異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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az26様より評価4を頂きました!

この前まで夏日だったのに、今週からまた冷え込みましたね…
気温差で風邪等を引かないようにお気を付け下さい
特にこのご時世では要らぬ誤解を招きますからね


155.陸上戦艦、鋼鉄騎兵

──中央暦1640年12月17日午前11時、ムー国キールセキ陸軍駐屯地──

 

ムーを南北に縦断する大陸鉄道の西回りルートの拠点であり、鉱業が盛んな都市キールセキ。

戦略的に重要視されているこの都市にはムー陸軍西部方面隊の司令部が置かれ、精強なる兵士達が西方に睨みを効かせていた。

 

「おぉ…これは凄まじいな…」

 

キールセキ陸軍駐屯地に引き込まれている路線に置かれた駅で、西部方面隊司令官であるホクゴウ・ミルゾーレ中将が貨車から自走して降りる車両を見て感嘆の吐息をつく。 

 

──キュラキュラキュラキュラ…

 

ゴムタイヤとは違う異質な走行音。腕時計のバンドを巨大化させたような走行装置を持ち、強固な装甲と重厚な砲を兼ね備えた車両…ムー初の本格戦車、その先行量産型の2機種がキールセキに配備されたのだ。

 

「「中将閣下!」」

 

貨車から降ろされてゆく戦車を見ているホクゴウに何者かが声をかけた。

声の方に目を向けると、二人の男性が小走りでこちらに向って来るのが見える。

 

「お初に…」

 

「始めまして!ガエタン工業新型戦車開発部主任のリガラ・サッパーと申します!」

 

二人の男性の内、痩せ気味な長身の白衣を着た男性がもう一方の男性の言葉を遮るようにしてホクゴウに自己紹介をした。

 

「なっ…えぇい!お初にお目にかかります!イレール兵器工業次世代車両開発部主任のトコツ・コテリという者です!」

 

遮られた方も黙ってはいない。

リガラを押し退け、太り気味で身長が低めな作業服姿の男性が自己紹介をした。

 

「あぁ…ガエタンとイレールの…」

 

バチバチと火花を散らすように睨み合うリガラとトコツの様子に呆れたような、何処か諦めたような目を向けるホクゴウ。

ガエタン工業とイレール兵器工業…ムーの二大軍事企業と名高く、ムー統括軍制式採用兵器のシェアを奪い合っているライバル企業同士である。

 

「はんっ!何ですかな、あの戦車は!如何にも重そうな割に、付いている砲は『ラ・グンド』そのままではありませんか!」

 

リガラが重低音を響かせて走行する戦車を指差す。

水平と垂直を主体とした車体に、多数の小径転輪を備えた履帯。車体自体に砲を埋め込むように搭載したケースメイト式の主砲に、車体上部には旧式戦車である『ラ・グンド』の主砲であった37mm砲をそのまま砲塔ごと搭載している。

その姿は『M3中戦車』に『チャーチル歩兵戦車』のエッセンスを足したように見える。

 

「しかも名前も『ラ・グンドⅡ』?要求性能を無視した最高速度20km/h…"ノロマ"なイレールらしい肥満体ですなぁ!」

 

「何をぉ!」

 

リガラの言葉にトコツが顔を真っ赤にして言い返す。

 

「貴様はあの現場の声を反映した機能美溢れる姿を愚弄するか!見よ!あの行く手を阻む障害をなぎ倒すための105mm砲に、味方歩兵を守る為の厚い装甲!群がる敵兵を殲滅する為にキャニスター弾に対応した37mm砲と同軸機銃!更には自社開発の空冷ディーゼルエンジンと低速重視のトランスミッションにより如何なる悪路でも走破し、歩兵の進軍に常に寄り添う!正に歩兵の守り神、陸上戦艦!貴様らが作った"痩せ馬"なぞ相手にならんわ!」

 

「何ですとぉ!?」

 

今度はリガラが額に青筋を浮かび上がらせた。

 

「我が社の最新鋭戦車『ラ・リオット』は痩せ馬ではありません!」

 

ラ・グンドⅡを差していた指を別の戦車に向けるリガラ。

全体的なシルエットは台形で、片側5個の大径転輪を備えた幅広履帯。全周旋回が可能な砲塔から長大な主砲を伸ばしており、砲塔上部にはライセンス生産したM2重機関銃を装備している。

その姿は『T-34中戦車』の車体に、『M10駆逐戦車』の砲塔を乗せたかのようだ。

 

「これは駿馬です!戦場を縦横無尽に駆け回る騎兵の新たなる乗騎…それがこの『ラ・リオット』です!見て下さい!敵戦車を貫く76mm50口径長カノン砲に、軽快な旋回能力を持つ軽量砲塔!軽装甲車両や敵歩兵に対抗するための12.7mm重機関銃!アクア発動機製390馬力空冷星型エンジンと、ガラッゾ・オートモービル製トランスミッション搭載により最高速度40km/h!貴方達の鈍重な戦車では、ラ・リオットを捉える事すら出来ませんよ!」

 

