あと、誤字報告ありがとうございます!
──中央暦1638年5月5日午後1時、クワ・トイネ政治部会議場──
その日、クワ・トイネ公国、クイラ王国…そして、ロウリア王国の間で平和条約が結ばれた。
クワ・トイネ公国首相カナタ、クイラ王国国王アルヴ、ロウリア王国国王ハーク・ロウリア34世の名で結ばれた平和条約は以下の通りだった。
・ロウリア王国はクワ・トイネ公国、クイラ王国に公式に謝罪する。
・ロウリア王国はクワ・トイネ公国に賠償金300万クワル(一般的な兵士の給与3年分にあたる)を支払う事。
・ロウリア王国は王都ジン・ハーク、及び港湾都市ピカイアにクワ・トイネ公国軍、クイラ王国軍を駐留させる事。
・ロウリア王国は大々的に亜人解放運動を行い、奴隷制を取り止める事。
等々…様々な細かい条項があったが、戦勝国が敗戦国に突き付ける条約としては余りにも軽いものだった。
その理由として、
・今回の開戦理由が列強国であるパーパルディア皇国からの脅迫染みた圧力であった事。
・ロウリア王が秘密裏にロウリア国内の亜人解放運動を支援していた証拠である書類等が見つかった事。
・クワ・トイネ公国、クイラ王国ともに人的被害が無かった上に、唯一被害を受けたギムも大規模な再開発予定だった事。
等があった。
だが、それ以外にも理由があった。
それは、3日前に遡る。
──中央暦1638年5月2日午前10時頃、サモア基地ブリーフィングルーム──
「……と、ロウリア王がギム郊外にて降伏を宣言した後、責任を果たすためと称して割腹自殺を謀った。だが、クワ・トイネ側の魔導士の回復魔法を使用した応急処置と、エジェイの病院にて緊急手術を行ったから一命はとりとめた。」
ザワザワとブリーフィングルームがざわめく。そんな中、スッと手が挙がった。
「はい、高雄。」
「指揮官殿、ロウリア王の処遇はどうなる?」
凛とした武士を思わせる黒髪ポニーテールのKAN-SEN、高雄が立ち上がり指揮官に問いかける。
「今のところ…パタジンという者が証言しているが…まあ、やむにやまれぬ事情があった、との事だ。詳しい事は端末に送っている。」
指揮官からの返答に『悪即斬!』と荒々しい書体で書かれたケースを着けた、タブレットを操作する高雄。
「……うむ、列強とやらがどれ程の者かは分からないが、確かに他国より圧力があったようではあるな。」
「そう、そして少なくともクワ・トイネもクイラもそんな厳しい処置をするつもりは無いようだ。」
「拙者は、寛大な処遇を求めたい。これ程の覚悟を持ち、民の為に自ら腹を切るなぞそうそう出来るものでもない。」
「余も高雄に賛成だ。」
ふと、幼さを感じさせる声が響いた。
薄暗いブリーフィングルームの入り口が開き、小柄な人影が後光を背負っているかのように歩んで来た。
「珍しいな、長門。寂しくなったのか?」
「むぅ…無礼者。余もたまには皆と、顔を合わせねばと思うた故である。」
長い黒髪の小柄なKAN-SEN、長門が指揮官の言葉が不満だったのか眉をひそめて指揮官の元へ歩み寄ってくる。
その傍らにはお付きのKAN-SEN、江風を伴っている。
「長門様、お疲れ様でございます。」
「よい、楽にせよ。」
ブリーフィングルームに居た重桜所属艦全員が立ち上がり、深々と頭を下げる。
だが、長門の言葉と共に一斉に座った。
「それで、長門。高雄に賛成とは?」
「うむ、記録映像を見たのだが…いささか不恰好とはいえ、良い覚悟であった。あれほどの覚悟を無下にする訳にはいかぬ。指揮官には、出来る限り寛大な処置をクワ・トイネ、クイラ両国に働きかけてはくれぬか?」
「ふむ……」
傍らの椅子を長門に薦めながら、少し考えKAN-SENの面々を見渡す。
「俺は、基本的にはクワ・トイネ、クイラ…まあ、戦場はクワ・トイネだからクワ・トイネ政治部が判断する事を基本的には尊重するつもりだ。だが…余りにも過ぎた賠償請求は、それなりの抗議はするつもりだ。……反対する奴は?」
再び見渡す。しかし、手を上げる者は居なかった。
「よし、では次だ。ヴェスタルからだったな?」
「はいはい、私からの報告で~す。」
修道服とナース服を足して2で割ったような服を着たKAN-SEN、ヴェスタルが立ち上がりタブレットを手に報告を始める。
「今回、重症で運び込まれたロウリア王さんや、マイハーク沖やエジェイで救助されたロウリア兵のみんなですけど~。みんな、傷の治りが早いんですよ。」
「傷の治りが早い…とは?」
ヴェスタルから送信されたデータを確認しながら問いかける。
「そのままの意味ですよ~。例えば、マイハーク沖で救助された人は、両大腿骨骨折の状態でしたけど、昨日から歩けるようになってたんですよ?」
「ふむ…確かに、撃沈した船に対して生存者が意外と多かったな?」
「はい、それにごく軽傷な人に協力してもらって身体検査をしたんですけど…骨密度・筋密度、どれもクワ・トイネ人の1.2~1.5倍はあるみたいですよ?」
確かに、ヴェスタルの言う通りだ。データを見る限り、ロウリア人は身体能力が非常に優れているらしい。しかも、栄養が不足気味にも関わらずだ。
「……ふむ、調査するべきかもしれないな。重力の強さや酸素濃度なんかもな。」
そう指揮官が、今後について考えているとヴェスタルが思い出したように告げた。
「そう言えば、シャークンさんが言ってましたけど~。その列強…パーパルディア皇国の使者の方がマイハーク沖海戦に観戦武官として参加していたみたいですよ?」
3日もの間、昏睡状態だったシャークンが目を覚まし回復を待ってから取り調べをしたのだが、そのような情報が昨日もたらされたのだ。
「もしかしたら、捕虜の中に居るかもしれん。下手に扱ったら大変な事になるだろう。風貌等を聞き出して、捜索してくれ。」
そう、指揮官が指示した。
──同日同時刻、マイハーク近郊・サモア管理地、総合病院──
「う……あ……?」
眩しい白い光の中で目が覚めた。
寒くも暑くもない、不快ではないが嗅いだ事の無い匂いがする。
白いベッドに清潔なシーツと布団…口には透明な緑色の軽くて硬い謎の器具が取り付けられている。
「うっ…うぅ……」
酷く体が重い。謎の器具を外して起き上がろうとする。
すると、白い服を着た女性がやって来た。
「あら、目が覚めました?大丈夫ですか?自分の名前、分かりますか?」
「私は……」
辺りを見回す。天井には白く光る棒が埋め込まれている。ベッドの回りには見たこともない機械らしき物が幾つも置かれている。
よく見ると、自分の右腕に細い透明な管が繋がっていた。
ここは何処だ?誰が私を助けた?
その答えは目の前の女性が知っているだろう。なら、その答えを引き出す為には質問に答えなければならないだろう。
酷く乾いた口を動かし、答えた。
「……ヴァルハルだ。」
次回からは投稿が少し遅れるかもしれません