燃料が枯渇してたから燃料パックありがてぇ!
──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス沖──
──ィィィィィィィ…
「くっ…何故追い付けん!」
タービンの高音が響くエルペシオ3のコックピット内で、シルバーが歯噛みする。
彼が率いる第7制空戦闘団は、高度5600mの空を500km/h程の速度で飛行しながらカルトアルパスへ向かっているグラ・バルカス帝国航空隊を捜索しているのだが、シルバーの視線は前方斜め上に向けられていた。
そこに見えるのは、時折ピカッと瞬く小さな黒点…先行するムー海軍のコルセア隊全48機だ。
「我が国の天の浮舟は、世界で最も速い飛行物体である筈だ!なのに何故追い付けない!」
自国の技術に絶対的な自信を持つシルバーは、"たかが科学文明"が自国の兵器より優れた兵器を作り出すなぞあり得ない、という固定観念に囚われていた。
しかし、今この空で起きている事態は彼の固定観念を粉々に砕きかねない。
何せコルセア隊は第7制空戦闘団よりも僅かに速い巡航速度で、高度7000m付近を悠々と飛行しているのだ。
無論、エルペシオ3でも高度7000m以上を飛行する事は出来るが、エルペシオ3は速度性能を追求したせいで機体自体の強度が不足しており、高高度から急降下を行えば空中分解してしまう可能性がある。
それ故、ミリシアル空軍・海軍航空隊の制空戦闘団は高度5000〜6000mを巡航し、敵編隊を発見次第、陣形を整えて緩やかに降下しながら速度を稼いで一斉に射撃し、そのまま離脱するという戦術を基本としているのだ。
「だ…だが、ムーの飛行機械が我が国の天の浮舟以上の降下性能を持っている筈が無い。連中がノロノロと降下している間に全て終わらせてやろう」
速度で負けている事を棚に上げ、ムー航空隊の失策を嘲笑うシルバー。
だが、残念ながら彼の思い込みは的外れである。
ムー航空隊が配備しているコルセアは2000馬力超という有り余るエンジンパワーを以て強固な構造と防弾装備を備えており、急降下爆撃機としても活用出来る程の強度を持っているのだ。
言ってしまえば、ありとあらゆる面でエルペシオ3はコルセアに敗北している。
「ん…?あれか…」
コルセア隊から目を離し、敵編隊の捜索に戻ったシルバーは早速眼下に煌めく物を発見した。
ヘルメットのフェイスシールドに埋め込まれた薄型魔石に組み込まれている望遠魔法を使用し、その煌めく物を確認する。
凡そ高度4000m程の所に、ムーの物と酷似した飛行機械が密集陣形を組んで飛行していた。
「よし…各機、傾注。敵飛行機械の編隊を発見した。降下攻撃フォーメーションで攻撃する」
《団長、先行したオメガ殿から通信が入っていますが…》
「ふん、あの腰抜けが今更何を喚こうが知った事ではない。奴やムー、アズールレーンの出番は無い。我々だけで事足りる」
《はぁ…了解しました》
何とも歯切れの悪い部下からの通信に顔を顰めるシルバー。
その間にも42機のエルペシオ3は7機による横隊を6列組み、攻撃準備を整える。
このまま緩降下し、波状攻撃を仕掛けるのがミリシアル航空隊の基本戦術だ。
「各隊、準備はいいか?これより無礼な蛮族に対して懲罰攻撃を仕掛ける。レイフォルを打ち負かしていい気になっているようだが、所詮は列強最弱…我々は格が違うというのを教え…」
《うぁ…!ボンッ!……ザーー…》
隊の士気を上げるべく、まるで演説のよう語っていたシルバーの言葉を遮るように魔信から短い悲鳴と爆発音、そして雑音が聴こえてきた。
「な…なんだ!?まさか…っ!」
編隊の先頭に居たシルバーは直ぐ様首を捻り、後方に目を向ける。
彼の目に映ったのは黒煙に包まれて真っ逆さまに落ちて行く数機のエルペシオ3と、プロペラを持つ深緑色の飛行機械…
──ブゥゥゥゥゥンッ…ダダダダダッ!
《うわぁぁぁぁ!!…ドンッ!…ザー…》
後方上空から降下してきた飛行機械の主翼が何度か瞬き、太い火箭がエルペシオ3を貫いたかと思えば次の瞬間には青空に黒煙混じりの炎の花が咲いた。
「ぜ…全機散開!敵飛行機械の攻撃だ!」
漸く状況を飲み込んだシルバーが狼狽えながらも指示を出す。
編隊を組んだままでは自由な機動が出来ず、被弾する確率がグンと高まってしまう。
それを理解している制空戦闘団のパイロット達は直ぐに操縦桿を動かし、散開しにかかる。
だが、一足遅かった。
──ブゥゥゥゥゥンッ!ブゥゥゥゥゥンッ!
