色々と忙しく考える事がありまして…
──中央歴1643年1月16日午後1時、キールセキ基地──
「………」
ボディチェックを受けた後、カバルとフェルドは指揮官ことクリストファー・フレッツァに案内され、キールセキ基地の貴賓室に用意された席へ着座した。
「お二方、どうぞ。今さら毒なんて盛りませんよ」
二人の前には焼きたてのパンに鴨のコンフィと冬野菜の素揚げ、エンドウ豆のポタージュといった料理が並び、遅めの昼食といったところか。
それらを二人の対面に座った指揮官はリラックスした様子で食しているが、あいにく彼らは今のところ食欲が湧くような状態ではない。
「………」
「………」
衝撃的な空中誘拐劇の後に敵地へ連れ込まれたのだから当然と言えば当然であるのだが、カバルとフェルドは指揮官の顔に信じられないようなものを見るような目を向け続けていた。
もちろん指揮官本人は似ているだけの別人だと言っていたし、二人も当然別人であると理解はしている。
しかし、帝国最高の賢帝であり未だに人気がある先帝グラ・ルーメンと瓜二つとあってはどうしても気にしてしまうものだ。
「……ふぅ、さてフェルド殿。貴方に確認したい事があるのですが」
「な、何か…?」
そんな二人に呆れたようにため息をつくと、話題を変えるようにフェルドへ話しかける。
「昨年の6月、貴殿らはロデニウス連邦沿岸警備隊長官を始めとした各国の国民をあろうことか公開処刑しましたね?これはグラ・バルカス帝国の総意なのですか?」
「それは…」
指揮官からの問い掛けにフェルドは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「……あれは、我々の…独断だ。帝国としても、皇帝グラ・ルークス陛下のご意思でもない」
「あの公開処刑には貴国の外交官が処刑を指示した様が映し出されていましたよ?録画してあるので共に確認しましょうか」
「それも我々の指示によるものだ」
「………」
キッパリと言い切るフェルドだが、指揮官は疑いの目を向ける。
「フェルド殿。貴殿は…黒服、近衛兵団とかいう連中とは違いますね?同じ制服ではありますが、我々に対する態度や振る舞いが異なるように思えます。貴殿の正確な所属を教えて頂けますか?」
「……流石は若くしてこれだけの軍を束ねる者。聡明ですな」
指揮官の洞察力に舌を巻きつつも、フェルドは居住まいを正して改めて自身の立場…つまり近衛兵団よりも歴史がある皇族警備官の一員である事と、近衛兵団創設によって吸収されてしまった事を説明した。
本来であれば敵の総大将にこんな内情を暴露する事は国益を損ないかねない。
しかし、指揮官の冷静かつ穏やかな態度、何よりもフェルド自身の近衛兵団に対する不信感が彼の口を緩くしたのだ。
「なるほど、大まかには理解出来ました。貴殿と公開処刑の下手人は殆ど別組織なのですね」
「信じるのですか?」
「ええ、こんな状況で苦し紛れのウソをつくメリットが無い上に…私がレイフォリアで会った黒服連中ならば聞くに耐えない妄言を垂れ流していたでしょうし」
「で、では!あー…フレッツァ閣下、フェルドは…」
第二の父同然なフェルドの処遇がどういったものになるか心配していたカバルであったが、指揮官の言葉を聞いて明るい表情を浮かべる。
「裏取りの必要はありますが、現状どうこうするという事はありません。それに殿下の側仕えという話ですので、殿下の身柄が我々の手元にある間は側仕えとしての職務を遂行してもらいましょう。もちろん、その忌々しい黒服は脱いでいただきますがね」
「あ……ありがとうございます…!」
「フェルド!あぁ…良かった…良かった!」
報復として処刑されてもおかしくない状況にも関わらず、助命どころかこれまで通りカバルに仕える事が出来るというのはフェルドにとっても…そして何よりもカバルにとっても人目を憚らずに破顔するに値する望外の喜びであった。
