──中央歴1642年10月3日午前3時、ニグラート連合・レイフォル海上国境付近──
私の名は『イーサン・フェデック』、グラ・バルカス帝国海軍のオリオン級戦艦『アルニラム』の炊事員…つまりはアルニラムの乗組員皆の食事を作るコックだ。
とは言ってもまだまだ芋の皮むきぐらいしか任されていない見習いだが…。
ともかく、私が配属されたアルニラムは野蛮な異世界国家を打ち倒すべく、手始めにムーを攻略するための海戦を戦っていたのだが、どうも手酷く被弾したらしく撤退の途上なのだ。
私は戦闘中も食事を作っていた為どうなったのかは分からないが、艦首付近の食糧庫が使い物にならなくなったと聞いた事と、ずっと後進で航行している事からおそらくは艦首に深い損傷を受けたのだろう。
まあ、一炊事員である私は戦闘については門戸外だ。
私はただ、この艦を帰還させるべく奮闘する皆にしっかりと力を付けてもらうべく、美味い食事を作るだけだ。
「イーサン、今は人が少ないから飯作ってみるか?」
そう私に問いかけたのは副料理長であった。
夜食作りと朝食の仕込みの為に私と共に夜勤をしていたのだが、まさかこんな事を言ってくれるとは思わなかった。
返事はもちろん、大きな声で「はいっ!」だ。
「そうかそうか。お前もよく頑張ってるし、簡単な調理ぐらいは任せられる。それじゃあ…卵サンドでも作るか?」
卵サンド…茹でた卵を潰し、マヨネーズや塩胡椒で和えたものをバターを塗ったパンに挟むだけの簡単な料理だが、それでも調理を任せてくれるというのは嬉しいものだ。
「よし、じゃあ先ずは何をするか分かるか?」
先ずは卵の用意だ。
卵は藁やおが屑と共に木箱に入っている。
確か卵は厨房の隣にある食糧庫にあったはず…。
──ドンッ…ドンッ…ドンッ…
「何だ…?これは…砲声か?」
副料理長が微かに聴こえる音に反応し、怪訝な表情を浮かべる。
もしや異世界国家の軍が追撃してきたのだろうか?
そう考えた私は、副料理長に自身の考えを伝える。
「かもな。だが、ムーやミリシアルは主力艦隊をこちらに回す余裕は無いだろう。追撃にしても小規模艦隊か…それか時代遅れの木造船だよ。直ぐに追い払われる」
それもそうだ。
このアルニラムだって撤退しなければならい程の損害を受けてはいるが、それでも副砲や高角砲は使えるだろう。
それらを使えば木造船の艦隊を追い払うなぞ容易い話だ。
──ドンッ…ドンッ…ドンッ…
「おーおー、派手にやってるなぁ。それにしてもここまで撃ってるって事は、結構な規模の…」
──ドォォォォォンッ!!
「っ!?コイツは…」
これまでの砲声とは訳が違う。
かなり近くで発砲された大口径砲の砲声…おそらくはアルニラムに搭載された40cm砲のものだ。
「おいおい…主砲を使ったのか?って事はムーかミリシアルの追撃艦隊が…艦内電話は…壊れてるんだったな。イーサン、俺はちょっと様子を見てくるから、お前は飯を作っておいてくれ」
はい、という私の返事も待たずに副料理長は早足で厨房を出て行ってしまった。
異世界国家による追撃…先の戦闘による損害を思い出した私は最悪の結末を想像して震えてしまうが、だからといって私に出来る事は一つだけだ。
戦う皆が力を発揮出来るように美味い飯を作る、その為には人手が必要だが、卵を茹でる間に寝ている他の炊事員を起こしに行った方が効率的だろう。
そう判断した私は、食糧庫から運び出した卵が入った木箱を抱え、スチーム釜の前に立ち…
──ゴォォォォォォォンッ!
突き上げるような衝撃、置かれていた調理器具が跳ね上がり、開けたばかりの木箱が床に落ちて卵がぐしゃりと潰れた。
そう言えば副料理長から聞いた事がある。
魚雷や機雷を受けた時は下から突き上げるような衝撃が来る…しかし、私の記憶によれば異世界国家は魚雷を保有していないという話だ。
ならば機雷だろうか?
