──中央歴1642年11月30日午後1時、グラ・バルカス帝国帝都ラグナ郊外──
時を少し遡り、今日も今日とて光化学スモッグで煙る帝都ラグナ。
中心地よりは幾分かマシな、古い街並みが残る郊外には帝国最高学府と名高い『帝都大学』が置かれている。
「はぁ〜…やっぱり休学して軍隊に行くしかないか…」
卒業すれば官僚を経て政治家になるか、或いは大企業に勤めて幹部となるか、はたまた軍隊に行って士官となるか…どう転んでも平均以上の生活が約束されている帝都大学生だが、キャンパスの片隅にあるベンチで陰鬱なため息を吐いている『レンニ・グードウ』はどうやらそうではないらしい。
「こんな時に学費の値上げだなんて…父さんも母さんも大変だって時に」
レンニの実家は地方にある小さな造船所…沿岸域用の漁船の製造と修理を請け負う漁港の影の主役とも言える会社を経営している。
そんな訳だから多額の学費が必要な帝都大学に通う事が出来るのだが、最近は戦争の影響で漁船に使う小型船舶用エンジン本体と補修部品の入手が難しくなっており、更には各種資材が高騰しており会社の経営を圧迫していた。
それだけならばどうにかなっていたが、ここでタイミングが悪い事に学費の値上げが告知されてしまった。
と言うのも帝都大学のようなグ帝の国立大学は国の経済状況によって決まる。
要は経済が好調ならばそれだけ人々に余裕があるから学費が上がり、逆に低迷すれば学費が下がる。
そして現在は戦争による軍需産業の特需により景気自体は好調だが、先述した物価高騰により庶民の実質的な賃金は減ってしまっている…つまり軍需産業に関われるような大企業と、庶民の間で経済格差が生まれているのだ。
「だけど大学休学じゃ士官じゃなくて下士官止まり…下士官だと前線に行く羽目になるから、空き時間に勉強する事も出来ない…」
学費を捻出出来ないのであれば働くしかない。
例えば工場でアルバイトするという手が考えられるが、それも今は難しい。
何故ならばアルバイトを雇うような余裕がある大企業は植民地に工場を持っており、現地人を強制労働させているため人手は足りている。
本土の工場に必要なのは、優れた熟練工か、理工学部を卒業した設計士だけだ。
となれば、休学して軍隊に行くしかないのだが、軍隊に行けば勉学が滞るばかりか事故や戦闘で死亡しかねない。
「よっ、レンニ」
「ん?あぁ、スリーンか」
休学届を貰いに行かなければ…そう考えていたレンニに声をかけたのは、同期であり友人である『スリーン・グルジル』だった。
「最近どうだ?」
「どうもこうも…実家は経営が厳しいから仕送りは難しいし、アルバイトはどこも募集してないし、挙げ句学費は上がるしで…もう休学して軍隊に行くしか道がないよ…」
「そうか…」
友人の苦境に顔を顰めつつもタバコに火を点けるスリーン。
彼も似たような立場であるため決して他人事ではない。
しかし、彼は少なくとも休学して軍隊に行かなければならないような事態を回避する手段があった。
「……なあ、レンニ。これから話す事…秘密に出来るか?」
「なんだい?もちろん君がそう言うなら秘密にするけど…」
「よし」
レンニの答えを聞いたスリーンはキョロキョロと辺りを見回すと、レンニに近寄って小声で告げた。
「学生芸術はどうだ?」
学生芸術…それはグ帝の文化の一つだ。
これは学生、つまりアマチュアが手掛けた文学や絵画であり、プロとは違う荒削りながらも独創的な作風は一部の好事家に支持されており、上手く当たれば学費ぐらいは稼げる学生達の希望である。
しかし、現在はそれも難しい。
「いや、ダメだよ。最近は近衛兵団の検閲でプロパガンダ的な作品以外は摘発されるよ」
実はレンニも学費の足しになればと文学作品を執筆していたのだが、近衛兵団の検閲強化によって退廃的な作品や悲劇的な作品、身分違いの恋を描いたような作品は検閲対象となり、近ごろはバルカス民族を讃えるような作品でなければ検閲官の気分で発禁されてしまうような事態となっていた。
しかもそう言ったプロパガンダ作品は近衛兵団によって、国家への奉仕活動として扱われ、賞状以外の報酬も無く取り上げられる始末だ。
「いや、実は最近、検閲無しで作品を買ってくれる人が居るんだよ。なんでも戦争で失われる作品を救いたいとかで」
「…怪しくないかい?」
「いやいや、どうやら資産家らしくて自分も若い時は学生芸術に打ち込んでいたから、同じ立場の学生を助けたいんだってさ。話だけでも聞いてみなよ。なんか作品があるなら持ってきて読んでもらいな」
「……分かったよ。書いてたのがあるから持ってくる」
「よし、決まりだ。それじゃあ5時頃にまたここにな」
怪しさを覚えながらも休学を避ける為には僅かな可能性に賭けるしかない。
