異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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前々から書きたかった話なので、空いた時間で一気に書き上げました


312.ムーの幻影

──中央歴1643年1月24日午前10時、エリワーズ飛行場──

 

ムー北東部の内陸、そこは一面の草原が広がっておりかつては騎馬民族の住処であったのだが、産業革命以降は騎馬民族も都市部に定住してしまい、今では無人となっている。

そんな草原のほぼ中央やや東寄りを切り拓いて作られた飛行場。

いくつかの格納庫と1本だけの滑走路は如何にも寂れた地方空港といった風情だが、この飛行場はムー空軍の新型機をテストするための実験場なのである。

 

「管制塔、チェックリストコンプリート。これより第8回飛行試験を行う」

 

《了解しました、クーガー大尉。今回の飛行試験は我が国初となる"壁"を越える試験となります。くれぐれもお気を付けて》

 

滑走路の端でアイドリング状態のまま待機している機体…ムー初の"とある能力"を持った新型機のコックピットから、テストパイロットを任されたクーガーが管制塔とそんなやり取りをしていた。

 

「さて…行くか」

 

地上滑走試験は十数回、飛行試験も複数回こなしており、その間も大きなトラブルは発生していない。

しかし、大きなトラブルが今回発生する可能性は無きにしもあらずだ。

故にクーガーは普段の豪快な気質には似つかわしくない緊張感を滲ませていた。

 

「スロットル開放、出力上昇正常…ブレーキリリース」

 

──キイィィィィィィィィィィン……

 

スロットルの操作によって甲高い音と共にエンジン出力が上がり、規定の出力に達したタイミングで降着装置のブレーキを離す。

すると機体は滑らかに前進し始め、徐々に速度を上げてゆく。

 

「離陸可能速度到達!」

 

《離陸許可、機首上げ!》

 

離陸速度まで達した事を管制塔に報告すれば、管制塔からも離陸に支障が無い事を確認した上で離陸許可が出され、クーガーがそれを受けて操縦桿を手前に引いた。

 

──ゴオッ…

 

体が座席に押し付けられる感覚を覚えた次の瞬間には、機体は何事もなく離陸し、若干左右に揺れながらも安定して緩やかに上昇して行く。

 

「離陸完了。ふぅ…何度もやったが、やっぱり緊張するな」

 

《クーガー大尉でも緊張なさるんですね。大丈夫ですよ、見事な離陸でした。今からでも旅客機のパイロットになれますよ》

 

「それは光栄だ。それはともかくとして規定高度まで上昇した後、"例の試験"を行う。万が一の時には助けてくれよ?」

 

《もちろんです。大尉も万が一の時には機体を捨てて脱出して下さい。機体は替えが利きますが、大尉はそうはいきませんから》

 

管制塔からのちょっとした冗談のお陰で幾分か緊張は和らいだ。

今一度精神を落ち着かせたクーガーは座席に取り付けられている射出座席作動レバーの位置を確認すると、今回の試験を行う為に設定された高度まで機体を上昇させる。

 

「ただいま高度1万m。これより水平飛行に移り、試験を開始する」

 

新型機は機首を上げてやればグングンと上昇し、あっと言う間に高度1万mまで到達した。

これまでのマリンでは到達出来ない高度であり、より強力なコルセアでさえもエンジンに気を配ってやらねばいけないような高度だが、新型機は全く問題無く飛行している。

 

「よし…ではこれより…我が国初となる"超音速飛行試験"を開始する」 

 

《了解。どうぞ音の壁を突き抜けて下さい、クーガー大尉》

 

「あぁ、楽しんでくる。再燃焼機点火!」

 

──ゴォッ!!

