異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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意外と早く書けました


17.僣称国

──中央暦1638年5月8日午後3時、クワ・トイネ政治部会議場──

 

その日、ヴァルハルはクワ・トイネ公国の政治の中枢に居た。

 

「ヌワラエリアのハイグロウンティーで御座います。」

 

「あ…あぁ、ありがとう。」

 

ニューカッスル、と呼ばれたメイドがヴァルハルの前にソーサーに乗ったカップを置く。

注がれているのはパーパルディア皇国でも…ただし、上流階級しか飲む事が出来ない紅茶だ。

今、ヴァルハルの前にはサンドイッチやスコーン、ケーキが置かれた鳥籠のようなケーキスタンド。

そして……

 

「フレッツァ准将、やはりロイヤルメイド隊が淹れた紅茶は最高ですね…心が落ち着きます。」

 

紅茶を片手に持つ姿がなかなか様になっている、クワ・トイネ公国首相カナタ。

 

「それにしてもメイド隊はもちろん、KAN-SENは皆美人揃いだな!指揮官殿が羨ましい!」

 

まるで宴会の酒の如く豪快に紅茶を飲む、クイラ王国国王アルヴ。

 

「紅茶も良いが…長門様より出された玉露は格別であったな。」

 

すっかり穏やかな表情でしみじみと語る、ロウリア王国国王ハーク・ロウリア34世。

 

「……」

 

静かにサンドイッチを一口齧って紅茶で流し込む、フレッツァ准将…あるいは指揮官と呼ばれている謎の男

ニューカッスルが常に彼の傍らに控えている事から、どうやら彼のメイドであるらしい。

 

(なんだ…これは…どうすればいい?)

 

マイハーク沖海戦の後、クワ・トイネ海軍により救助されたヴァルハル。

病院で目覚めてから尋問を受けた。だが、尋問と言っても話したくなければ話さなくてもいい、気分が悪いと言えば尋問は中止になる…これがパーパルディア皇国なら生爪を剥がれているだろう。

だが、見たこともない清潔な病室はとても快適で、自分が捕虜だという事を忘れてしまっていた。

そして、今日の朝食…体が弱っているからと出された麦粥…を食べていると呼び出しがかかった。午後に重要な会議を行うため、出席して欲しいと。

 

(何を…考えている?)

 

チラッと、自分の真向かいに座る指揮官を見る。表情の変化が分かりにくい。

始めは、半ば自棄で語った自らの生い立ちと目的(11.獅子身中の虫、を参照)、について何かあるのかと勘繰った。

だが…こうしてロデニウス大陸の首脳が茶会をしているだけだ。訳が分からない。

だが…尋問の前に質問した事に対する答えにより、分かる事はあった。あの、清潔な病室も海戦にて目撃した巨大船も…目の前の指揮官と呼ばれる男がクワ・トイネにもたらした物だ、という事。

 

──カチャッ……

 

小さな、陶器同士が触れ合う音が響いた。

指揮官がヴァルハルをジッと見ている。

居心地が悪そうにするヴァルハルを気にする事も無く、口を開く。

 

「ヴァルハル…とか言ったな。何でも…パーパルディア皇国への復讐を考えているとか。」

 

「……それが、何か?」

 

やはりか、そう考えたヴァルハル。

だが、続いた言葉は余りにも予想外だった。

 

「手伝おうか?」

 

「……は?」

 

思わずポカン、と口を開ける。だが、指揮官はそれに構わす話を続ける。

 

「何、簡単な事さ。ロウリア王国はパーパルディア皇国から援助を押し付けられたとは言え、それの返済しなければロウリア王国にパーパルディア皇国の軍が駐留する事になるんだろ?」

 

「あ…あぁ、そうだ。駐留どころか、国民を奴隷とした挙げ句、隣国にも攻め込むだろうな…」

 

パーパルディア皇国に逆らった国々の惨状はよく聞いている。

王族や指導者は一族郎党皆、処刑され国民は奴隷となり、国内のあらゆる財産や資源は搾取される。

かつて、姉が嫁いだ文明国もそうであった。

 

「そうだろうなぁ…そうなると此方としても色々困る。ロデニウス大陸は我々の後方拠点であるため、そのような蛮行に晒されるとなると非常に困る。」

 

「だろうな、クワ・トイネは食糧、クイラは石油、ロウリアは人口…それらがこれ程までに豊富な大陸はそうそう無い。」

 

ヴァルハルの言葉に、ほぅと声を洩らして感心する指揮官。

 

「よく調べているな。パーパルディア皇国では食糧はともかく、石油の必要性は低いと思っていたが……それとも、お前さんの"計画"のためか?」

 

「……私の話を信じるのか?」

 

「なんだ?騙したいのか?」

 

紅茶のおかわりをニューカッスルに求めながら、指揮官は続けた。

 

「ロウリア王国のパーパルディア皇国について詳しい者への調査の結果…そんな、お涙頂戴な三文芝居で同情を誘って、命乞いするような連中じゃない。でしょう?ロウリア王。」

 

「うむ、指揮官殿の仰る通り。皇国の者は、ヴァルハル殿のような状況に置かれれば直ぐ様、列強の立場を盾にあらゆる脅迫をしてくるでしょうな。」

 

