やって来ました久々のドンパチパート!
空戦って描写するのが難しいですね…
──中央歴1642年10月1日午前9時、バルチスタ海上空──
──ブゥゥゥゥゥゥゥン…
「ふぅー…はぁー…ふぅー…はぁー…」
傲慢なる帝国と、それに抗う国々の翼が火花を散らす空。
その"抗う側"に所属するミリシアル人義勇兵アレン・パゥは新たな愛機である『F6F ヘルキャット』のコックピット内で、鉄の風味がする空気の中で深呼吸をする。
彼を始めとしたミリシアル人義勇兵にとっては初めての実戦であり、誰もが例外無く緊張していた。
しかし、それと同時に誰もが確かな"勇気"を胸に秘めている。
「大丈夫だ…。決して相手の得意技である格闘戦には付き合わず、一撃離脱を原則とする…帝国に居た頃と変わらない戦法だ」
彼が祖国を離れ、異国の地にて根本的に違う機体に乗り始めて1ヶ月半…促成栽培と言っても差し支えない訓練プログラムであったが、それでも彼は一端のパイロットとしてムー航空隊内に臨時編成された義勇兵部隊『第四予備飛行小隊』の隊長として任命されていた。
それはヘルキャットが扱いやすい機体であった事も大きな要因であるだろうが、何より彼が戦闘機乗りとして必要な才能を持っていた事が大きいだろう。
「マレーはトムソンを、ラリックは私と組め。」
《了解。トムソン、しくじるなよ?》
《誰に言ってるんだ?お前こそヘマをするんじゃないぞ》
《隊長、よろしくおねがいします!》
4機で1編隊であった第四予備飛行小隊は半分に分かれ、2機1組のチームとなる。
「各機、我々の任務はあくまでも敵機に対する牽制だ。無理に撃墜に拘らず、ムー本隊のアシストに徹せよ。では諸君、幸運を」
《了解!》
《了解!》
アレンの言葉と共に、マレーとトムソンのチームが緩やかに高度を下げる。
降下して速度を稼ぎ、敵機の上方から銃弾の雨を降らせるつもりなのだろう。
「ラリック、私達は目の前に見える敵小部隊をやるぞ。着いてこい!」
《はっ!》
同程度の高度を飛ぶ4機の敵機…おそらくは『アンタレス』と言う戦闘機だろう。
カルトアルパスでは同機が、神聖ミリシアル帝国が誇る天の浮舟を瞬く間に叩き落としたと聞いている。
それが4機…それに比べてこちらは2機だ。
数だけなら不利だ。
しかし、アレンはそれでも任務を遂行出来ると確信していた。
「何、逃げ回れば死にはしない。私達が死なずに奴らを引き付けていれば、それだけ友軍は楽を出来る。撃墜は確実に仕留められるチャンスが来てからでいい」
彼は無鉄砲でありながら臆病者である。
かつて神聖ミリシアル帝国海軍に在籍していた際に参加した演習では、旧式の『エルペシオ2』を駆って最新鋭機である『エルペシオ3』部隊へ単機で吶喊し、数十分に渡って逃げ回る事で味方部隊の奇襲を手助けした実績もある、ある意味で"囮"に相応しい人物であった。
《了解!…しかし、奴ら此方に気付いている筈なのに避ける素振りを見せませんね》
「数の差で勝てると思っているのだろう。それは正しい…しかし、奴ら我々を侮ったな。ラリック、此方も真正面から行くぞ。後は分かってるな?」
《はっ!お任せあれ!》
「よしっ!」
──ブウゥゥゥゥゥゥゥンッ!
相棒からの頼もしい返答から一拍置き、スロットルを全開にする。
2000馬力を誇るエンジンは6トン近い機体をグングンと加速させてゆく。
その速度約600km/h、敵機が此方へ向かってくる事も相まって彼我の距離はドンドン縮まる。
──ピピッ!ピピッ!ピピッ!
コックピット内にアラームが鳴り響き、計器盤に取り付けられた青い電球がチカチカと点滅する。
ムーへ供与されたヘルキャットには簡易的なレーダーが搭載されており、レーダースコープで目標を探知するような事は出来ないが、こうして一定の範囲内に存在する友軍信号を発しない飛行物体の存在をアラームと光でパイロットに知らせるという便利な機能を持っている。
(まだだ…まだ近くに…)
レーダーが反応したという事は敵機は500mの距離まで迫っているという事だ。
しかし、基本的に戦闘機の翼内機銃は300m先に集中するように設定されている為、敵も此方も現時点では発砲しない。
だが、高速で向かい合う戦闘機同士の相対速度の前では、200mなぞ正にあっという間の距離だ。
光像式レティクルの両端に敵機の両翼端が重なった瞬間、アレンは操縦桿に取り付けられたトリガーに指を掛け…
「…今だ!」
──ブウゥゥゥゥワァァンッ!
