私は地味に腰を痛めて何もしませんでした
──中央歴1643年1月23日午前10時、アズールレーン第二文明圏派遣軍総司令部──
時は遡りグラ・カバルが拉致されてから1週間。
彼は側仕えのフェルドや専用機の乗員と共にマイカルの派遣軍総司令部へ移送されていた。
「殿下の身柄をロデニウス連邦に移送する事となりました」
差し入れとして建築系の雑誌を持ってきた指揮官はカバルに対してそう告げた。
「やはりか…」
カバルとしても予想はしていた。
何せこの地はグ帝の支配領域と地続きである為、彼の身柄を奪還する為に工作員が潜入してくる可能性がある。
それを防ぐ為には物理的な距離を…それこそ大洋を越えて別大陸に身柄を移した方が良い。
「次々と居場所を変えさせてしまい申し訳ありません」
「いや、構わない。そちらも都合があるだろうし、そもそも私に拒否権は無いんだろう?」
諦めたような言葉だが実はカバル、ロデニウス連邦に行ける事に胸踊らせていた。
というのも指揮官が差し入れてくれる建築系の雑誌や書籍はロデニウス連邦の再開発に際して建築業界向けに発刊されたものであり、最新の建築技術や都市設計を取り入れた都市の写真が多数掲載されているのだ。
そんな自分が知らない技術を使った都市にカバルは興味津々であり、あわよくばロデニウス連邦に行けないかと思っていたのである。
「ご理解頂けて何よりです」
「それで出発は何時ごろに?」
「今からです」
「……急だな」
「機密保持の為です」
流石に今からとは思わなかったが、用意する荷物は無い。
持ち物の殆どはアズールレーンが預かっているため、カバルは身一つで居場所を変えられる。
ある意味で気軽だ。
「差し支えなければ教えてほしいのだが…ロデニウス連邦まではどれぐらいかかる?」
「…午後7時頃には」
「あー…いつの午後7時に?」
指揮官が言葉足らずだったのかと思い、カバルは問い掛けなおす。
しかし、指揮官からの返答は彼の度肝を抜くものだった。
「"本日"の午後7時頃です。多少前後するとは思いますが、少なくとも今日中には…」
「……は?」
その言葉を受けてカバルは自身が軟禁されている貴賓室に飾ってある巨大な世界地図を確認する。
その世界地図には縮尺もあり、建築学を学んでいるカバルにとってはムーからロデニウス連邦までの距離を算出する事は造作もない。
「フレッツァ将軍。私の計算が間違いでなければ、ここからロデニウス連邦まで1万5千kmはあるぞ?船で行けば一ヶ月近く、飛行機でも乗り換えを考えれば3〜4日はかかる距離なのだが…」
カバルの推測は正しい。
ムー〜ロデニウス間の航路は通常の客席なら一ヶ月、快速客席や新し目の軍艦でも20日、空路でも途中で燃料補給や整備の事を考えれば最短でも2日はかかる筈だ。
「間違いではありません。我々が保有する最新鋭超音速旅客機であれば、12時間以内にムーからロデニウス連邦までを繋ぐ事が出来ると実証されています」
「ちょ…超音速!?」
「あぁ…貴国では超音速機の技術は概念すらありませんでしたね。具体的には今回殿下に乗っていただく機体、コンコルドは高度1万8千mを2160km/hで巡航…つまり音速の2倍で飛行するので…」
「まっ、待ってくれ!超音速で飛行すると…」
顔を青くしたカバルは指揮官に対してグ帝における超音速飛行の知識を語る。
だが、それを指揮官は笑い飛ばしてみせた。
「あっはっはっ!超音速飛行すると人は潰れてしまう?確かに生身だったり、静止状態から瞬時に超音速まで加速すれば命の危険はあるでしょうが…周りを囲まれた状態で、徐々に加速して音速を突破しても尚そうなるんでしたら私は既に10回は死んでますよ」
指揮官はコンコルドはもちろん、エンタープライズや赤城の慣熟訓練に付き合ってF-4に同乗して何度も超音速飛行を経験している。
もしカバルが語ったグ帝の常識が本当なら、指揮官は既にこの世には居ない。
その旨を伝えるとカバルはハッとした様子で納得した。
「た…確かに…だとすると帝国の科学は間違っていた…?」
「科学なんてまだまだ未解明な分野の方が多いものです。さて、ご納得頂けたのならばさっそく出発して頂きたいのですが?」
「……分かった。出発しよう」
