私は紫電改二の二機目が出来ました
──中央暦1640年7月7日午前10時、神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス『アルビオン城』──
「久方ぶりであるな」
《お久しぶりです。最後にお話させて頂いたのは…1年半前でしたね》
アルビオン城の中枢、厳重な警備が施された居室で一人のエルフが電話の受話器を耳に当てながら電話口の相手と挨拶を交わしていた。
長い白髪と顎髭に、深い皺が刻まれた顔。見るからに老人であるが背筋が曲がるような事は無く、その眼光も相まって力強く根付いた巨木のような印象を受ける。
彼こそ世界最強の列強国、神聖ミリシアル帝国に君臨する皇帝ミリシアル8世である。
「貴殿も貴国の者から聞いているであろう?」
《ロデニウス連邦が提唱した、国際機関設立の件について…ですね?》
「うむ。貴殿は政治に関わらぬ身である事は承知の上…一人の友人として、どう思うかを聞かせて欲しいのだ」
ミリシアル8世と通話をする相手…それは神聖ミリシアル帝国に次ぐ列強二位の大国であり、この世界では非常に稀な科学文明国ムーの国王『ラ・ムー』であった。
ムー王族は政治から身を引き、外交においての顔役や式典の際の象徴としての役割に徹している。
故にこうやって電話会談を行う意味は無いのだが、ミリシアル8世とラ・ムーは国同士の関係はともかく互いを友人として、優れた指導者として尊重していた。
《私の意見を…ですか?》
「うむ。我が国の官僚や政治家は優秀ではあるが、少々前例主義に縛られておる。それ故、この議題の判断を余に丸投げしおったのだ」
《あぁ…なるほど…ご苦労なさっているのですね》
4000年もの時を生きてきたとは言え、世界最強国家の指導者としての重荷に馴れる事は無い。だが、弱音を吐く事も投げ出す事も出来ない。
そんな彼が友人のように接してきたのが、歴代のムー国王であった。
《我が国は国際機関設立を支持する立場を表明する予定です。理由としましては、我が国の隣国であるレイフォルを侵略した『グラ・バルカス帝国』の蛮行が伝えられている事にあります》
「ほう…」
ミリシアルにもグラ・バルカス帝国の噂は届いていた。なんでも、たった1隻の戦艦でレイフォルを滅ぼしただとか…眉唾ものだが、世界秩序に反するような国家であれば対処する必要もあるため、現在諜報活動を行っている最中だ。
しかし、それを口外する事は無い。ラ・ムーが友人であっても、線引きはキチンとしている。
《現地住民に対し苛烈な強制労働を命じ、逆らった者には暴力を振るう。周辺国に武力を用いて恫喝し、軍門に降らなければ攻め滅ぼす等…正に蛮族の振る舞いと聞いています。彼らもロデニウス連邦のように理性的であれば良いのですが…》
「ふむ…それは確かに危険ではあるな。多少尾ひれがついた噂ではあろうが、レイフォルを滅ぼしたのは事実…列強最弱言えどレイフォルを滅ぼせるだけの力を持つと言う事は、それなりの脅威であるな」
《はい。ですので、我が国としてはロデニウス連邦とより強い繋がりを持ち、グラ・バルカス帝国を牽制しようと考えております。何せ、ロデニウス連邦もまたパーパルディア皇国という列強国を滅ぼした国家…万が一、グラ・バルカス帝国がロデニウス連邦と同等の戦力を保有していたとしたら、我が国では対処出来ませんので》
ミリシアル8世は内心、驚いていた。
確かに使節団からの報告で、ロデニウス連邦の兵器がどのような物かは把握していた。しかしそのスペックが信じがたい程に高性能だった事と、科学技術を用いている為どのような物かイマイチ把握出来なかった事もあり、正確な評価が出来ていなかった。
そんな中、科学文明の盟主であるムーがそのような評価をしている事は驚愕に値いするものだった。
「貴国がそんなにも評価しているとは…それ程までにロデニウス連邦は優れた文明を持っているのか?」
《はい、我が国よりも遥か先に…仮に我が国とロデニウス連邦が戦争をしたら、我が国の惨敗で終わると予想されている程です》
「そこまで…か」
確かに報告書には、10トン以上もの搭載量を持つ爆撃機や超音速機。推定40cmの口径を持つ艦砲を備えた戦艦や、人型戦闘兵器…それらの存在が記されていた。
もしこれが事実であれば、ロデニウス連邦はムーはおろか神聖ミリシアル帝国をも凌駕する存在だという事になる。