操縦桿を勢いよく左へ倒すと同時にラダーペダルを踏み込み、機体を上昇させながら左へ旋回する。
機体かミシミシと軋み、急激な重力加速度によって脳の血流が一時的に枯渇し、頭がクラッとした。
そんな中でもアレンは背面飛行状態となっている機体を素早くロールさせて正常な状態へ戻すと、慌てて旋回しようとする敵機と円形のレティクルを重ね合わせた。
──ドドドドドッ!
レティクルの範囲内いっぱいに映る敵機へ黄色い火線が伸び、次の瞬間には薄いジュラルミンの体は炎に包まれた。
敵機…アンタレスは非常に酷似した姿を持つ『零式艦上戦闘機』よりも優れた防弾装備を持ってはいたものの、ヘルキャットが主翼内に装備する6門の12.7mm機銃から放たれる徹甲焼夷弾のシャワーを浴びてはどうにもならなかったようだ。
「次…っ!?」
──ビーッ!ビーッ!ビーッ!
敵機が炎上しながら墜ちてゆくのを油断なく確認したアレンは素早く周囲の状況を把握すべく辺りを見渡す。
すると、けたたましいブザーと共に赤色の電球が点滅し始めた。
──カキュウンッ!カキュウンッ!
「くっ…!」
赤色の点滅は敵機が後方に居る事を示している。
故に彼は再び旋回しようとするが、軽い衝撃と共に主翼上に火花が散る。
「撃たれた!?えぇいっ!」
主翼がどうなっているか分からないが、悠長に確認する時間は無い。
ここは大した事は無いと信じ、とにかく彼我の距離を離すべきであろう。
「ふんっ!」
計器盤を殴り付ける勢いで操縦桿を前方へ倒し、急降下する。
高度はそのまま速度へ変換され、頑強な機体は急激な増速にも耐えて敵機を突き離してゆく…筈だった。
──ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「馬鹿な!?アンタレスは急降下には着いて来れない筈だ!」
アズールレーンからムーへ齎された情報によれば、グラ・バルカス帝国の主力戦闘機であるアンタレスは運動性能は非常に高いが、機体剛性が低くく急降下時には速度制限がかかるという話だった。
しかし、敵機は急降下によって800km/h近く出ているヘルキャットに食いつき、それどころか徐々に距離を詰めて来ている。
「まさか…新型か!」
背筋をゾワゾワと這うような嫌な予感に、アレンはキャノピー内に取り付けられた後方確認ミラーを確認する。
全体的に大柄で、ムーのコルセアのような逆ガル翼を持つ機体…明らかにアンタレスではない。
「クソっ…ツイてない!」
簡単にとは行かないまでも、それなりに渡り合えると思っていた相手の中にまさか未知の新型機が居るとは…しかし、今の彼に自らの不運を呪う暇は無かった。
「くぅ…っ…!速い…!」
速度計は810km/hを示しており、ヘルキャットの急降下制限速度に達している。
しかし敵新型機は空中分解するような事はなく、徐々に距離を詰め、確実に撃墜しにかかっているようだ。
「こうなれば…」
制限速度を報せるブザーと電球の点滅の中、アレンはコックピットに持ち込んだある物を取り出した。
「炎よ、渦巻き、収束し、解き放たれよ!」
それは木製のタクトのような"杖"であった。
それを軽く揺らしながら詠唱し…
「フレイム・ボール!」
素早く振り向くと、追尾してくる敵機へ杖の先端を向けた。
──ボゥッ!
ちょうど尾翼の真後ろに生み出された直径5mの火の玉は、その場に留まっているかのような速度で直進する。
普通なら歩いている人にすら当たらない低速の魔法だが、高速で直進する敵機は突如として目の前に現れた火の玉を回避する事が出来ず、そのまま突っ込んでしまった。
《ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!》
炎に飲まれた敵機のパイロットか、はたまた別の何処かで撃墜されたパイロットのものだったのか…アレン機に搭載されている無線から断末魔の悲鳴が響くと共に、彼を追尾していた敵機はガクッと機首を下げて炎に包まれたまま錐揉みしながら海面へ叩き付けられた。
「ふぅっ!はぁー…はぁー…あ、危なかった。…全機、敵には新型戦闘機が居るぞ!気を付けろ!」
命の危機を脱したアレンは一旦呼吸を整えると、機体を再び上昇させながら友軍へ警告の通信を行った。
因みに今回登場したミリシアル人義勇兵のアレンは後の世で『個人で使用する魔法で戦闘機を撃墜した勇者』として永らく語り継がれてる、という裏設定というか与太話があります