超音速飛行の恐怖もあるが、何よりも好奇心が勝ったカバルは出発を了承するのであった。
──同日、アイナンク空港──
マイカル近郊のアイナンク空港にやって来たカバルは、VIPルームの窓から見える駐機場に釘付けとなっていた。
「あれが超音速旅客機…確かに如何にも速そうだ」
「えぇ、殿下。彼らの技術力は我々の想像を遥かに凌駕していますな」
別件で席を外していたフェルドと合流したカバルは感嘆する。
目に眩い白で塗られた機体は流線型で非常に洗練されてプロペラが無い。
何処か有機的な印象を受けるコンコルドの姿は、まるで白鳥のようでもある。
「まったくだ。それに…文化の面でも侮れない。よく似合っているじゃないか」
「ありがとうございます。中々に着心地が良く、気に入りましたよ」
フェルドは形式上近衛兵団所属であるため例の黒服を着用していたが、それで出歩くにはイメージが悪すぎるという事でアズールレーン側から紺色のダブルスーツを贈呈され、現在はそれを着用しているのだ。
そうやって出発まで待っていると、外が何やら騒がしくなってきた。
「ん、何だ?」
「少し様子を見てみましょうか」
そう言ってフェルドは扉を少し開け、近くに居た警備兵に何があったのかを問い掛ける。
「…分かった。ありがとう」
「どうだった?」
「それが…殿下の専用機の乗組員の処遇で揉めているようなのです」
「何だと?ふむ…帝国臣民に関わる事だ。私も交えてほしいのだが…」
「畏まりました。そのように伝えてみます」
フェルドを通じたカバルの要望はあっさり通り、専用機の乗組員達…操縦士と副操縦士、機関士と女官の4名がVIPルームに連れてこられた。
「私共としましては彼らは民間人である為、直ぐにでも帰国させようと考えているのですが…」
困ったような顔でそうアズールレーンの憲兵が述べるが、それに操縦士が反論する。
「ですから、そうすれば私達は殿下を敵国に残したままおめおめと帰ってきた不忠者として晒し上げられてしまいます!そうなれば職を失うどころか下手をすれば近衛兵団に逮捕され、強制労働か懲罰部隊に…」
操縦士の言葉に副操縦士と機関士は顔を青くし、女官に至っては涙を流している。
その様子を見て、憲兵は肩を竦めてカバル達に「こうなんですよ」とでも言うような目わ向けた。
「ふむ…確かに近衛兵団ならばそれも不思議ではない。事実ハイラス殿下が処刑された後も戻ってきた外交団は鉱山労働に従事させられ、今では全員が死亡したと聞く」
「フェルド、それは本当か?なんと…近衛兵団の横暴はそこまで至っていたとは…やはり近衛兵団の縮小は喫緊の課題だな」
フェルドの言う通り、パガンダ王国の手でグ帝皇族のハイラスが処刑された事件では命からがら帰国した外交団の殆どがハイラスの命を守れなかったのは外交団の不手際として過酷な鉱山労働に従事させられる事となったのである。
それを鑑みれば、彼らも同じ末路を辿るであろう事は想像に難くない。
「殿下、どうか我々も殿下にお供させて下さい!ご迷惑はおかけしませんので…どうか…」
「むむ…」
操縦士からの懇願にカバルは頭を悩ませる。
あくまでもカバルは囚われの身であり、彼の一存でアズールレーン側の判断を左右する事は難しいだろうが…
「殿下。殿下が署名頂ければ、彼らを一般の旅行者として扱う事でロデニウス連邦へ渡航出来る手続きが可能です。連邦政府と貴国はそもそも正式な国交を結んでおらず、逆に言えば断交もしていません。そして連邦政府には国交開設前国家との交流を目的に、国家元首或いはそれに類する政府関係者による署名がある臨時旅券があれば、旅行者として受け入れられます」
「それだ!」
憲兵からの助け舟にカバルは手を叩いて歓喜する。
カバルは未来の皇帝である皇太子…国家元首に類すると言っても過言ではない。
「ならば臨時旅券を用意します。皆さんは臨時旅券に必要事項を記入し、殿下からの署名を頂いて下さい」
「はいっ!ありがとうございます…ありがとうございます…」
憲兵からの言葉に操縦士達は深々と頭を下げながら感謝した。
その後、臨時旅券を発行されカバルの署名を得た操縦士達は旅行者としてロデニウス連邦への渡航が許されたのであった。
そういえばカバル君のあれこれをやってなかったのでちょっと書いてみます