最近は豪雨が多いので心配です
──中央歴1643年1月23日午後9時、ロデニウス大陸北部上空──
『間もなくニューマイハーク国際空港に着陸致します。着席し、シートベルトを締めていただくようお願い致します』
「本当に…今日中に到着してしまった…本当に超音速で飛行していたのだな…」
座席に座り、驚愕の表情を浮かべるカバルはキャビンの前方にある速度表示が1900km/hから徐々に減速してゆくのをじっと見つめ、そんな事を呟いた。
搭乗した時は超音速飛行の恐怖が拭えずに何度も祈りの言葉を唱えていた彼だったが、音速突破の後も何事も無かった事から帝国の理論が間違っていた事に暫く落ち込んだ後には小さな窓から見える超高高度の景色に釘付けとなっていた。
「あれがロデニウス…まるで夜空が地上に落ちたようだ」
後ろに座るフェルドの言葉を聞いて、カバルは窓を覗く。
すっかり日も落ちて暗闇の中を危なげなく飛行しているというのも驚きだが、見下ろす地上の様にも驚きだ。
「これは…帝都が田舎に思えてしまうな…」
空から見下ろす形となったのは、ロデニウス連邦における最大の都市であるニューマイハークだ。
元々存在していた経済都市マイハークの近郊を開発して造られたこの都市はロデニウス連邦の経済成長と共に発展し、現在では第四文明圏どころか世界でも指折りのメガロポリスとなっている。
聳え立つビルの屋上は航空機に存在を示すための赤や青の灯火が瞬き、道路に沿う形で設置された街灯の光は東西南北に伸びる無数の道路を浮かび上がらせ、その道路には数え切れない程の自動車が走っていた。
夜であるため詳細こそ分からないが、夜景だけでも帝都ラグナを遥かに上回る大規模都市だと分かる。
「間もなく着陸です。こんな時間ですので、本日は空港併設のホテルにてお休みになって下さい。予定では明日、ニューマイハークの見学となっておりますが、もしお疲れであれば明後日に変更致します」
「いや、私は大丈夫だ。フェルドは?」
「殿下に付き従う事が私の使命です」
付き添いのロデニウス連邦外交官からの問い掛けカバルはそう答えると共にフェルドに問い掛けるが、フェルドの答えはカバルにも都合が良いものだった。
「では、明日は予定通りという事で。それで殿下の専用機の乗組員ですが、旅行者として我が国に滞在中は殿下の専用機を売却した対価を滞在費とする…でよろしかったでしょうか?」
「うむ、彼らは私のせいで巻き込まれてしまったのだ。私が私財で面倒を見るのは当然だ」
グ帝において皇族専用機は形式上、メーカーが皇族に献上し、献上された皇族の所有物と扱われる。
故にカバルの専用機はカバルの所有物となっており、彼は操縦士達の為に専用機をロデニウス連邦に売却し、彼らが旅行者として不自由なく過ごせるようにする為の資金としたのだ。
幸い専用機とは言っても豪華な内装と出来が良いエンジンを搭載しただけの輸送機であるため、売却したとて機密漏洩の心配は無い。
「殿下のご期待に沿えるよう、彼らは我が国に滞在する限り快適に過ごせるように努力致します」
「うむ、頼んだぞ」
外交官とそんな言葉を交わしていると、コンコルドは静かに着陸し、タキシングしてターミナルへと向かって行く。
それを窓から眺めつつ、カバルは欠伸を噛み殺すのであった。
──中央歴1643年1月24日午前9時、ニューマイハーク──
空港隣接のホテルで一夜を明かしたカバルは市内観光の為に用意されたミニバン─重桜製ミニバンにロイヤル製の内装を施した上に防弾仕様─に乗り込んで出発を待っていた。
「殿下」
「ん?あぁ、すまない。少し窓を開けても?」
フェルドが窓を指差すのを見れば、ホテルのエントランスから4人の男女が出てくるのが見えた。
その男女の姿を知っているカバルは運転手に確認をとると、窓を開ける。
「殿下!」
「ありがとうございます、殿下」
「殿下にご負担をおかけしてしまい、申し訳ありません…」
「このご恩、一生忘れません!」
姿を現したのは、専用機の乗組員達であった。
彼らは警備の都合上、このホテルと空港ターミナルビルからは出られない軟禁状態ではあるが行動出来る範囲内にはスポーツジムや温浴施設、各種商店がある上にホテルでの食事等も専用機の売却資金で賄えるため問題は無いだろう。
