異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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東 聖様、帝国将校様より評価9を、鈴木颯手様より評価7を頂きました!

時間があったので連続投稿です


31.苦渋の決断

──中央暦1638年12月8日午前10時、ムー政治部会──

 

ムーにおける政治の中枢で行われる会議は混迷を極めていた。

簡単に言えば、とある議題に関する賛成派と反対派による舌戦だ。

 

「しかし、グラ・バルカス帝国の驚異は確実だ!国際社会の目を気にして国を滅ぼす気か!?」

「だが、第二列強たる我が国がポッと出の国家を列強認定するなぞ、ミリシアルやエモールにどのような目で見られる!?」

 

そう、会議に混迷をもたらしたのは兵器の輸出に対する条件だった。

その条件というものが…

 

・ロデニウス連邦を列強として承認する事

・ロデニウス連邦周辺諸国を新たな文明圏として承認する事

・兵器製造、整備、運用等を学ぶ研修生をロデニウス連邦に留学させる事

 

他にも輸出兵器やライセンス生産兵器の改造についての規約等、細かいものがあったが大まかに纏めるとこうだ。

ムーにとっては至れり尽くせり。ただ単にロデニウス連邦を新たな列強と承認すれば良く、更には新兵器についての教育まで請け負ってもらえるとなれば、これ以上無い程の好条件だ。

だが…世の中、そんな簡単には行かないものだ。

 

「そもそも、建国から1年も経っていない国家を列強にするなぞ我が国の正気を疑われるぞ!」

「しかも留学生とは言っているが、体のいい人質ではないか!」

 

そう、列強とは世界秩序のバランスを担う国家だ。そうホイホイと承認すべき物ではない。

さらに、留学生は露骨に人質…つまり、ムーに輸出した兵器を自分たちに向かって使われない為の保険だ。

反対派は主に内政に関する官僚が中心であった。

 

「だが、レイフォルからの難民の話でグラ・バルカス帝国の進駐軍の横暴さが伝わっているではないか!国民が奴隷にされても良いのか!?」

「そもそも、人質とは言うが彼らとて慈善事業で兵器輸出をやっているわけじゃない!我が国に高性能兵器を輸入する以上、何かしらの保険を掛けるのは当たり前だろう!」

 

一方賛成派は外交や軍に関する官僚が中心だった。

彼らは神聖ミリシアル帝国に差を付けられている今までは勿論、現状のグラ・バルカス帝国の驚異が迫っている状況に強い危機感を覚えている。

国際世論におけるムーの立場を守るべきか、はたまたそれらをかなぐり捨ててでも武力によりムーを守るか…

その議論は一日中…深夜まで続いたという。

 

 

──中央暦1638年12月15日午後2時、ムー軍港──

 

灰色の岸壁、やや濁った海、空を飛ぶウミネコ。

 

「……ドッドッドッドッ…バーン。」

 

そんな軍港に係留された戦艦の上、二連装ボフォース40mm機関砲の射手席に座った少女が指鉄砲で、ウミネコを撃ち落とすような真似をする。そうした後、どこか憎しみが籠ったような目で西を…遥か西方にある仇敵の住み処を睨み付ける。

彼女はラ・ツマサ、パラレルワールドのムーに存在した最新鋭戦艦…その力を持ったKAN-SENだ。

マイラスとラッサンによるロデニウス連邦の視察を終えた後、「パラレルワールドの話とは言え、ムーの軍艦なのだからムーに居る方がいい。」という指揮官の判断により、二人と共にムーへ"帰国"したのだ。

 

「はぁ…」

 

指揮官から餞別代わりに装備して貰ったボフォース機関砲の射手席から降りて、溜息混じりに甲板を歩く。

彼女の存在は、驚愕と共に迎えられた。

一人の少女に戦艦の力を持たせた人型兵器…KAN-SENの存在はムーの人々には信じがたい者だった。

だが、かつてロデニウス連邦から来た特使…つまり、指揮官とダンケルクと共に戦艦ダンケルク前で記念写真を取った兵士達の中に居た佐官クラスの人物の証言と、実際にラ・ツマサが戦艦ラ・ツマサを呼び出した時にその疑念は払拭された。

確かに彼女がスパイかもしれないという疑いはあったが、無料で新技術盛りだくさんな最新鋭戦艦…しかも乗組員が必要無く、更には弾薬を使わずとも戦えるというKAN-SEN特有のメリットの前にはそんな疑念の声は小さくなって行った。

 

「ラ・ツマサ!」

 

岸壁から彼女を遠巻きに見ていた野次馬を掻き分けて、一人の若い男性が近付いてくる。

 

「主っ!」

 

その声を聴いたラ・ツマサは、その瞳に宿っていた憎悪の光を消して甲板から岸壁へ飛び降りて、声の主に駆け寄る。

そう、その声の持ち主こそ彼女の設計者であり艦長であり…自らを認めてくれた者。

 

「主じゃなくていい、って言ってるじゃないか。こっちだって敬語は止めてるのに。」

 

「いえ、貴方様は誰が何と言おうと私の主です。これだけは譲れません。」

 

やって来た若い男性、マイラスの腕に抱き付くようにして可愛らしく唇を尖らせる。

そんな二人…正確にはマイラスに向かって「リア充、爆発しろ!」的な視線が注がれる羽目になった。

 

「あー、えーっと……また、ロデニウス連邦に行く事になったよ。ラッサンも…他の戦術・技術士官も合わせて30名程ね。」

 

「では…あの条件を?」

 

「そう、ロデニウス連邦からの要請通り…『然るべきタイミングで第四文明圏設立を発表する際に、ムーはこれを支持する。』まったく…彼らも思いきった事をする。」

 

そう、ムー政治部会はロデニウス連邦から提示された条件を飲んだのだ。

勿論、ムー側からすれば苦渋の決断だったのだろう。だが、背に腹は代えられない。プライドと意地を履き違えて、国を滅ぼすような選択は出来ない。

ならば、恥を忍んででも新兵器輸入を行わなければならない。

 

「良かった…きっとこれでムーは…」

 

ラ・ツマサの美しい緑色の瞳に涙が浮かぶ。そんな彼女の様子にマイラスは慌ててハンカチを差し出す。

 

「そっ…そんないきなり泣かれると…」

 

「グスッ…ありがとうございます、主。」

 

マイラスからハンカチを受け取り、目頭を押さえるように涙を拭くと目映いばかりの笑顔をマイラスに向ける。

そんな笑顔を向けられたマイラスは自らの心拍数が上がり、顔が赤くなった事を自覚する。

それが気恥ずかしくて、顔を逸らす。

 

「と……年明けにロデニウス連邦に向かう事になるから、それまで君の兵装実験を行う事になったよ。」

 

「私は?私は、ロデニウス連邦に行けないのですか!?」

 

「い…いや、上層部は君を僕に預けると判断したらしいから…多分、一緒に行く事になると思うよ。」

 

要は最新鋭戦艦が手に入ったのは嬉しいが、何せKAN-SENは余りにも未知過ぎた。

故に扱いに困った挙げ句、彼女がなついているマイラスが監督役…ようは面倒を見る事になったのだ。

 

「本当ですか、主!」

 

マイラスと離れ離れになる事がそんなに嫌だったのか、思わず彼に抱き付くラ・ツマサ。

マイラスに更なる嫉妬の目…ギリギリと歯軋りの音までする…が向けられる。

 

「は……ははは…」

 

そんな中、マイラスは気不味さで乾いた笑いを出すしか出来なかった。




ムー編は一段落です
あと数話挟んでパ皇編に入ります

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