今回から竜の伝説編です
何話かかるかなぁ…
──中央暦1640年11月8日午前10時、サモア基地司令部指揮官執務室──
エモール王国との国交開設も恙無く完了し、中央世界に存在する他の国々とも国交を結ぼうと動いていたある日の事であった。
「…確かに、国にしか見えんな」
指揮官は大きな執務机に向き合いながら、眉間に皺を寄せて呟いた。
彼の視線の先、そこに置かれたのは十数枚の写真だった。
その写真は一枚一枚別の風景を撮影している訳ではなく、それぞれが半分程重ねられており一枚のパノラマ写真のようになったものだ。
そして、その写真に映し出されていたのはリング状に連なる岩山と、そのリングの内側の海に浮かぶ島だった。
「この前の実験航海の最中に偶然発見したんだ。その写真からも分かるように住居らしき建物と、農地らしき平地…結構立派な城のような建物もあるから多分、それなりの文明を持つ国家だと思うよ」
写真を睨み付ける指揮官に、ノーザンプトンが説明するように付け加える。
確かに彼女の言う通り、その島には石かレンガで作られているらしい大小様々な建物や、きっちりと区画が分かれた農地らしき土壌が露出した土地もある。
何処からどう見ても、文明的な生活を送る人々が住んでいるようだ。
「しかし…この地形じゃ外海に出る事は難しそうだな。この写真を見る限り"囲い"に隙間は無いし、見えてる範囲は断崖絶壁ばかりだ」
「そうだね。それにロデニウス連邦は勿論、周辺諸国に聞いてもそんな国は知らないって」
まるで巨大なカルデラのような岩山を指でなぞりながらそう述べる指揮官に、タブレット端末を見ながら応えるノーザンプトン。
指揮官の言葉通りリング状の岩山には船が出入り出来るような隙間等は無く、なだらかな傾斜があるようには見えない事…更にはサモアから4000km以上離れた海域にポツンとある事から、とても知的生命体が生存出来る環境とは思えない。
「でも、建物や農地らしき土地の状態からして明らかに文明があるからね。どんな人々が住んでいるか…調査の必要があるんじゃないかな?」
「同感だ。よく分からない連中が居るってのは気持ちいいもんじゃないからな」
「なら早速、調査員と外交官の派遣をしたいところだけど…生憎、国交開設交渉に慣れた外交官は皆出払ってるんだ」
肩を竦めたノーザンプトンがため息混じりに告げる。
先にも述べたようにロデニウス連邦は、中央世界の主要国である神聖ミリシアル帝国とエモール王国との国交を開設した事を皮切りに、中央世界に存在する様々な国家との国交開設に動いている。
そのため、国交開設交渉に慣れた外交官が中央世界に出払ってしまっていた。
「そうか…なら、俺が行くか」
「その間、サモアはどうするんだい?」
「お前かロングアイランドに…と思ったが、今回はお前にも来て欲しいしロングアイランドはムーに行ってるしな」
未知の国家との接触には、実験航海に参加したノーザンプトンとエンタープライズを連れて行く事は確定していた。
ノーザンプトンは新たな艤装により高性能な通信設備を手に入れた為、ロデニウス連邦本国との綿密な連絡が可能となる。
またエンタープライズは、新たな艤装に搭載された新型動力のお陰で無限に近い航続距離と駆逐艦に匹敵するような速度があるという。
そんな最新鋭装備に身を固めた二人なら、万が一の事態が起きても切り抜けられるだろう。
そしてロングアイランドだが、彼女は今ムーに居る。と言うのも、実はロングアイランドは『護衛空母』の魁とでも言うべき艦船なのだ。
そのカンレキを活かし、ムーで商船改造空母の運用方法の指導を行っている。
「なるべく真面目で、要らぬ軋轢を生まないような奴がいい。あと、それなりの人望も必要だ」
「となると…」