「いや、皇族として当然の事をしたまでだ。しかし、君達には不便をかけるな」
「いえいえ、命が無事なだけでもありがたい事です。それに私達、ここでアルバイトをする事となったのです。殿下に頼り切りではバルカス民族の恥ですから」
申し訳なさそうなカバルに対して操縦士は胸を張って応える。
というのも機内で彼らはカバルにばかり頼るのも良くないし、ロデニウス連邦滞在がどれほどになるか分からない以上何もしないのも苦痛だ、という事で皿洗いでもいいから何か働かせてくれないかと外交官に要望していたのだ。
その結果、操縦士と副操縦士は飛行機を駐機場から出し入れするトーイングカーの運転手として、機関士は小型機の整備助手として、女官は旅客機の清掃員として特例で働く事になった。
「それは素晴らしい心がけだ。ロデニウスの関係者には感謝しないとな。ともかく、怪我には気を付けて頑張ってくれ」
「はいっ!」
深々と頭を下げる操縦士達。
するとその脇をすり抜けるようにしてスーツ姿の男がミニバンに乗り込んできた。
「お待たせ致しました。私、此度殿下の案内役を任されました外交官のヤゴウと申します。以後お見知り置きを」
「ヤゴウ殿、よろしく頼む。そして彼らへの配慮、心より感謝する」
座席の対面に座って自己紹介しながら手を差し出したヤゴウに対し、カバルは操縦士達への処遇を感謝しながら手を握り返した。
「いえいえ、私共としましても彼らを無理に帰国させても良い結果にはならないと思っていましたので。…では出してくれ」
ヤゴウの指示と共にミニバンが発進する。
「なっ…!いつの間にエンジンを?」
「少なくとも殿下がお乗りになる5分前にはエンジンを始動させ、この季節なら暖房をかけている筈ですが…」
ヤゴウの言葉にカバルは更に驚愕する。乗り込む時も、乗った後もエンジンの音や振動を感じなかったからだ。
それをヤゴウに伝えると、彼は事も無さげに答える。
「本車はハイブリッド車ですから」
「ハイ…ブリッド…?」
「簡単に言えばエンジンで発電機を回し、バッテリーに充電し、電気を使ってモーターを動かして動力としているのです。こうする事でエンジンは常に効率が良い状態で動かせる他、バッテリーに十分な電力があればエンジンを動かさずともモーターの力だけで走らせる事が可能なのです。これにより、本車のようなハイブリッド車は排気ガスと消費燃料が格段に減り、騒音も低減されるため、環境を汚染しにくいのです」
確かに言われてみれば周りを走る自動車は多いというのに街並みの空気は澄んでいる。
ラグナと比べればドブ川と清流ほどの違いだ。
「このニューマイハークを開発するにあたり、もっとも重要視されたのは環境負荷の低減です。道路には雨水が地面まで染み込みやすいアスファルトを使用し、道路脇には街路樹、ビルは屋上緑化を義務付け、一定の間隔毎に緑地公園を整備しております。また、排水は郊外の処理施設によって飲めるまで浄化されている上に近隣の河川や海、地下水の汚染は常時監視しております」
「なんと…そこまで考えて…」
ラグナを始めとした帝国各地の汚染を知るカバルにとってニューマイハークの都市設計は、都市開発は自然を屈服させるべきという価値観を根底から覆すものだった。
確かに今になって考えてみればただ歩くだけで目が充血して気管支炎になるような街並みも、泡立ち悪臭を放つ水辺も人が暮らせるような環境ではない。
人が健全に暮らす為には自然と調和した都市設計が求められる…それを痛感したカバルはヤゴウにこう問い掛けた。
「ヤゴウ殿。もし時間があれば排水処理施設を見学したいのだが…」
「排水処理施設を?少々お待ちを……はい、問題ないとの事ですのでいくつかの予定を早めに終わらせて時間を作りましょう」
スマートフォンを取り出し、メッセージアプリにて関係者とやり取りをしたヤゴウだったが…
「ヤゴウ殿、昨日から気になっていたがその板はなんだ?まさか通信機なのか?」
スマートフォンに興味を持ったカバルの質問攻めに対応する事となるのだった。
カバル君の話、結構長くなりそうな予感がします