異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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指揮官「サモアへようこそ。これがシーファングだ。」


27.賢者のプロペラ

──中央暦1638年11月30日午後1時、サモア基地・サバイイ島西側演習場──

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥン……

 

雲一つ無い青空、空行くは羽ばたかぬ鉄の竜。

渡り鳥のようにV字編隊を組んで飛んで行く。

 

「あれが…ロデニウス連邦の戦闘機か…」

 

空を見上げていたマイラスが呟く。

 

「正確には、戦闘機と爆撃機ですね。端の機体から紹介します。」

 

そうするとV字編隊の端から一機が高度を落として、マイラスとラッサンからも見えやすい位置に来る。

 

「あれはF2A、通称『バッファロー』です。500km/hぐらいは出ますよ。今では、後継機への切り替えが進んでいます。」

 

「ごっ……500km/h!?しかも後継機への切り替えですか!?」

 

「ええ、バッファローにも色々と問題がありますからね…まあ、普通に使う分には問題ありませんが。」

 

肩を竦めながら、マイラスに答える。

機銃射撃時の安定性に問題を抱えている他は特に問題は無い機体であるが、どのみちとりあえずで提供したものだ。さっさと機種転換してしまった方がいい。

次に、バッファローの反対側に居た戦闘機が高度を落として来る。

先ほどのバッファローは樽のような胴体を持っていたが、この機体はやや洗練されたように見える。正にバッファローの正統進化と言っても良い見た目だ。

 

「あれはF4F、通称『ワイルドキャット』です。性能的には、バッファローを順当に強化した物ですね。現在の主力戦闘機です。……まだ、バッファローが多いのですがね。」

 

「なんと…ロデニウス連邦はあれほどの機体でも満足していないのか…」

 

ラッサンが愕然として呟く。

バッファローの時点で380km/hが限界のマリンを凌駕しているというのに、更に上を目指す貪欲さにある種の恐怖を感じる。

ラッサンが背筋の寒気に体を震わせると、次の機体がやって来た。

先ほどのバッファローやワイルドキャットよりも、洗練された流れるようなボディラインをしており、より高性能に見える。

 

「『ハリケーン』ですね。これも500km/hぐらいですが、翼が分厚いので20mm機銃を搭載したり、爆弾を搭載した戦闘爆撃機としての運用を予定しています。」

 

「あの機体は機首が滑らかな形状をしていますね?」

 

「あぁ…液冷エンジンですからね。バッファローやワイルドキャットは貴国のマリンと同じく星型空冷エンジンですが、ハリケーンは空気抵抗の少ない形状に出来る液冷エンジンなのであんな形をしているのです。」

 

マイラスの言葉に指揮官が答える。

ムーですら実用化していない液冷エンジンをさらっと実用化している事実に驚いたが、それでは話が進まないのでマイラスはその答えに再び問いかけた。

 

「では…なぜ、ワイルドキャットと同じ程の速度なのですか?空気抵抗が少ない形状に出来るのであれば、より速く出来そうですが…」

 

マイラスはそこが腑に落ちなかった。

ワイルドキャットより洗練された形状、液冷エンジンという高性能エンジン…前に指揮官が話していた700km/hまで出せる戦闘機とは、あのハリケーンではないのか?

そんな疑問を抱いたマイラスに、いつぞやのように指揮官の言葉が突き刺さった。

 

「あれ、木と鉄パイプと布で出来てますよ。」

 

「……は?」

 

「まあ、翼や胴体に多用している…という話ですよ。だから、翼が分厚く速度が出ないのですよ。」

 

「え…えぇ…」

 

マイラスは困惑した。先進的な全金属単葉機を連続で見た後に、まさかの鋼管フレーム布張り単葉機だ。先進的なのか後進的なのか判断に困る。

と、次の戦闘機らしき物が降下してきた。

 

「あれ?ロデニウス連邦の戦闘機にも固定脚の物があるのですか?」

 

「本当だ。マリンみたいな脚をしてるな。」

 

マイラスの言葉にラッサンも同意する。

 

「いえ、あれは爆撃機です。『九九艦爆』と呼ばれるもので、急降下爆撃により地上目標や艦艇等を破壊する為のものです。」

 

ふと、マイラスもラッサンも聞いた事の無い言葉が出てきた。

 

「急降下…爆撃?」

 

ラッサンが首を傾げた。

マリンにも小型爆弾を搭載する事で爆撃をする事は出来る。

だが多くの場合、水平飛行から投弾する水平爆撃か、緩く降下しながら投弾する降下爆撃…後に言う緩降下爆撃を行うに留まっている。

 

「大体、50°ぐらいの角度で降下しながら爆弾を落とす爆撃方法ですよ。戦車や艦艇のような移動目標に対して有効ですが…急降下やその後の引き起こしに耐えうる機体強度や、速度を制御する為のブレーキ等の専用設計が必要なんです。」

 

「なるほど…確かに、急降下したまま減速出来なければ空中分解や地面への衝突の危険がありますからね。……やはり、マリンでは厳しいか。」

 

