──中央暦1638年12月1日午前9時、サモア基地・ウポル島西側母港──
サモア基地の主要港であるウポル島軍港、通称『母港』は恐らくこの世界最大の軍港であるだろう。
400隻程のKAN-SENの全てを…とはいかないが埋め立てや、メガフロートを駆使して建設された港湾設備は、神聖ミリシアル帝国のルーンポリスとカルトアルパスの港湾設備を合わせても及ばないのでないか?と思えてしまう程の規模だ。
故に、敷地内には専用の道路が整備されている。
そんな道路の傍ら、駐車スペースに黒いハイヤーが停まった。
「キュラソー、ここで待っていてくれ。」
「畏まりました。」
指揮官が助手席から降りながら運転席のキュラソーに指示する。
カチャッ、と微かな音と共に後部ドアが開かれマイラスとラッサンが出てくる。
昨日、指揮官から聞かされた兵器輸出の条件とはなんなのか?とか、ドアの下に足を翳すだけで開くドアや驚く程静かで安定した走りを持つ自動車等、色々と驚くべき点はあるが…二人はそれが些細に思える物を目の当たりにしていた。
「……ラ・カサミじゃないか。」
「あぁ…本当に…ラ・カサミそっくりだ…」
船体の前後に備わった連装砲、両舷に並ぶ副砲と補助砲…艦橋やマストの形まで全く一緒だ。
「あれが前に話した戦艦『三笠』ですよ。あのタラップから甲板に上がりましょう。」
「よろしいのですか?」
「ラ・カサミと同じですよ。隠したって意味がありません。」
そう言って指揮官は二人を案内するように、三笠に掛けられたタラップを上がる。
マイラスとラッサンは歩きながら二人して三笠を事細かに観察する。
「本当にラ・カサミだな…似てない所を探す方が早いぞ。」
「だな…でも、なんか落ち着くな。」
ムーを発ってからマイラスとラッサンに取っては驚愕と衝撃の日々だった。だが、ラ・カサミに良く似た三笠は二人にも理解出来る物だ。そんな事から、妙な安心感を覚える二人であった。
「お客人、遠路遥々ご苦労であった。」
タラップを登りきった先、305mm連装砲の横に立つ人影から凛とした声が発せられた。
黒い軍服に金色の肩章、腰にはサーベルを帯びている。
キリッとした顔立ちに琥珀色の瞳、ボブカットの黒髪からは白い湾曲した角が覗いている。
「我、弾雨硝煙を振り払い、勝利を以って祖国に威光栄誉をもたらす者なり…我こそ二代目連合艦隊旗艦、三笠である!」
マイラスとラッサン、二人はKAN-SENという存在にある程度は慣れていたため驚愕こそしなかったが、思わず息を飲んだ。
見た目は美しい女性…だが、その身に纏う雰囲気は歴然の古強者そのものだ。そんな彼女が漂わせるカリスマに二人は圧倒されていた。
「気合い入ってるな、三笠。」
「ふっ…『むぅ』とやらにも重桜連合艦隊の威光を示さねばな。」
「紹介しましょう…とは言っても、もう済んでますが。戦艦三笠です。」
「初めまして、ムーより貴国の視察に参ったマイラスです。」
「同じくラッサンです。」
「うむ、礼儀正しい若者だ。こんな若者が居れば『むぅ』も安泰だな!」
マイラスとラッサン、順番に握手する。
三笠の言葉に二人は照れ笑いしている。満更でも無いようだ。
その後、艦内を案内された二人だったが余りにもラ・カサミに似ている為あっさりと案内は終わってしまった。
しかし、そんな中でも二つ程気になった点があったようだ。
──中央暦1638年12月1日午前10時、サモア基地・ウポル島西側母港──
母港内を走るハイヤーの中、後部座席に座るマイラスとラッサンはそれぞれ渡されたタブレット端末を食い入るように見ていた。
「蒸気タービン…まさか、我が国で見限られた蒸気機関がこんな大出力を出せるなんて…」