 

スロットルレバーを赤い目盛りまで押し込んでやれば、機体の尾部からバーナーのような炎が噴き出し、グングンと加速して行く。

 

「速度、時速…800…900…1000…1100……1300!1400!1500!現在時速1560キロ!音速突破!我、超音速にて飛行中!」

 

《やった!やりましたねクーガー大尉!貴官は初めて単独で超音速飛行を行ったムー人ですよ!》

 

機体は1560km/h…高度1万mにおける音速は約1080km/hである為、およそマッハ1.4の速度を叩き出した。

 

「これが音速の世界…なんとも拍子抜けだな。それともこの機体がいいのか?」

 

通信機からは管制塔の歓喜が伝わってくるが、クーガーは意外と特別な事は無い超音速飛行に拍子抜けした様子だった。

そう、この一連の試験は"ムー初の超音速戦闘機"である『イリュジオン』を実用化する為のものなのである。

というのもムーはアクアホークの実用化に目処が立った辺りから昨今の急速な航空技術の発展を見越し、次期主力戦闘機の開発を独自にスタートさせていたのだ。

しかし、ジェット機開発の経験を得たとしても独力で超音速機の開発は無謀…という事で親交があったアズールレーンのブロック社から技術者を招聘し、協力を仰いだのであるが、これが大正解だった。

というのもブロック社はアズールレーンの次期主力戦闘機のコンペで敗北した超音速戦闘機『ミラージュⅢ』の開発データを所有しており、アズールレーンもブロック社単独の技術協力なら問題無いとして技術者派遣に反対しなかったのである。

 

そんな訳でブロック社の協力を得ながらも大部分をムーで開発した本機は先述の通りミラージュⅢをベースとしている為、水平尾翼が無いデルタ翼…つまり無尾翼デルタであり、強度向上と軽量化、空気抵抗低減を実現しており、ムーで国産可能なジェットエンジンでも音速突破が可能となっている。

また、本機はミラージュⅢよりもエアインテークを前方に伸ばすと同時に機首を切り詰めており、レドームをショックコーン代わりにする事で原型機にあるエアインテーク内ショックコーンを省略する事で更に軽量化と生産性を向上。

更に本機はムー空軍からの強い要望により、エンジンのマルチソース化に重きを置いている。

現在試験飛行中の個体はムーの技術力でも製造可能な『アター9』を搭載しているが、重量増加を覚悟で胴体エンジン搭載部に余裕を持たせており、アクアホークに搭載している『J52』、輸入する事が決まった『J79』、果てには最新鋭ターボファンエンジンである『スペイ』の搭載まで視野に入れているのだ。

これは基本的に本機には推力に優れるJ79をアズールレーン・ロデニウス連邦から輸入して搭載する事となっているのだが、万が一両勢力との関係が悪化した際にエンジンの輸入が滞れば防空体制に致命的な穴が出来る為、国産化したエンジンの搭載も出来るようにしているのである。

 

《クーガー大尉、超音速の乗り心地は如何ですか?》

 

「快適だ。特別な事は何もないが…」

 

興奮冷めやらぬ様子で問い掛ける管制塔に対し、冷静に応えるクーガー。

しかし、彼の視線は燃料計に向けられた。

 

「恐ろしい勢いで燃料が減っている。このままだとガス欠で着陸もままならなくなるから、減速するぞ」

 

《やはり再燃焼機…アフターバーナー使用時の燃料消費は凄まじいですね。了解しました。超音速飛行試験は終了。機体の点検を行いますので、一度着陸して下さい。お疲れ様でした》

 

「了解、超音速飛行は機体にどんなダメージが加わっているか分からんからな。最後まで気を抜かずに着陸するさ」

 

スロットルを絞り、速度を落としながら高度を落として行く。

ふと地上に視線を落とせば、滑走路の側には十数名の人物の姿が見え、全員が大きく手を振っている。

 

「アズールレーンによるグラ・バルカス帝国皇太子誘拐…グ帝は間違いなく我が国にも報復を仕掛けてくるだろうな。それまでにイリュジオンを1機でも多く戦力化出来ればいいが…」

 

如何優れた兵器でも、必要な時に必要な場所に必要な数が無ければ意味が無い。

そんな事を考えつつ、クーガーはイリュジオンを危なげなく着陸させたのであった。

 




ジェットエンジンの構造も調べてると中々沼ですねぇ…
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