「私は技術者ではないので詳しい事は分かりませんが…まあ、世の中の乗り物は大抵エンジンが良ければどうにかなりますよ。さっきのハリケーンも…ほら、今から来るあの『モスキート』も。」

 

次は、スマートなシルエットの双発機が降りてくる。

滑らかな機体形状には如何にも速そうだ。

 

「あれは…もしや、前に言っていた木製機ですか?」

 

「木製!?あれ、木で出来てるんですか!?」

 

マイラスが指揮官からの話を思い出していると、ラッサンがその言葉に反応し指揮官に問いかける。

 

「えぇ、そうですよ。防御機銃すら取り払った最速の爆撃機です。600km/hは出ますよ。」

 

「爆撃機なのに防御機銃が無いのですか!?」

 

「いや、ラッサン。そもそも600km/hに追い付く機体があるか?」

 

「……確かに。」

 

ラッサンがモスキートの思い切った設計に驚愕するが、マイラスの言葉に冷静になる。

マリンは勿論、先ほどのバッファローやワイルドキャット、ハリケーンですら追い付けない爆撃機なら防御機銃なぞは余計な錘でしか無いのだろう。

 

「ですが、木製で600km/hとは…あのモスキートも液冷エンジンですよね?」

 

「えぇ、ハリケーンと同じ『マーリン』というエンジンを搭載しています。馬力は…1200馬力ぐらいだったと思います。」

 

「1200馬力……1200!?」

 

もはや何度目か分からない驚愕の声をマイラスが上げた。

マリンのエンジンは600馬力…つまり、マーリンなるエンジンは2倍の出力を持っているのだ。

勿論、重量に対しての比率等様々な要因が絡むため単純な馬力のみで比べる事は出来ないが、それでも圧倒的だ。

因みに、次に紹介されたB-25『ミッチェル』は確かに性能こそムーの爆撃機を凌駕していたものの、モスキートの衝撃の前では大したものではなかった。

そして、最後の機体が紹介された。

 

──ブォォォォォォォォォォォォン!

 

今までの機体より圧倒的な速度…地上近くを恐ろしいまでのスピードで飛んでいる。

 

「あれが、我々の最新鋭戦闘機。『シーファング』です。700km/h出ますが…申し訳ありません。あれは、我々の切り札のようなものなので…それ以上の性能は開示出来ません。」

 

指揮官の言葉を聞きながら、マイラスとラッサンはポカンと口を開けた。

ハリケーンのような滑らかな機体形状ではあるが、翼はより薄い…間違い無く全金属製だろう。細身の機首は液冷エンジン搭載機の証…だが、機首のプロペラが問題だった。

そう、"プロペラが一つの軸に対して二つ付いている"のだ。

その形状にマイラスは覚えがあった。

 

「二重反転プロペラ……」

 

そう、ムーでは机上の空論…あるいはゲテモノとして扱われていた論文でのみ存在が確認されている。

将来的に開発されるであろう大出力エンジンの反トルクを相殺出来る事を狙ったものだが、現状そんな大出力エンジンは開発出来ていないうえ、求められるギアボックスは余りにも高度な工作精度を必要とし、その機構の重量が嵩む事もあって机上の空論扱いを受けていたのだった。

だが、現にこうやって目の前で飛行している。

 

「フレッツァ殿……」

 

「はい?」

 

「我々でも…500km/hに匹敵するような戦闘機を作れますかね?」

 

マイラスは半分自暴自棄だった。

単葉機で苦戦しているような自分達では無理だろう…そんな、自虐的な問いかけだった。

だが、その予想はまたもや裏切られた。

 

「出来ますよ、多分。」

 

「……え?」

 

「私も記録でしか見た事はありませんが…液冷エンジンを搭載した複葉機が520km/hを達成しています。空冷エンジンでも、430km/hを記録しているので…あとはそちらの頑張り次第ですね。」

 

「液冷エンジンですか…」

 

マイラスは考える。まだ、実用的な液冷エンジンは完成していない。早急な開発が必要だ。

だが…1200馬力ものエンジンを開発出来るだろうか?いや、そもそも戦車の開発に必要なトランスミッションの開発もしなければならない。

グラ・バルカス帝国の脅威が迫っている中、ムーにそんな余力も時間もあるのか。

マイラスが思考の海で溺れかけている時、手が差し伸べられた。

 

「もし…もし良ければ、マーリンエンジンや兵器の輸出や整備の教育。或いはそれらのライセンス生産を許可出来ますが?」

 

「ゆ…輸出…?」

 

ラッサンの目が見開かれる。

 

「これは、私の独断ではありません。ロデニウス連邦元首カナタ大統領、アルヴ首相、ハーク副首相等の首脳陣による判断です。」

 

「輸出に教育まで!?」

 

マイラスは自らを…そして、祖国を救い出せるであろう手を掴もうとした。

 

「ですが…条件があります。」

 

「……条件とは?」

 

「帰国の際に書状をお渡しします。それに書いてある条件を承諾出来るのであれば…輸出は叶うでしょう。」

 

マイラスとラッサンは生唾を飲んだ。

差し伸べられた手…それは、救いの神か…はたまた、破滅へ導く悪魔の手管か…

 

 




わりと危機感が強いムーです

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