後方上空から次々と襲いかかる飛行機械の群れ。
それは酷く緩慢な動きで機動するエルペシオ3に着いてくるどころか、ヒラリヒラリとまるで蝶のように軽やかな動きで背後を取ってきた。
《チクショウ!ケツに付かれた!》
《上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ!!あぁっ!追い付かれ……》
《ぬぅぅぅっ!…なっ!?尾翼が!》
背後を取られ酷く取り乱す者、必死にスロットルを開いて速度を上げようとする者、どうにか逃れようとして機体の強度限界を無視した機動をする者…それらの断末魔じみた言葉が魔信から鳴り響き、それはやがて爆発音と雑音へと変わった。
「ば…馬鹿な…我々は…世界最強の…神聖ミリシアル帝国の制空戦闘団だぞ!そ…そうだ…ムーは?あの腰抜けは?」
次々と部下が空に散る中、あろうことかシルバーは上空に目を向ける。
敵飛行機械は自分達よりも高い空から降下してきた…つまり、ムー航空隊と先行したオメガは先に落とされている筈だと彼は考えていた。
自分達より劣る者を見て精神の安定を図らねば心が折れそうなのだ。
何とも下劣な考えだが、一方的に彼を責めるのは酷だろう。
何せミリシアルは近年大きな戦争には巻き込まれておらず、特に都市防衛を担当する部隊は訓練や演習ばかりで実戦を経験せず、シルバーも実は初めての実戦で緊張していたのだ。
そんな緊張状態の中、同じ釜の飯を食ってきた部下が羽虫の如く落されるという状況を前にしては精神安定を優先してしまうのも無理は無いのかもしれない。
「っ!あれ…は…」
残念ながらシルバーの考えは真っ向から否定された。
第7制空戦闘団が必死に抵抗している空よりも高い空では、2種のプロペラ機が青空のキャンバスに飛行機雲で複雑怪奇な紋様を描いている。
しかもよく見てみれば、ムー航空隊所属の濃紺の飛行機械はグラ・バルカス航空隊所属の深緑色の飛行機械を2機1組で追い回しており、既に何機か撃墜しているらしい。
そんな中、シルバーの目を奪ったのは異形の飛行機械であった。
──キィィィィィン…ドドドドッ!
2種のプロペラ機よりも明らかに優速なそれは、絡み合う飛行機雲から一旦距離を取ろうとする敵機をカラフルな火箭で仕留めて行く。
そのカラフルな火箭はシルバーも見覚えがある。
それは彼の愛機にも搭載されている魔光砲から砲弾を発射した際に発せられる魔力の光…
──「ジグラント3への機種転換訓練を受けるといい。あれはエルペシオ3よりもいいぞ」
腰抜けと馬鹿にしていた男の言葉がシルバーの脳裏に過る。
もうこうなると認めざる負えない。
彼の…オメガの言葉は正しかった。
もし…もしも、少し前に基地に届いたジグラント3を素直に受領していれば…新興国が作った飛行機械をわざわざ輸入した軍上層部の考えを読めていれば…後悔してもしきれないが、もう後の祭りだ。
《ぅ…!…ょう!…団長!後ろ!》
「っ!?」
泥濘のように絡み付く後悔に沈んでいたシルバーだったが、魔信から聴こえる部下の叫びに反応し背後を確認する。
《あぁっ!クソっ……ボンッ!…ザー…》
それと同時に部下…背後に着いていた副団長の機体が弾け、その破片がガンガンと自機の外装を叩く。
それに驚愕する暇すらも与えずに爆炎の向こうから現れたのは深緑色の飛行機械…その姿を確認した瞬間、シルバーは渾身の力で操縦桿を左に倒した。
──ビーッ!ビーッ!ビーッ!
やけにゆっくりとした時間の流れの中、コックピット内に響き渡るブザー音。
それは、エルペシオ3の機体強度を超えた機動を行った際に発せられる警告音だ。
本来なら機体が空中分解する前に操縦桿を戻して負担がかからない水平飛行へ移行すべきだが、それを行う事は出来なかった。
──ミシッ…バァンッ!バァンッ!
「なっ…!?」
小さく軋む音が聴こえ、それは直ぐに致命的な破断音へと変わった。
視界が大きく揺れ、轟々とした暴風が何処からか吹き込み、気付けばシルバーは身一つで空に放り出されていた。
「ぁ……」
副団長の機体の破片が当たった事によって強度が下がっていたのだろう。
シルバーの機体は体勢を立て直す暇も無く空中分解してしまった。
「そん…な…」
重力に従って落下してゆく中、シルバーの目に映るのは悠々と飛び去る敵飛行機械だけであった。
本作のエルペシオ3は直線ならそこそこ、運動性はお察しって感じです
いっそ爆薬満載の無人機にして巡航ミサイル的な奴にするか…