そう自身に言い訳しながら、レンニは書き連ねていた自作を取りに下宿へと向かった。
──同日、同地──
スリーンに言われた通りの時間に同じベンチにやってきたレンニ。
下宿から持ってきた作品を入れたカバンを抱えて待っていると、並木道の向こうから見知った人物と見知らぬ人物が歩いてきた。
「スリーン」
「時間通りだな、レンニ。こちらが話していた方…ダイアーさんだ」
「君がレンニ君だね。初めまして。私の事はダイアーと読んでくれたまえ」
「よろしくお願いします、ダイアーさん」
帽子を被ってコートを着た、小柄な男性と握手を交わすレンニ。
するとダイアーと名乗った男はベンチに座ると、レンニとスリーンにも座るように促した。
「さて、レンニ君。私の事はスリーン君から聞いていると思うが…私は現状を憂いているのだよ。一部の人間の価値観によって、若い才能が抑圧され…その果てに戦地に送られる。それでは帝国の文化は遠くない内に廃れ、滅びるだろう」
ダイアーはレンニの双眸をしっかりと見据えながら言葉を続ける。
「そんな未来、私はまっぴらごめんだ。だからこそ、私は私が出来る事を…望外にも手に入れたこの資産で、君たちのような学生が生み出した作品をいつか許される世になるまで、保護しておきたいのだよ。その為なら多少の出費なぞ気にしないさ」
「……ダイアーさんの志はよく分かりました。では、私の作品もそのように扱って下さいますか?」
ダイアーの情熱はレンニに十分伝わったらしい。
それを示すようにレンニは、カバンから原稿用紙の束を取り出すとダイアーに差し出した。
「これが君の作品かね。ふむ…」
原稿用紙を受け取ったダイアーは、口を噤んで読み始めた。
レンニが書いた作品、それは幼い頃に父から聞いた海の伝承とそれにまつわるしきたりをモデルにした冒険小説だった。
このご時世では間違いなく、前時代的で非科学的な退廃作品として検閲に引っかかるだろう。
「………」
1時間程だろうか。
キリの良いところまで読み進めたダイアーは原稿用紙から顔を上げ、レンニに笑いかけた。
「レンニ君、これは素晴らしいね。子供の頃の冒険心を擽るような高揚感、続きを読みたくて仕方ないよ。ここにあるのが全部かい?」
「い、いえっ。これはまだ第一章でして、全七章の予定です。今出来ているのは三章までですが…」
「そうかそうか。では、この作品…全て買い取らせてくれないかな?今書いてないものも全て」
そう言ってダイアーは懐から分厚い封筒を取り出し、レンニに手渡した。
それを受け取ったレンニは戸惑うが、ダイアーから開けるように促されるとおずおずと開けた。
「……っ!?」
封筒に入っていたのは、札束であった。
全てが最高額紙幣…ざっと見ただけで、今期分の学費と生活費を賄えるであろう額だ。
「私にとって君の作品はそれだけの価値がある。遠慮なく受け取ってくれ」
「……ありがとう…ございます…」
本来ならさっき知り合ったばかりの人物からこんな大金を受け取る事は憚られるが、金欠かつ自身の作品を評価された事でレンニは正常な判断が出来ないでいた。
「良かったな、レンニ!これで軍隊に行かなくて済むな!」
「は、はは…ありがとう、スリーン」
まるで自分の事に喜ぶスリーンの存在も、レンニの判断力を奪う。
しかし、レンニは同時にこうも思っていた。
(そうだよな…せっかく大学に入れたのに、国が勝手に始めた戦争のせいで休学するなんてバカみたいじゃないか。国が助けてくれないなら、自分でどうにかするしかない…!)
「あ、そうそう。君達の作品をただ持っているのも勿体ないからね。個人的に気に入った作品を集めて、こうして本にしたんだ。切磋琢磨してほしいから、作品を売ってくれた学生には無料で配っているのだよ。受け取ってくれ」
自身の行いを正当化していたレンニへ、ダイアーは彼に赤い表紙の文庫本を差し出したのであった。
子供、女の子だったんですが名前を考えるとブルアカにぶち当たります
今後、お色気シーンは…
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今より増やせ
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このぐらいでいい
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もう少し減らしていい
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もっと減らして
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無くていい