《ですが、それ以上に私はロデニウス連邦の提唱する国際機関は必要になると考えています》
「何故に」
《世界では未だに苛烈な奴隷労働による罪無き民への搾取が続き、戦争ともなれば民族浄化すら簡単に行われ、疫病や飢饉で多くの命が失われる…そのような悲劇が日常的に発生しています。自国が良ければそれで良い…そのような考えでは、世界の衰退へと繋がってしまうでしょう。それを防ぐ為にも、我々は変わらなければならないのです。列強国・文明国・非文明国という垣根を取り払い、互いが互いを尊重し対等な関係を築く事が出来る新たな秩序…そんな新たな世界を築く事が、未来の子供達の為となる。私はそう考えています》
「確かにな…余も同じ事を考えていた」
ラ・ムーは政治から一歩引いた大局的な目線でロデニウス連邦の提唱を評価し、そのような考えを持っていた。
一方でミリシアル8世は大筋は同じだが、やや異なる考えで評価していた。
「我が国は魔帝復活に備え、遺跡を解析し技術を開発してきた。しかし、この世界は余りにも争いが多すぎる。このままでは魔帝復活の前に、我々は度重なる戦争により疲弊してしまうであろう。そんな疲弊した国々ばかりの世界では魔帝復活に備える事なぞ出来ぬ…2つの列強国が倒れ世界秩序の枠に綻びが出た今、新たなる秩序構築に動き出すべきであろう」
《左様ですか。では…》
「うむ。貴殿の言葉を聞いて余も踏ん切りが付いた。余の名において、国際機関設立に尽力しようではないか」
《貴国が加わるのであれば、追随する国も多く出る事でしょう。…それで、それだけでは無いのでしょう?》
「ふん…中々に鋭いな」
それなりに長い付き合いであるラ・ムーはミリシアル8世の僅かな口調の変化を感じとり、他にも相談事がある事を言い当てた。
「…KAN-SENという存在について、貴殿はどう思っている?」
そう、余りにも現実離れした存在であるKAN-SEN…その存在について既にKAN-SENを受け入れているムーはどのように思っているのか、そう問いかけた。
《陛下も貴国の方々もご存じでしょうが、我が国は『ラ・ツマサ』と呼ばれる並行世界の我が国にて建造されたKAN-SENを受け入れています。私も彼女と面会した事があるのですが…人間と何ら変わらない、普通の女性ですよ》
「ふむ、普通の女性…か」
ラ・ムーからラ・ツマサ…ひいてはKAN-SENの印象を聞き、しばし思考するミリシアル8世。
報告書にあるKAN-SEN…テュポーンは未知の存在である上、魔帝出身という身の上だ。普通なら、そんな存在を国内に受け入れたくは無い。
しかし、前例主義に縛られた自国の状況を打破する為にはある程度強引な手段をとる方が良いだろう。
「フッフッフッ…」
《陛下?》
ミリシアル皇帝となったばかりの日々…覇権主義に染まり切った自国に変革を巻き起こすべく奮闘していた過去の記憶と、現在の状況が重なり思わず笑みが溢れてしまった。
「いや、気にするな。年甲斐もなく、興奮してしまっただけの話よ」
《ははっ、左様ですか》
「時間を取らせてしまったな。また、何かの機会があれば語らおうではないか」
《はい、陛下もお元気で。…では》
──カチャンッ…ツーッ…ツーッ…ツーッ…
電話が切られた事を確認すると、ミリシアル8世も受話器を置いた。
「我が国も…この世界も、変わらねばならん。その為には、多少の痛みは受け入れようではないか」
重々しく頷くと、彼は自らの執務机に置いたままになっていた書類と向かい合いペンを手にした。
「魔帝に対しても決定打となるであろう兵器…それを手に入れる為には、この程度の代償なぞ軽いものよ」
サラサラと書類に自らの名を記す。
この書類はテュポーンをサモアに置いて帰国した、フィアームとメテオスが持ち帰った物だった。
──ロデニウス連邦及びサモアは、神聖ミリシアル帝国に対して魔石爆弾『トラペゾヘドロン』を譲渡する。その対価として神聖ミリシアル帝国は、対魔帝兵器開発の共同開発をロデニウス連邦及びサモアと行う事。
一歩間違えば技術流出に繋がるだろう。
しかしムーより優れた科学技術と、魔法技術を組み合わせればより高性能な兵器を生み出す事が出来るかもしれない。
それを考えれば、この取り引きは魅力的なものだった。
ミリシアル8世とラ・ムーがこんな関係なのかは分かりませんが、政治に関係なく国のトップが話してるのっていいですよね