「逃げろ!逃げろ!」
「助けてくれぇぇぇ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
厨房の前の通路を何人かの乗組員が半狂乱になりながら走り抜けて行った。
よく訓練された帝国軍人がこんな状態になるとは…やはり機雷に接触して致命的な損傷を受けたのかもしれない。
となれば一刻も早く、他の乗組員や同僚である炊事員に呼び掛けなくては!
「イーサン!逃げろ!」
そんな使命感に燃えていた私だったが、厨房に飛び込んできた副料理長の姿を見てその炎は完全に消え失せてしまった。
というのも副料理長の顔は浅黒く日焼けしているにも関わらず、まるで死人のように青白くなっている。
海の男を体現したかのように豪快で怖いもの知らずな副料理長がこんなになるとは…状況は余程悪いようだ。
やはり機雷に接触してしまったのか。
「機雷?…馬鹿を言え!あれは…あれは…!」
──ズル…ズル…
何か妙な音が聴こえる。
聴いたことが無い音だが、強いて言うなら魚市場で巨大な魚を引き摺っている音に似ているかもしれない。
少なくとも軍艦の内部で聴くような音ではないのは確かだ。
「き…来た…逃げるぞ、イーサン!」
何が何だか分からないが、副料理長がここまで豹変してしまうという事は只事ではないのだろう。
その時、私の頭からは他の乗組員や同僚へ呼び掛けるという考えはすっかり抜け落ちてしまった。
「走れ!走れ!」
後ろも振り返らず走る。
狭く暗い通路だが、普段から料理や食材を運ぶのに何度も通った道だ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
誰かの悲鳴が聴こえ、思わず走りを緩めてしまう。
「イーサン!もうアイツは諦めろ!」
副料理長の汗ばんだ手が私の腕をグイッと引き、無理やり走らせる。
一体何が…何がこの艦を…私達を追っているのだろうか?
しかし、逃げ切らなければ間違いなく命は無い。
私はそれを本能でも、理性でも理解し始めていた。
「あそこだ!あそこから外に出られる!」
時間にして5分もかからなかった筈だが、私にとっては永遠のような時間であった。
開け放された水密扉から飛び出た私と副料理長は、そのままの勢いで傾いた甲板を駆け抜ける。
そう、傾いてたのだ。
走っている最中、いつもより走る速度が速い気がしていたが、それは通路が下り坂になっていたかららしい。
「ボートは…無いか!クソッ、飛び込むぞ!何か浮かぶ物を持て!」
辺りを見回し、使えるボートが無い事を悟った副料理長が覚悟を決めたように告げた。
それに従い、私も辺りを見回して海に飛び込んだ後に体を預けられるような物を探す。
…あった!
ゴム引きの布でコルク材を包んだ救命胴衣だ。
運良く最適な物を見つけた私は、ほっとしながら救命胴衣を拾い上げようとした瞬間…
──ヌチャ…ヌチャ…ズルルルル…
"それ"を見てしまった。
赤黒い触手…タコかイカを思わせる吸盤を持ち、生臭い粘液を滴らせながら先程私達が飛び出した出入り口から這い出てくる、"この世のモノではない異物"…
気付けば私は海に浮かんでいた。
「イーサン!イーサン!早く泳げ!渦に巻き込まれるぞ!」
アルニラムの艦体に巨木のような触手が何本も絡みつき、海に引き摺り込もうとしている光景をぼんやりと眺めていたが、木材にしがみついて浮かんでいる副料理長からの呼びかけによって正気を取り戻した。
沈む船…特に軍艦のような大型船は周囲の物を巻き込む渦を発生させながら沈むという。
それに巻き込まれてしまえば一瞬で海底まで引きずり込まれてしまうだろう。
せっかく生き残ったのに、こんな事で艦と命運を共にはしたくない。
必死に泳ぎ、泳ぎ…疲れ果てて気を失ってしまった。
目を覚ましたのは、何とも古びた艦の甲板上…植民地警備隊の警備艦の上だった。
気を失った私や、その他漂流していた乗組員は彼らによって救助されたらしい。
「いったい何があったんだ?」
警備艦の乗組員が問いかけてくるが、今は話す気になれなかった。
もし話しても信じてはくれないだろう。
しかし、これだけは言える。
もう…海には行きたくない…。
これ、もはやただのモンスターパニックでは?
今後、お色気シーンは…
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今より増やせ
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このぐらいでいい
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もう少し減らしていい
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もっと減らして
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無くていい