「だがお前さんは落ち着いてるし、協力的だ。信じるに値すると考えている。……あと、ロウリア王。そんなに畏まらなくてもいいですよ?」

 

「いえ、余…私の命を救って頂いただけではなく、我が国に対して援助をして頂いたのはそちらの長門様よりの御口添えがあったが故、と聞いております。そうであるなら、私もロウリア王国もサモアに大恩があります故……」

 

「律儀ですね、ロウリア王。まあ、そういう所も長門に気に入られたんでしょうが。」

 

ロウリア王と言葉を交わした指揮官は、ヴァルハルに目を向けた。まるで、どうする?とでも問いかけているようだ。

 

「……具体的にどうするんだ?」

 

そう、ヴァルハルの目的を手伝うと言ってもどのような手段を取るのか。それが一番の疑問だ。

それに、ヴァルハルの同僚は皇国に戻り報告をしているだろう。そうなると、皇国の監察軍が侵攻してくる可能性な大いにある。

 

「新たな国を作る。」

 

その質問を待っていたかのように、余りにも斜め上な答えを出す。

 

「……はぁ?」

 

「名前は、『ロウリア統一王国』。国家元首はハーク・ロウリア34世、人口1名、領土はロウリア王国王都ジン・ハークの一部…1m四方、法律や通貨等は"隣国"のロウリア王国に準ずる。」

 

「いやいや、待て待て!なんだそれは!?」

 

意味が分からない。人口1名で1m四方の領土しかない国…国と言えるのか怪しい。

だが、ヴァルハルの戸惑いもどこ吹く風、指揮官は話を続けた。

 

「そして、ロウリア統一王国には我がサモアから各種支援を行う。主に、食糧を年間10万トン。カナタ首相、マイハークのサモア管理地を返還します。ですが、管理地に建設したインフラは…」

 

「もちろん、買い取らせて頂きます。代金の代わりに、年間10万トンを無償で輸出します。」

 

阿吽の呼吸でカナタが、答える。

 

「そして、ヴァルハル…お前さんは皇国に戻りこう報告するんだ。『ロウリア王国はロウリア統一王国となり、パーパルディア皇国からの支援の見返りとして食糧を年間10万トン無償で輸出するようになった。』とね。」

 

「ばっ……馬鹿な!皇国相手に詐欺紛いの事をするつもりか!?もし、バレれば即刻戦争になるぞ!」

 

だが、指揮官は不適な笑みを浮かべた。

 

「集めた情報からして、パーパルディア皇国との衝突は避けられない。今のまま戦っても勝てる…だが、可能な限り準備をしたい。…1年、1年だけ皇国を騙せれば十分だ。……やるか?」

 

ヴァルハルは考える。

あの病室、この場に来る為に乗った鉄道、警備兵が持っていた洗練された銃……

 

「……皇国は戦列艦を大量に保有している。」

 

「お前さんの話によれば射程2kmの大砲を搭載してるようだが…こちらの大砲は10km先にも届く。」

 

「ワイバーンを品種改良したワイバーンロード、さらにそれを品種改良したワイバーンオーバーロードが居るぞ。」

 

「時速600km、限界高度1万mの戦闘機に勝てるか?」

 

「……火を吹く地竜が居るし、牽引式の魔導砲もある。」

 

「時速80kmで走り回り、パーパルディア皇国の銃を遥かに越える銃を装備した兵器がある。」

 

「……勝てるのか?」

 

「無論。だが、万全な準備をしたい。」

 

ヴァルハルは考えた。

勝てる、と断言しながらも万全の準備を求める慎重さ。そして、マイハーク沖海戦にて目撃したムーに匹敵…いや、凌駕しているような兵器。

これは…もしかすると、もしかするかもしれない。

 

「……分かった。そちらは私を信じた…ならば、私もそちらを信じよう。だが、頼みが二つある。」

 

「聞いてから判断しよう。」

 

ヴァルハルは乾いた唇を湿らせるように、紅茶を口にして口を開いた。

 

「一つ目は、皇国への報告や交渉は私に任せてはくれないか?皇国のやり方はよく知っているし、何より大使として私が駐留しなければ時間稼ぎも厳しいものになる。」

 

「確かに、搾取しか考えていない奴が大使として派遣されれば厄介だな。…皆様、よろしいですか?」

 

そう、他の出席者に同意を求める。

すると、三人全員が頷いた。それを確認したヴァルハルは言葉を続ける。

 

「二つ目、これは…私事だが。……皇国に住んでいる家族を呼んでも構わないだろうか?万が一、計画が露呈すればどうなるか……」

 

「……家族は?」

 

「母と、妹と弟だ。親戚は居ない。」

 

「……」

 

それを聞いた指揮官は無言で出席者三人を見る。皆が頷いた。

 

「…どんな悪党でも身内は大切にするものさ。身内も大切に出来ない奴はただのクズ。ヴァルハル、お前さんが悪党かどうかは分からない。だが、クズでは無い事は確かだ。」

 

そう言って、ヴァルハルに右手を差し出す指揮官。

 

「これで我々は共犯者だ。一緒に、偉そうな列強とやらを騙してやろう。」

 

その時、ヴァルハルは悟った。

 

(私は…なんという幸運に恵まれたのか!)

 

二人はがっちりと、握手を交わした。




次回は、内政関連の話にしようと思います

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