広く、柔かな物…風呂には香を焚いて、我の体を洗う女の奴隷を最低5人は用意せよ」

 

「テュポーン、神聖ミリシアル帝国には奴隷は居ないらしい。メイドとか侍女にしておけ」

 

「ふむ…まあ、仕方あるまい。奴隷ではなく、メイドか侍女でもよい」

 

指揮官の言葉に少し驚いた様子のテュポーンだったが、如何にも妥協したという様子である。

だが、メテオスは相変わらず戸惑った様子だ。

 

「いや…待ってはもらえないかね?今の話を聞く限り…彼女を我々が連れ帰って面倒を見る、という話のようだが…」

 

「当たり前じゃないですか。指揮官適性を持つメテオス殿がキューブに干渉したからこそ、彼女を建造出来たんですよ?指揮官なら、KAN-SENの身柄を預かる事は常識です」

 

さも世の中の常識と言った風な口振りの指揮官だが、彼が言っているのはあくまでも元々の世界での話。この異世界の常識ではない。

 

「いや、KAN-SENという未知の存在…しかも、魔帝に関わる者を我が国に入れる訳には…」

 

強引に進む話に待ったをかけるフィアーム。

しかし、指揮官は首を傾げて不思議そうに答えた。

 

「ダメですか?ムーは受け入れましたよ」

 

「は?」

 

「実は、ムーのとある方も指揮官適性を持っていたのですよ。それで、メテオス殿と同じようにKAN-SENを…別世界のムーで建造された戦艦のKAN-SENを建造したんです。暫くはムーに居ましたが…今はこの基地に留学生として滞在していますよ」

 

「えぇ…」

 

KAN-SENなどという不可思議な存在をムーが保有しているという事実に、思わず脱力してしまう。

まあ、百歩譲ってKAN-SENという存在を受け入れる事は良しとしても、魔帝の艦船…世界中を恐怖のドン底に陥れたラヴァーナル帝国と価値観を共有しているであろう者を受け入れる事は、到底出来ない話だ。

 

「テュポーン。お前、何か良からぬ事とか考えてるか?」

 

「何だ?まさか、我がラヴァーナル帝国復活の為に暗躍するとでも思っておるのか?」

 

フィアームの疑念を代弁するように問いかける指揮官。

だが、テュポーンは半ば呆れたように告げた。

 

「我は不要と断じられて棄てられた身…そのような仕打ちを受けてなお、帝国に尽くすような被虐趣味は持ち合わせておらん。…何、我を棄てた者を見返すのも一興ではないか」

 

「確かにな。忠義を果たす価値もない連中だ」

 

悔しそうにギリギリと歯を鳴らすテュポーンの言葉に同意する指揮官。

意思を持たぬ兵器だった頃ならいざ知らず、KAN-SENとなってヒトの心を持った彼女は自らの創造主を見限っていた。

 

「だが、しかし…上層部が首を縦に振るか…」

 

難しそうな顔で思案するフィアーム。

だが、彼女の懸念なぞ気にしていないようにメテオスが口を開いた。

 

「…分かった。彼女は我々が預かろう」

 

「メテオス殿!?」

 

彼の言葉に、思わず立ち上がるフィアーム。

メテオスも同じように立ち上がり、使節団一人一人に目を向ける。

 

「確かに…確かに、彼女のような得体の知れない存在を国内に入れる事は不安があるだろう…しかし、彼女は当時の魔帝を知る貴重な存在だ。ことごとく危険を排除し機会を棒に振るより、多少の危険を侵してでも機会をモノにすべきではないかね?」

 

「…そうかもしれません」

 

メテオスの言葉にベルーノが同意した。

 

「我々は、魔帝の全てを知っている訳ではありません。しかし、それを知る事が出来る可能性が目の前にある!その可能性を掴む為にも、彼女を受け入れるべきでしょう!」

 

熱弁するベルーノ。

そんな彼の言葉に、ライドルカとアルパナも頷いた。

 

「…分かった。だが、我々の独断で決定を下す事は出来ない。一先ず私とメテオス殿が残り、他のお三方は一旦我が国に戻って報告をしていただきたい」

 

そしてフィアームも、渋々と頷いた。

しかし、そのまま連れて行く事は出来ない為、フィアームとメテオス以外の者が神聖ミリシアル帝国に帰国して事の顛末を報告、上層部からの判断を仰ぐ事にしたようだ。

 

「よかろう。多少は待ってやろうではないか」

 

使節団の葛藤もどこ吹く風。

テュポーンは、ステーキを赤ワインで流し込みながら満足そうに呟いた。




指揮官は新しいKAN-SENが来た時には必ずステーキを食べるようにしている
という裏設定

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