──中央歴1643年1月30日正午、オタハイト港湾管理局──
『これにて新空軍元帥就任式を閉会いたします。フレッツァ閣下には是非とも……』
──ダンッ!
拳がテーブルに叩き付けられ、その弾みで宙を舞ったリモコンが床に落ちて電源ボタンが押された事でモニターが暗くなる。
「ふっ……ざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
拳の主、エルザンは脳の血管が切れそうな程に赤い顔で炎を吐くような勢いで怒声を発すると、そのまま腰に挿した拳銃を抜き…
──パンッ!
あろうことかテレビに向かって発砲した。
「あら、ダメじゃない。そういう行動は貴方だけではなく、貴方の国の品位まで貶める事になるわ。もう少し冷静になるべきよ」
最新型とは言えど所詮は家電、弾丸を叩き込まれれば容易く破壊されてしまう。
しかし、そうはならなかった。
というのもエルザン達からしてみれば信じ難い事に、フリードリヒ・デア・グローセが銃口の前に手を差し出し、発射された弾側を受け止めてしまったからだ。
「なっ……!?」
「あ…?え?」
「は…はぁぁ…」
エルザン、シエリア、ダラスがあまりの出来事に腰を抜かしそうな程に驚愕する。
いや、正確にはエルザンは以前にヴァンガードが指揮官を庇った際に似たような光景を見ていたのだが、2度も目にすればそれが何かの間違いではなかったと確信してしまった。
「やっぱり、貴方達はあまりにも危険だわ。個人間の問題ならば叱るだけでいいのだけど…国家間ともなればそうはいかないわね」
掌で潰れた弾丸をつまみ、テーブルに置かれていた灰皿に置くとその神秘的な金色の瞳でエルザン達を見据えるグローセ。
KAN-SENである彼女からしてみれば、歩兵用装備なぞ文字通り豆鉄砲…それを理解しているムー側は銃声に反応すらしていない。
「なっ…何故…まさかKAN-SENという存在は……」
信じ難い現実を前にシエリアは顔を青くしながら震えあがる。
荒唐無稽なプロパガンダ、あるいは魔法による子供騙しだと思っていたKAN-SENの力の一端を自身の目で、間近で見たのだから当然の話であろう。
「あら、まだ信じていなかったのね。そうよ、私はKAN-SENの一人…戦艦フリードリヒ・デア・グローセ。先日のレイフォリアでは戦艦としての私を見せたのだけど…覚えているかしら?」
穏やかな、正に聖母のような笑みを浮かべるグローセにシエリア達は底の無い闇を覗いたかのような恐ろしさを覚えた。
人の姿になれる軍艦…それを全面的に運用されれば海上警戒網は何の役にも立たないし、戦力の正確な分析すら不可能となる。
それこそレイフォリアのように、KAN-SENが急速展開すれば迎撃態勢を整える間も無く、重要拠点を破壊し尽くされてしまうだろう。
「ば、バカな…そんな非科学的な事があるものか!」
「そうだ!大方何かの子供騙しを…」
「信じないなら構わないわ」
エルザンとダラスが尚も否定しようとするが、グローセはピシャリと言い切る。
「私達としては現実を認められない相手の方が与し易くて助かるの。どうかそのまま愚かでいてちょうだい。……さて、ではこちらからも要求があるわ。この要求を飲むのなら、皇太子殿下の身柄は引き渡すつもりよ」
そう言うとグローセは足元に置いていたブリーフケースから1枚の紙を取り出す。
それは異世界連合国軍によるグ帝への要求を取り纏めたものであり、内容は以下のようなものだった。
・グラ・バルカス帝国(以下グ帝)はムー大陸より即時撤退せよ。
・グ帝は現在保有する植民地、占領地を順次放棄し保有する領地は転移直後のものへ回帰せよ。
・グ帝は植民地、占領地におけるあらゆる損害に対して謝罪と賠償を行う事。