「ただし、お二人には色々と行動を制限させていただきます。我々ならばお二人の立場等を理解出来ますが、末端の兵士はそうはいきません。もしお二人が逃げ出そうとしていたうえに、抵抗したから已む無く射殺した…と言われてしまえば我々はその兵士の証言の裏取りが出来るとは限りません。くれぐれも我々の指示に従って頂きたい」
「承知した。例の件で我々は恨まれているだろうし、それも当然の事だ。貴殿らの指示に従い、疑われるような行動は慎もう」
「あぁ、気を引き締めて……」
──ぐ〜っ…
指揮官の言葉に力強く頷く二人であったが、そんな中でカバルの腹が鳴った。
どうやら緊張の糸が解けた事で、今まで感じなかった空腹が表れてしまったらしい。
「…冷えてしまいましたね。新しいものを持ってこさせましょう」
「いえ、私はこのままで結構です」
「わ、私もだ」
微笑みを浮かべて冷めてしまった昼食を取り替えさせようとした指揮官に対し、二人はそれを辞するとナイフとフォークを持ってテーブルマナーの教本通りに食事を始めた。
それを見た指揮官は席を立つと、二人に対してこんな言葉をかける。
「では私は申し訳ありませんがこれで失礼します。何かと多忙でして…暫くはこの部屋でお寛ぎ下さい。何かありましたらそちらのベルを鳴らして頂ければ、案内の者が伺います」
「何から何まで申し訳ない。このご恩は一生忘れません」
「フレッツァ閣下のような将軍が帝国にも居てくれれば…いや、たらればの話は虚しいだけか」
深々と頭を下げるフェルドと、指揮官の振る舞いに感心したようなカバル。
そんな二人に会釈すると指揮官は貴賓室のドアを開け…立ち去る前に何かを思い出したかのように振り返った。
「あぁ、そうだ。後ほど書き物と暦を持ってこさせます。貴国で好まれる、或いは避けられる食べ物等…あと祝祭日をお教え下さい。殿下はもちろん、捕虜に対して配慮する為に必要になりますので」
「お疲れ様、指揮官。彼らはどうだった?」
貴賓室から出た指揮官を待っていたのは、鉄血所属の巡洋戦艦『アルヴィト』であった。
彼女は指揮官の真横に並ぶと、彼と同じ歩調で廊下を歩き始める。
「やっぱりイカれてるのは黒服連中だな。あの爺さんも皇太子も話せる相手だ」
「ええ、私もそう思うわ。映像資料でしか知らないけど、近衛兵団と同じ振る舞いなら間違いなく彼らは独房の中でしょうね」
「黒服は俺の顔が先代皇帝に似てるってだけで撃ってくるような連中だからな。まあ、今回はそれを活かした訳だが」
指揮官はフェルドとカバルに対してやり過ぎな程に温情をかけたが、それは彼らから情報を引き出しやすくする為だ。
そのうえ、親近感を覚える見た目なら尚の事…現にフェルドは近衛兵団の内部事情について暴露したし、カバルは腹の虫を鳴かせる程に緊張を解いている。
このまま行けば彼らは後ほど届けられる暦等にグラ・バルカス帝国の風習や祝祭日を書き込んでくれるだろう。
「指揮官、また悪い事を考えているのかしら?」
「分かるか?」
「"全知"の名を侮ってもらっては困るわ。確かに敵国の風習を知る事は大事よ。ただ…指揮官はそれを悪用する前提で考えているでしょう?」
「くくく…ヒドい言われようだな」
アルヴィトの言う通り、例え敵であっても相手国の文化や風習を知るのは重要だ。
知らなければ、いつの間にか敵兵士の怒りを買ってしまい降伏交渉が躓く可能性があるし、宗教的にタブーとされる物を捕虜に与えれば捕虜虐待になりかねない。
そういう意味でも敵国の風習と風習について知る事は重要だが…
「指揮官、あなたのこれまでの行動をプロファイリングしている私から言わせてみると…あなたがそういう表情の時は敵が酷い目に遭うものよ」
「そうかい。それより救出されたムー人パイロットはどうなった?」
「アルー基地にて応急処置を受けた後、ここに搬送されたわ。足首の骨折だそうだけど綺麗に骨が割れたから後遺症も無く直ぐに治るそうよ」
「分かった。では見舞いに行ってやるか。アルヴィト、すまんが俺のデスクの上から二番目の引き出しに小さい木箱が入ってるから病棟に持ってきてくれ」
「分かったわ。それじゃあ病棟で」
そんな言葉を交わし、二人はそれぞれの目的地へと向かったのだった。
転職するので次の更新も遅れるかもしれません