「何を言うか!旋回速度の速い37mmでタングステン徹甲弾を発射すれば正面ならともかく、側面や背面はブリキ缶の如く貫けるぞ!そもそもなんだ、あの装甲のやる気の無さは!正面ばかり厚く、側面や背面はペラペラ、上面に至っては露天ではないか!」

 

「それはそちらも同じでしょう!こちらの76mmにタングステン徹甲弾を装填すれば、角度さえ良ければ側面装甲ぐらいなら容易く貫通出来ますよ!」

 

至近距離から睨み合い、自社戦車の利点を主張しながら互いの戦車の欠点を言い合うリガラとトコツ。

しかし、ムーは両方の戦車を採用すると決めている。

どちらの戦車も元を辿ればサモアへ留学している技官…マイラスが考案した試作型を元に、ムー独自の改良を加えた物なのだ。

ラ・グンドⅡは旧来のラ・グンドの正統後継車として、無砲塔車両に小型砲塔を搭載し歩兵部隊を支援する所謂歩兵戦車としての活躍を期待したものであり、ラ・リオットは対戦車戦闘を想定した快速戦車としてそれぞれ開発された為、張り合う必要は一切無い。

だが、似たような兵器をライバル企業が作ると言う状況は、両社の競争心に火を点けたようだ。

 

「あの…」

 

「む?」

 

すっかり蚊帳の外となっていたホクゴウに対して控えめに声をかける人物。

七三分けでメガネを掛けたスーツ姿の冴えないサラリーマン風の男だ。

 

「以前お会いしました。リグリエラ・ビサンズの弾道研究課のソーミ・コクです」

 

「おお…確か、砲弾の研究を行っている…でよろしかったか?」

 

「はい。此度は、この新型戦車に搭載する対戦車徹甲弾についてのご説明に窺いました。歩きながら話しませんか?」

 

「確かに…これでは説明が聴き取れんな」

 

尚も言い争っているリガラとトコツを一瞥したホクゴウは、ソーミの言葉に従ってその場から距離を取るように歩き始める。

 

「今回、採用された対戦車徹甲弾…タングステン徹甲弾について、どれほど知っておられますか?」

 

「ほんの触りだけしか知りませんな。電球のフィラメントや、特殊工具に使われているタングステンを加工し、その先端に柔らかい金属を被せた物だとか…」

 

実はホクゴウ率いる西部方面隊が守備するキールセキには、大規模なタングステン鉱山が存在する。そして、意外な事にムーは高度な冶金技術…ムーより遥かに優れた技術力を持つサモアにも匹敵するような冶金技術を持っている。

 

「はい。今まで我が国に配備されていた砲弾は榴弾…歩兵や騎兵を殺傷する為の物でしたが、参謀本部はグラ・バルカス帝国がアズールレーンやロデニウス連邦軍と同等の戦車を配備していると予想し、対戦車兵器の配備を推進しています。この対戦車徹甲弾もその一環です」

 

「アズールレーンの戦車は私も見た、というより我が国はM4中戦車という戦車を輸入しているからな…あの戦車に対抗するには野砲や旧来のラ・グンドでは厳しいものがある」

 

「はい。ですので、我が国で豊富に産出され、加工技術も確立しているタングステンを砲弾としました。タングステンは重く硬いので高い運動エネルギーを発揮し、そのエネルギーで敵戦車の装甲を貫通出来る筈です。ただ、角度によっては跳弾してしまうので滑り止めとして軟鋼の外殻を取り付けてあります」

 

「なるほど…装甲に軟鋼が食い付き、運動エネルギーが逸れるのを防ぐのだな?」

 

理解の早いホクゴウの言葉に満足した様子で話を続けるソーミ。

 

「閣下の仰る通りです。そのかいもあり本砲弾は76mm砲から発射した場合、1000mの距離から130mmの均一圧延鋼板を貫通する事が出来ます。おそらく、この手の砲としては世界最高クラスと言っても過言ではないでしょう」

 

「なるほど…しかし、それほどの貫通力を持つと言う事は初速も相当な物だろう?新造砲ならまだしも、やはり旧来の砲ではその徹甲弾は使えないのか?」

 

「ご心配無く。確かにこの徹甲弾は旧来の砲では使えませんが、代わりの旧来の砲でも使用出来る新型砲弾を開発しています。これは運動エネルギーではなく、炸薬の爆発力を利用する物なのですが…まあ、今のところ開発は順調です。来年の国際大演習に間に合うかどうかは怪しいところですがね」

 

やや謙遜気味に告げるソーミだが、ホクゴウはそんな彼の肩を軽く叩いて激励した。

 

「何、君達の技術力の高さと努力は十二分に承知しているとも。短期間で素晴らしい兵器を作り上げた事は誇っても…」

 

──ゴシャアッ!

 

「ケンカだぁぁ!」

「誰と誰がやってんだ!?」

「イレールとガエタンの技術者の取っ組み合いだ!」

 

歩いて来た方から聴こえる喧騒…ホクゴウは何処か遠い目をしてこう締め括った。

 

「…あまり熱中し過ぎないように。少なくともああはならないでくれ…」

 

「は、はい…」

 

頭を抱えるホクゴウに対し、ソーミは愛想笑いを浮かべながらそう返す他無かった。




ムー変化編は次回でとりあえず一区切りです

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