「高雄だな…いや、別にビスマルクとかリシュリューでもいいんだが。まあ、暇そうな奴を見繕っておこう」
ともかく、指揮官不在の間の代理人問題は解決したようだ。
「それにしても…随分と高い位置から撮った写真もあるな。あの島がまるで胡麻粒だ」
話題を切り替えるように、とある一枚の写真を手に取る指揮官。
一見すると真っ青な海が写っているだけだが、よく見ると角の方に小さな点がある。
「新型偵察機のテストをしている最中に見付けたからね。パイロットをしていた饅頭が報告してきたからズームさせたんだ」
「新型偵察機ねぇ…どんなのだ?」
「最高速度は900km/hに少し届かないぐらいで航続距離は7000kmちょっと、そして最高高度がずば抜けていて27000m」
その言葉を聞いた指揮官の眉がピクッと跳ねた。
「27000m…27kmって事か?桁を間違えてるんじゃないか?」
「2700mじゃワイバーンより下だよ…間違いなく、27000m。殆ど空気の無い場所を飛べるよ。所謂、成層圏って所だね」
現在サモアで開発され、アズールレーンやロデニウス連邦軍で少しずつ配備が進んでいる超大型戦略爆撃機でも、実用上昇高度15000m程度だ。
"成層圏の要塞"の名を持つ爆撃機よりも遥か高みを行く偵察機…そんな物、迎撃しようがない。いや、もしかしたら高度が高過ぎてレーダーに映らない可能性もある。
「なるほど…そりゃいいな。一度、その偵察機を見たいんだが」
新型偵察機に興味が湧いたらしい指揮官が、現物を一目見たいと希望する。
しかし、ノーザンプトンは首を横に振った。
「残念だけど…その偵察機は壊れたよ」
「壊れた?」
「そう。艦載機型に改造したものをエンタープライズから発艦、飛行中の色々なテストは問題なく出来たんだけど…」
苦笑し、タブレット端末の画面を指揮官に見せるノーザンプトン。
「着艦に失敗してね。スクラップ一歩手前だよ」
そこに映し出されていたのは、細長い胴体から長いグライダーのような翼を生やした黒い機体が、半ば海に沈んでいる光景だった。
機首は大きくヘコみ、長い翼はまるで紙切れの如くグシャグシャになっている。
「マジかよ…試作機作りだってタダじゃないんだぞ?」
「仕方ないよ。何せ翼幅が31mもあるからね」
「なるほどな…そりゃ、色々と難しそうだ。だが、そんな高度を飛べる偵察機はいいな。艦載機型は諦めて陸上基地から運用しよう。そもそもそんなデカイ飛行機、空母の格納庫を圧迫するだけだ」
「エンタープライズもそう言ってたよ。後でクロキッド社にそう伝えておくね」
「頼む」
新型偵察機についての話題が一段落つくと、ノーザンプトンがふと何かを思い出したかのような表情で指揮官に問いかけた。
「そう言えば指揮官、母港の虫干しでもしているのかい?お古の艤装が色々出てたけど…」
「あぁ…あれか?赤城の巡洋戦艦艤装と、加賀の戦艦艤装。それとお前のお古と、ヨークタウン級とレキシントンの奴な。あと、ヘレナとかのお古もあるな」
「何か使う予定でもあるのかい?」
首を傾げて問いかけるノーザンプトン。
すると、指揮官は何やら含みのある笑みを浮かべた。
「バランスだ」
「ん?」
「世の中が平和になるにはバランスが必要なんだ。一方が強ければバランスが崩れて戦争になる…」
執務机の引き出しを開け、上等な紙で作られた一通の封筒を取り出す指揮官。
すると、これが答えだとばかりにノーザンプトンへ封筒に書かれた宛名を見せた。
「傾いた天秤を釣り合うようにするなら…それなりの錘が必要じゃないか?」
「それで、排水量の錘を使うって訳?…ふう、いつもいつも…大胆な事をするね」
「もともと道からは外れてんだ。今更だろ?」
そう言えば、リーン・ノウの森の下りですが…
あの…紀伊と土佐…どうしよう…端折ろうかなぁ…