マイラスは画面に表示されている回転する風車のような物…簡易的に描かれた蒸気タービンを見ていた。
ラ・カサミと三笠の相違点は二つあった。
その一つが動力だ。ラ・カサミは重油を使うディーゼルエンジンだが、三笠は石炭を燃やして熱した水から発生した蒸気を利用する蒸気レシプロ機関だった。
ムーで蒸気機関は発展性が低いと判断され、内燃機関の開発を進める事になった為蒸気機関は蒸気レシプロから進んでいなかった。
故に、より単純な構造で大出力が実現出来る蒸気タービンは眼から鱗な発見だった。
「蒸気タービンも凄いが…この、魚雷って兵器も凄いぞ。小さなボートでも戦艦を倒せるなんて…こりゃ、海戦が変わるぞ。」
マイラスの横でラッサンがタブレットの画面を指す。
そこには円筒形の物体が海中を進み、船の喫水線下に直撃する様が表示されていた。
魚形水雷…つまり魚雷である。
喫水線下という防御の薄い部分に大量の炸薬を充填した弾頭をぶつける事で敵艦を破壊する…しかも大砲のような大掛かりな発射装置は必要とせず、極端に言えば小型ボートや航空機でも戦艦を撃沈しうるのだ。
「まさか、ムーに魚雷が無いとは思いませんでしたよ。ラ・カサミの副砲や補助砲は魚雷艇対策だと思ったんですが…」
「あれは、木造帆船対策ですね。木造船にいちいち主砲を撃つのは、もったいないですから。」
「確かに。」
助手席越しに投げ掛けられた指揮官からの質問にマイラスが答える。
そんな風なやり取りをしていると、次の目的地に到着した。
「ご主人様、マイラス様、ラッサン様。到着いたしました。」
「おう、ありがとうな。」
指揮官とマイラスとラッサンがハイヤーから降りる。
そこにあったのは二隻の戦艦…城の様な艦橋に、大口径の三連装砲が前方二基、後方一基備わっており、艦橋や煙突の周囲には連装砲や機銃が無数に装備されている。
「ノースカロライナ級戦艦の、ノースカロライナとワシントンです。流石に内部の見学は出来ませんが、多少の質問なら受け付けます。」
「そう!アタシと姉貴がな!」
「ムーのお二方、初めまして。ノースカロライナ級戦艦ネームシップのノースカロライナです。」
「アタシは二番艦ワシントン、よろしくな!」
桟橋から歩いてきた長い金髪に白い軍服のKAN-SEN、ノースカロライナと短めの銀髪に露出度の高い改造軍服のKAN-SEN、ワシントンが二人に自己紹介する。
それぞれ握手を交わすと、早速マイラスが質問した。
「早速ですが…主砲はどのようなものなのですか?」
「40.6cm45口径三連装砲ですね。私達、ユニオンの戦艦でよく使われる主砲です。」
「よっ……40cm…」
ノースカロライナの答えにマイラスは絶句した。
ラ・カサミより10cmも大きい大砲が三連装だ。もはや比べる事も烏滸がましい。
そんなマイラスを他所に、ラッサンが質問する。
「先程、航空機による魚雷攻撃は戦艦をも撃沈しうると聞いたのですが…貴女方も何かしら対策が?」
「あぁ、飛行機な。近付かれる前に撃ち落とせばいいんだよ。ほら、艦橋の周りに連装砲あるだろ?あれは、12.7cm両用砲…まあ、対艦対空兼用の大砲さ。それが10基、あとは40mm機関砲を60門と20mm機関砲を…あー…30門だったかな?とにかく!飛行機なんて一機たりとも通さねぇさ!」
「凄い…まるでハリネズミだ…」
マイラスに続いて、ラッサンも唖然としてしまう。
こんな戦艦、航空機で沈められるのか?と、先程の映像に早速疑問が出来た。
「二人には、機密情報以外は話しても構わないと言ってあるので、どんどん質問して下さい。」
指揮官の言葉に二人は、ノースカロライナとワシントンに次々と質問を投げ掛ける事となった。
次回、皆さんが気になっているであろうKAN-SENが出る予定です