──中央歴1643年1月17日午前10時、神聖ミリシアル帝国アルビオン城──
時は少し遡り、神聖ミリシアル帝国の中枢たるアルビオン城。
その大会議室では緊急会議が行われており、ミリシアル8世を始めとしたミリシアルの大物達が顔を揃えていた。
「それはまことか」
曾がいくつも付くような孫との時間を邪魔された事で若干不機嫌だったミリシアル8世だったが、情報局職員からの報告に目を丸くした。
「はい。間違いなくアズールレーンおよびロデニウス連邦、ムーは合同特殊作戦により、レイフォル領内でグラ・バルカス帝国皇太子を専用旅客機ごと拉致したとの事です。これは非公式ルートではありますがアズールレーン側から情報提供があり、また我々情報局による調査でも間違いないとの結論が出ております」
「専用機ごと拉致…?」
「しかも敵の勢力圏内でだと?」
「いったいどんな手を使ったというのだ」
ミリシアルも長い歴史の中で交戦国の重要人物を拉致する特殊作戦を行った事は一度や二度ではない。
しかし、専用機ごとという事はほぼ間違いなく飛行中に拉致したという事だろう。
流石のミリシアルでもそのような芸当は難しい…というより不可能に近いだろう。
「ふむ…その件については後々、公式声明を発表するか…或いはこのまま秘匿しておくつもりなのだろうな。作戦に参加していない我が国に非公式に伝えたというのは"そのような意図"があるという事だ」
ミリシアル8世の予想は当たっていた。
というのもアズールレーンが非公式ルートでミリシアルにこの事を伝えたのは、世界のニュースによる報道を抑止する為だ。
世界のニュースはミリシアル政府からも一定の距離を置き、完全ではないが中立の立場から報道するというスタンスではあるが、ある程度は政府の意図を汲む事もある。
そしてアズールレーンは今回の皇太子拉致を世界のニュースで報道しないようにミリシアル政府へ暗に要請しているのだ。
「先の一件で本邦のみならず多くの国々でグラ・バルカス帝国に対する嫌悪感は最高潮です。このような国際世論で皇太子の身柄を確保したとなれば報復として処刑する事を各国国民から強く求められるでしょう。そうなれば流石のアズールレーンも、ロデニウス連邦も、ムーも世論を完全に無視する事は難しくなります」
「で、あろうな。余も報復処刑なぞ野蛮な行いはしたくはない。思惑に乗ってやろうではないか。して、皇太子の身柄は何処に?」
「そこまでは伝えられていませんが、現状はムー国内ですが、近日中にはロデニウス連邦に移送されるものと思われます。何故ならばムーの空港にてロデニウス連邦の超音速旅客機が準備されていましたので」
「陛下!意見具申よろしいでしょうか?」
情報局職員からの報告を聞いていたミリシアル8世に、一人の男が挙手しながら発言した。
「そなたは…」
「外務省、外務大臣次席補佐官のピタレスと申します」
発言したのは国外に居て今回の会議に参加出来なかった外務大臣ペクラスの代理であるピタレスだった。
「そうであったな。して、意見とは何か…申してみよ」
「恐れながら…グラ・バルカス帝国皇太子の身柄を我が国に引き渡すように要求すべきかと考えます」
「ほう…」
ピタレスの言葉を聞いたミリシアル8世の片眉がピクッと跳ね、それに気付いた殆どの会議参加者は身を縮こませた。
ただ唯一ピタレスはそれに気づかなかったようで、発言を続ける。
「ムーはつい最近まで日和見的な中立を保ち、大規模な対外戦争の経験はありません。そしてアズールレーンとロデニウス連邦は出来上がってからまだ10年も経っていないような新興です。そのような国々では皇太子の身柄を上手く扱い、グラ・バルカス帝国との交渉を纏められるとは思いません。何よりこれらの国々は科学文明であり、下手をすればグラ・バルカス帝国の思想に感化され、かの国との連帯を図るやもしれません。故に、第一列強として政治力があり、魔法文明国の代表たる我が国が皇太子の身柄を預かってグラ・バルカス帝国との交渉を……」
「この愚か者め!」
正に一喝。
老大木を思わせる老人の口から出たとは思えない轟雷が如き一喝…それはその場に居た殆どの者を萎縮させ、一喝された本人は何が起きたのがすら理解出来ないでいた。
「先にも言った通り、皇太子の身柄を確保した作戦はアズールレーン、ロデニウス連邦、ムーの連合国軍によるものであり、我が国は一切関与していない。だと言うのに後から美味しいとこだけを寄越せと?そなたは栄えある神聖帝国を恥知らずの三流国にしたいのか!」
「い、いえっ!決してそのような事は…」
「しかもグラ・バルカス帝国の思想に感化される?たわけが。今まさに連合国軍の将兵は侵略に抵抗し、命がけで戦っておる。そのような者達が道を違える事があろうか…余はそうは思わん。特にムー将兵の高潔さ…この場に居る者は皆知っておるだろう?」
参加者一堂─もちろんピタレスも例外ではない─の脳裏に浮かんだのは、先のグラ・バルカス帝国によるカルトアルパス襲撃におけるムーパイロット達の奮戦であった。
中でも幼年学校を護る為に命を投げ出してまで戦った第一航空小隊の活躍は多くの人々の胸を打ち、現在のミリシアル国内世論を形成し、政府すら動かしているのだ。
「そしてアズールレーンとロデニウス連邦は我が国に対し機甲歩兵…アーマードトルーパーや航空機設計の技術協力を行い、結果として我が国の陸軍・航空戦力はこれまでの比ではない程に向上した。そのような大恩を受けて尚、彼らをまだ疑い、蔑むと言うのか?」
「ち、違います!私はただ我が国が主導した方が良いと…」
「黙れ!…そなたはどうも地位にふんぞり返り、他者を見下す気質があるようだ。神聖帝国の官僚の地位で科学文明を見下し、家柄の地位で他者を見下す。そなたは確か、外務省の女性職員に対して役職や家柄を後ろ盾に無理に交際を迫り、体に触れたりといった行為で厳重注意を受けていたな?」
「それは…」
ピタレスはとある名家の出であり、外務省に入って現在の地位にあるのも親の七光りによるものだ。
そしてピタレスはそれをいい事に女性職員に対してセクハラを繰り返し、見かねた上司から厳重注意を受けたという経歴がある。
本来、省内での厳重注意処分ならば大々的に公表されたりはせず、定期的な報告書を皇帝へ提出するのみなのだが、ミリシアル8世はざっとながら全ての報告書に目を通していたのだ。
「アズールレーンからの魔王ノスグーラによる予言、そしてエモール王国による空間の占い…これらから魔帝復活は近いというのに、文明の成り立ちの違いだけで他国を蔑むようは者は神聖帝国には不要!衛兵、此奴をつまみ出せ!」
「はっ!」
ミリシアル8世の命令により玉座の背後に控えていた衛兵がピタレスを取り囲み、彼の脇を抱えた。
「まっ…待って下さい、陛下!今一度…今一度、挽回の機会を……」
何やら弁明するピタレスだが衛兵によって引き摺られてゆき、最終的には扉から外に連れ出されてしまった。
「……よし。これで不要な者は消えた。気を取り直して続けようではないか」
何処か満足気なミリシアル8世の言葉に他の参加者は姿勢を正し、気を取り直して会議を続行するのであった。
最近ミ帝の出番が無かったので、ちょっとミ帝のあれこれを書きます