──帝政歴1866年(中央歴1643年)1月25日──
グラ・カバル、ロデニウス連邦内陸の捕虜収容所にて記す。
私が異世界国家に囚えられてもう10日になろうとしている。
専用機ごと拉致された時、私はハイラス兄上と同じように処刑されると思い取り乱してしまったのだが…今となっては我ながら笑えてしまう。
こんなにも理性的で、先進的な国が無闇矢鱈と人殺しをする事はないと確信出来るからだ。
もしかすると今後役に立つかもしれないから、私がこの国に来てから見聞した事を書き記そう。
まず最初に言及すべきはこの収容所の事だろう。
私は以前、陸軍基地に慰問に行った際にケイン神王国の捕虜になった兵士から少しばかり話を聞いた事がある。
少しだけの対話だったが、彼が受けた様々な責め苦は痛い程に理解出来た。
しかし、この収容所は違う。
例えば私は今、強い希望によって収容者と同じ作りの部屋に滞在しているのだが、驚くべき事に個室だ。
一辺が2.3m程の箱型の部屋は決して広くは無いが南側と東側に窓があり採光と風通しは抜群だろうし、北側の玄関の脇には小さな洗面台もある。
西側には固定式のベッド、その他には私がこの日記を書くのに使っているテーブルと椅子、そして小さなタンスとスツールがある。
更に驚く事に、この部屋は暖房が備え付けだ。
敷地内にあるボイラーで造られた蒸気が通るパイプがベッドの足元にあり、寒さを感じた際はパイプの根元にあるバルブを捻れば温かくなる。
お陰で冬の内陸部だというのに凍えずに済んでいるし、眠る時も快適だろう。
そしてベッドの枕元の壁には扇風機もあるから、夏もそれなりに快適に過ごせるはずだ。
これは素晴らしい。
地方から出稼ぎに来たような単身労働者にこういった部屋を安く貸し出す事が出来れば帝国の住宅問題も解決出来るだろうし、この輸送コンテナをいくつか組み合わせれば世帯を持った者にも対応出来るはずだ。
話が逸れてしまったが、この収容所の驚くべき点は他にもある。
先ほど話した部屋は1つのコンテナを2つに区切って作られ、これを3つ重ねた物を1グループとして扱い、2グループ毎に2つのシャワー室とトイレ、そして談話室を備えた1グループが与えられる。
この季節はシャワーを浴びた後に外を歩いて部屋に戻らねばならないのが少しばかり不便だが、それは仕方ないだろう。
そして収容所内には厚生施設と呼ばれる施設があるのだが、これも驚くべき点だ。
そこでは労働によって得た専用の電子マネーなる軍票のような物を使い、売店にて菓子やサイダー、本や文具を買える他、なんと制限こそあるが酒やタバコまで買え、更には喫茶店や床屋もあるらしい。
事実、私が厚生施設の2階にある体育館で帝国兵士達と交流していた時、彼らは酒を持ってきたり喫茶店から串焼き肉を出前してもらったりして私を歓迎してくれた。
私は明日には出発する為、酒は一杯だけだったが…とても美味いビールだったのが印象的だ。
さて、収容所についてはこれぐらいにして次は鉄道の話しをしよう。
とにかく私が驚いたのは新幹線という超特急だ。
時速300kmもの速度はもちろん殆ど揺れもなく、ヤゴウ外交官から渡された水のグラスは全く水面が揺れなかった。
確かに帝国の超特急もそれなりに揺れは抑えられていたが、それでもレールの繋ぎ目では揺れを感じるし、走行音もそれなりだ。
しかし、新幹線は2倍近い速度ながらも揺れも音も遥かに小さい…正直言って帝国の完敗だ。
あの速度であそこまで揺れと騒音を抑えられるという事はレールの精度も、車体の製造技術も帝国の比ではない程に高度だという訳であり、更にはものの数年で大陸の東西南北を繋ぐ路線を作り上げた施工速度も驚異的なものがある。
つまりこれは基礎工業力においてロデニウス連邦は帝国を遥かに凌駕しており、また時が進むにつれてこの差は広まるばかりとなる事が容易に想像出来る。
最後に私の専門分野である都市設計についてだが、私のみならず帝国全体としてもロデニウス連邦には遠く及ばないだろう。
まずロデニウス最大の都市であるニューマイハークだが、コンクリート造りの建物が無数に建ち並んでいるというのに閉塞感が全く無い。
これは十分な道幅と建築物の高さ制限、そして都市緑化によるものだ。
ヤゴウ外交官によれば、有事の際…つまり火災や天災、戦災が発生した際に道幅は延焼を防ぐ防火帯として機能し、高さ制限は攻撃を受ける等で倒壊した際の二次被害を防ぎ、各地の緑地公園は避難所として使われる事を想定しているとの事だ。
そしてそれらは風通しや日当たりの良さに繋がり、ただでさえ少ない自動車の排気ガスを吹き飛ばし、日陰を最小限にして都市全体を明るくしている。
ニューマイハークと比べれば、私が設計したルクセリアなぞ素人の設計だ。
確かにルクセリアは有事を想定した設計ではあるが、今思えば近衛兵団からの要望を取り入れ過ぎた結果、人々が日常を過ごす都市と言うよりは戦争に備えた要塞となってしまった。
もし、また都市設計をする機会があればニューマイハークにて学んだ事を活かし……今思い出したが、ニューマイハークには電線が無かった。
帝国の都市部は各建物へ送電する為に電柱を介して無数の電線が蜘蛛の巣のように空中に張り巡らされているが、ニューマイハークには路面電車の架空線以外は殆ど電線が見られなかった。
おそらくは地下にトンネルを掘り、そこに電線を通しているのだろう。
確かに地下ならば電柱とは違ってハシゴ等を使うような高所作業はせずに済み、切れた電線が道路に垂れ下がって感電事故を起こす事も無い。
しかし、水害が多い地域だと地下は水没してしまうため、地域によっては電柱の方が良いのかもしれない。
もし…もしも、私が無事に帝国に戻る事が出来、帝国が健在であれば私はこの地で得た知見を活かして帝国を改造しよう。
気管支炎に悩まされる事がない都市を作り、魚が住める水辺を取り戻し、人々が真なる豊かさを享受出来る…そんな帝国にしたいものだ。
次回からはいよいよ対グ帝最大の戦いを書いていきます