・グ帝は皇帝の退位、皇族の廃止を行う事。
・グ帝は連合国軍監視の下、民主的な選挙を行い民主国家となる事。
・グ帝は近衛兵団を解散させると共に関係者全員を国際法廷に出席させる事。
・グ帝は軍を解体し、連合国軍監視の下で最低限の自衛戦力のみを保有する事。
等々…かなり厳しい、最後通牒じみた要求が書き記されていた。
「なんだこれは!?こんな要求を飲める訳がないだろう!」
再びエルザンが怒声を発する。
バルカス人こそが至高の優等人種だと信じて止まない彼からすれば、自分達より劣る異世界人の言いなりになるというのは耐え難い屈辱であり、大多数の近衛兵団員も同じ意見だろう。
確かにこの要求はかなり厳しい…しかし、これは同時にかなりの温情も含まれていた。
「あら、お気に召さなかったかしら?でも国家の解体やバルカス人の絶滅方針は無い…少なくともバルカス人の主権国家と民族は残るわよ」
「馬鹿にしているのか!?本来ならば貴様らが我々に従うべきだろう!」
呆れたように、同時に哀れむように述べるグローセに対してダラスも怒るが、これ以上は時間の無駄だ。
グ帝の蛮行に何らかの罰を与えなければならない世界連合と、自身が優等種だと盲信するグ帝…これ以上は平行線にしかならない。
「そう、なら交渉は決裂ね。これ以上私が話す事は無いわ。……早く帰りなさい。"あの子"が我慢出来なくなる前に…ね」
窓の外、飛行甲板を持つ戦艦を一瞥したグローセはヒールをカツカツと鳴らしながら出て行ってしまう。
「待て!まだ話は…」
──バタン
エルザンが引き留めようとするが、それに構わずグローセは後ろ手にドアを閉めてしまった。
そしてそれは、グ帝との対話を拒絶するという意思表示でもあったのだ。
──同日午後11時、ホテルブラッスール──
ムー屈指の高級ホテル、そのスイートルームでは任命式を終えた後に晩餐会に出席した指揮官へ、シエリア達との"交渉"を彼に代わって行ったグローセが報告を行っていた。
「なるほど、やはり連中はマトモに交渉するつもりは無かったか」
「えぇ、彼女達は…んっ…どうあっても自分達が優位だと…はぁ…思っているようね」
グローセから報告されたのはグ帝…近衛兵団による変わらぬ過激な民族主義の実態と、交渉の場で発砲するという非常識さだ。
レイフォリアにて発砲された事がある指揮官としては、またかといった事柄である。
「だがあの連中も放送を観たんだろ?いい気味だ。先代皇帝とそっくりな奴が敵国の元帥に任命されて、連中を悪だと言い切ったんだからな」
「そうね…んんっ…はぁ…あぁっ!ん…黒服の彼の怒り様は凄かったわよ」
「だろうな、まあいいさ。現状は余程のヘマをしない限り勝てる要素しかない…連中、無差別攻撃をするんだろう?」
「えぇ、ボウヤ達の予想通りに…ね。予測攻撃時期はいつだったかしら?」
「2月の終盤…あるいは3月だな。今すぐかもしれんが、偵察機が捉えた戦力じゃ一方面に対する全力攻撃にしかならん。ムーやロデニウスに大規模無差別攻撃とやらをするには不足だ」
「どうするのかしら?先んじて阻止攻撃を…っ!?っ〜…!」
「それも悪くないが…敢えて迎撃する。万全の状態の連中を真正面から叩き潰せば…黒服の権威も失墜、グ帝の厭戦気分も煽れるだろうさ」
そう言ってサディスティック笑みを浮かべる指揮官。
因みに先程からグローセの言葉に悩ましい吐息が混ざっているのは、今の2人は1つのベッドに入り、体を密着させているからなのだが…それ以上は語るべきではないだろう。
「ふふふ…ボウヤのその顔…人には見せちゃダメよ?」
うっとりした顔で指揮官に擦り寄り、更に肌を密着させるグローセ。
冬のオタハイトで一番熱い夜であった。
今回はギリギリな描写がありますが…まあ、アズレンもギリギリを攻めてますし