──中央歴1643年2月23日午前9時、ロデニウス連邦在リーム王国大使館──
リーム王国の王都ヒルキガの一角には各国の大使館が建ち並んでいるが、その内の一つであるロデニウス連邦大使館は何やら慌ただしい様子だった。
「そちらのファイルは全てスキャンした!もう廃棄しろ!」
大使館には様々な書類…それこそ他国に流出したとなれば大事になるような機密文書も少なくない数が保管されている為、もし置かれている国が本国と戦争状態となれば大使館を占領され機密文書を奪われる可能性もある。
その前に機密文書類は処分しなければならないのだが…今のロデニウス連邦大使館がそれだ。
「メカキ大使、こちらは?」
「それは…在外医療費補助の申請書だな。それは後回しでいい」
在リーム大使である『メカキ・トルマト』は職員が引き出しごと持ってきた書類を確認した。
現在、ロデニウス連邦大使館はリーム王国との戦争は避けられないとの事で、機密文書の処分中である。
優先順位が高い物からスキャンしてデータとして保存、万が一に備えて用意されている専用SSDやUSBメモリに転送し、原本は窓から中庭へ投げ捨て、焼却炉で燃やして処分する。
昨日、リーム政府から資産凍結と入出国禁止の通達が来てから寝る間も惜しんで邦人避難と並行して行っていた機密文書処分だが、それもどうにか終わりが見えてきた。
「メカキ大使、優先度上位文書の処分はほぼ完了しました。後は優先度下位の文書ですが…」
「少し待ってくれ」
職員からの問い掛けにメカキはトランシーバーに呼び掛ける。
「リーム側の動きは」
《こちら監視班。リーム側に動きは見られませ……あっ!》
「どうした!?」
リーム政府による強制立ち入りを危惧して屋上で監視中の警備員が何かを見付けたらしい。
もしやリーム政府が動いたのか…そう思ったが、それは杞憂であった。
《あれは…アルタラス王国大使館の!メカキ大使、アルタラス王国大使館員の一団がこちらに向かっています!》
「アルタラス大使館?……そうか、彼らもか」
何かを察したメカキは手近な警備員にアルタラス大使館員達を受け入れるよう指示をした。
アルタラス王国大使館は他国…とりわけフィルアデス大陸のアズールレーンに参加する国々の領事館としても機能しており、アルタラス王国大使のみならず各国の領事が大使館を間借りしている。
おそらく彼らもリーム王国がグラ・バルカス帝国と組んだ事を受けて機密文書を処分し、保護を求めてロデニウス大使館へ来たのだろう。
幸い、ロデニウス大使館はリーム政府の評判の悪さから万が一の備えとして邦人保護と救助まで持ち堪える為にある程度の収容人数がある鉄筋コンクリート製だ。
すでに邦人を受け入れてはいるが、アルタラス大使館員と各国領事、避難民を受け入れる余裕はある。
「メカキ大使、私です!アルタラス王国大使のユミエです!」
「ユミエ大使、こちらです!状況は理解していますので、皆さんもこちらに!」
アルタラス大使『ユミエ・ノーヴェン』の先導で彼女が引き連れてきた大使館員や領事達がロデニウス大使館の敷地へと足を踏み入れる。
「申し訳ありません、急に押しかけてしまい」
「いえいえ、その急ぎ様ですと貴国も…?」
「はい。リーム政府から我が国…そしてトーパやフェン、ガハラといったアズールレーン参加国及び貴国の同盟国に対して資産凍結と入出国禁止命令が言い渡されました。我々の大使館では万が一の事態に対処出来ないと考えたもので…」
「賢明な判断です。しかし、リームがそこまでするとは…そちらの在リーム邦人は?」
「貴国からリームとグ帝が密約を結んだらしいという情報提供を受けてから、トーパ王国に要請して陸路にて避難させました。現在この国に残っているのは我々だけです」
「ならば良かった。ですが、ここまで徹底しているとなればリームが実力行使に出ても不思議ではありません。銃の訓練は?」
「私の経歴をご存じではありませんでしたか?」
そう言って不敵な笑みを浮かべるユミエ。
彼女は元王室近衛騎士であったが、事故で左目の視力を殆ど無くしてしまったため、大使館付き武官を経て大使となった経歴がある。
しかし、大使となっても万が一に備えた訓練はしており、もちろん銃の取り扱いもお手の物だ。
「愚問でしたな。アズールレーンのトーパ王国駐留軍が本日未明に出発しました。リーム王国が具体的な行動を起こすまでは国境と領海のギリギリで待機するとの事です。我々が耐えるべき時間は長くて3時間…3時間耐えれば、空軍が制空権を確保し、ヘリ部隊が我々を乗せて安全な場所まで飛んでくれます」
「なるほど、では本国に無理を言って用意していただいたコレが役に立つでしょう」
そう言ってユミエは背負っていた細長いケースを手近なテーブルに置き、開いて見せた。
「これは…」
「我が国の制式採用自動小銃である64式7.62mm小銃の中から精度が良い物を選抜・調整し、スコープを搭載した狙撃銃です。少々構造が複雑で重量がありますが、中々当たるんですよ」
アズールレーンでは北方連合が開発したAK-47系統のアサルトライフルが制式採用小銃となっているが、全ての部隊、兵科、そして参加国が右に倣えしている訳ではない。
予想される戦場やドクトリン、更には予算を考慮してアズールレーンではいくつかの補助的な制式採用兵器を提示しており、その内の一つが蔵王重工製の64式小銃だ。
アルタラス王国は島国であるため陸軍は本土防衛の最終ラインと言っても過言ではなく、敵の上陸部隊を迎え撃つためにある程度の射程があり、二脚を標準装備しており簡易的な軽機関銃として運用が可能、また蔵王重工とは対潜哨戒機導入の縁があったため64式小銃をアルタラス王国陸軍の制式採用小銃としたのである。
「それは頼もしい。ではユミエ大使は屋上にて待機してもらえますか?我が国の狙撃手も待機中ですので」
「ロデニウスの狙撃手か。ならばもし私がしくじっても大丈夫ですね。……まあ、失敗するつもりはありませんが」
「ますます頼もしい。私はコレを使って肉薄攻撃に対処する事としましょう」
そう言ってメカキは武器庫から出したガンラックにあるM3サブマシンガン…通称グリースガンを指差した。
ロデニウス連邦の大使館職員はテロ攻撃などに対処する為、自分の身を守れる程度には訓練を受けた上で、大使館には拳銃やサブマシンガン、アサルトライフル、ショットガンといった銃器を配備している。
流石に本格的な機関銃や迫撃砲、ロケットランチャーのような高威力兵器は無いが、救助が来るまで持ち堪えるには十分だろう。
《メカキ大使…来ました》
「……分かった。もうデータ化はいい!最低限の文書のみを残して全部燃やせ!それ以外の者は武器を!領事の皆さんは3階の会議室へ!」
見張りの警備員からの通信により、大使館全体に緊張が走る。
在リーム王国ロデニウス連邦大使館の長い1日が始まろうとしていた。
大使館から書類投げ捨てるあれ、やってみたいですね