ハウデン・リーウにドミトリィー・ドンスコイにカンザス…例年通りならあと2人来る筈ですが、誰が来るのやら…
──中央歴1643年3月1日午前5時、リーム王国外務省時間外窓口──
ヒルキガの省庁街、その一角にある外務省は早朝であるため人気は無い。
しかし、裏口には緊急対応の為に時間外窓口が設けられており、担当者である外交官『シェバン・マッダフ』はあと3時間もある勤務時間を憎らしげに思いながらも大欠伸をしていた。
──チリンッチリンッ
「ぅあーい…」
呼び鈴の音色に顔を顰めつつ、気の抜けた返事と共に裏口を開ける。
たいてい時間外窓口に持ち込まれるのは面倒な案件…それに対応してしまうと残業になるだろう。
故にシェバンは内容次第では握り潰そうかとも考えたが、来訪者の姿を見てその考えは霧散してしまった。
「早くに申し訳ありません。マオ王国大使館のキンです」
「キン大使!?」
裏口を開けた先に居たのは、マオ王国大使である『キン・ネルフェス』であった。
「本日は2つばかりお伝えしたい事があり参りました。よろしいですか?」
「は、はいっ。では応接室に…」
慌てながらも応接室に案内しようとするシェバンだが、キンはそれに対して首を横に振って断りの意思を示した。
「それには及びません。直ぐに終わりますので、貴殿はこれらの書簡を然るべき方々に渡して頂ければ…」
そう言ってキンは2通の書簡を懐から取り出し、その内の1通をシェバンに差し出した。
「まずこちらは我が国の物です。単刀直入に申しまして、我が国は貴国から大使館を撤収させ、我々在外邦人は貴国より退去いたします。本日の正午までには退去を完了致しますので、ご了承頂きたい」
「…は?」
このタイミングでの大使館と在外邦人の退去…外交官の端くれとはいえシェバンにはそれが何を意味するか理解出来る。
それを裏付けるかのようにキンが差し出したもう1通の書簡、それに押された公印はロデニウス連邦のものであった。
「貴殿の名前は?」
「…あっ。えー…シェバン・マッダフと申しますが…」
「こちらは我が国に置かれているロデニウス連邦大使館より預かった書簡です。では在リーム王国大使館の大使であるキン・ネルフェスがリーム王国外務省のシェバン・マッダフへ本書簡をリーム王国国王陛下へ確かに送り届けるよう要請します。本書簡はロデニウス連邦によるリーム王国への宣戦布告及び本日正午より攻撃を開始するという旨を記した物であるため、迅速な伝達もお願いします」
「せっ…宣戦…布告…!」
嫌な予感は的中した。
先日のロデニウス連邦大使拘束を意図した襲撃によって両国の敵対は決定的になったが、まさかムーでグラ・バルカス帝国と戦っているロデニウスがリームに対して宣戦布告するとは…
リーム側は今までグ帝と戦っているロデニウスはリームに対して攻撃する余力は無いと考えており、例えグ帝を倒しても損耗が激しく、最終的に外交による解決に舵を切ると予想していたのだ。
故にまさかグ帝とリームの両国を敵に回す二正面作戦に踏み切るというのはリーム政府としては想定外であった。
「では用は済んだので私はこれにて失礼します。…あぁ、そうそう。我々の退去ではロデニウスの飛行艇なる飛行機械をチャーターしておりますので、くれぐれも攻撃しないようにお願いします」
それだけ言うとキンはシェバンに会釈すると、省庁街の無人の街並みへ消えて行った。
「た…大変だ!」
暫くの間、青い顔でそれを見ていたシェバンであったが事の重大さを再認識すると当直室に設置されている王宮直通の魔信に駆け寄るのだった。
──同日午前6時、セルコ城──
リーム王国の中枢である王宮セルコ城。
歴史ある建造物でこそあるが、今では密約によりグ帝の兵士と彼らが設置した通信アンテナ、対空レーダーが設置されており、せっかくの風情が台無しだ。
しかし、そんな城の有様も霞むのが、早朝にも関わらず集められた国王バンクスと閣僚達の慌てようであった。
「まさか…ロデニウスは本気なのか…?」
大会議室の上座に座るバンクスはテーブルに広げられたロデニウス連邦からの書簡…宣戦布告文書を食い入るように見つめながら小さく震えていた。
内容こそ、本日付けでロデニウス連邦はリーム王国と戦争状態に突入した事、文民避難の為に攻撃は本日正午以降にする事等が記された一般的な、ともすれば紳士的な宣戦布告であるが"最も新しい列強"であり"パーパルディア皇国を短期間で下した"ロデニウス連邦から宣戦布告を受けた事実はバンクスの胃を過剰な程に痛めつけていた。
「ロデニウスは我が国とグラ・バルカス帝国を相手に本気で二正面作戦を展開するつもりなのか?」
「いや、ハッタリだ!これは我が国を牽制する為の形だけの宣戦布告だ!」
「しかしロデニウスも全戦力を対グ帝に割いているとは考え難い。予備戦力だけでも我が国にとっては大きな脅威だ」
そんなバンクスを横目に閣僚達は議論しているが、とても建設的な内容とは言えない。
そんな中、一人の男が立ち上がった。
「バンクス国王!こんな意味の無い議論を繰り広げても仕方ない。ロデニウス連邦は確かに手強いようだが、連中の主戦線はムー大陸であり、一線級の戦力は殆どがムー大陸にあるだろう。故にここは逆にロデニウス勢力に攻撃し、連中に防戦を強いる事でこの国に対する攻撃を頓挫させるべきだ!」
そうバンクスに進言したのは、密約により建設されたグラ・バルカス帝国前進基地の司令官である『ムルノウ・レーダック』准将だ。
彼はグ帝陸軍の所属でありながら近衛兵団に近しい人物であり、近衛兵団から様々な便宜を図られている。
それ故に前進基地の司令官を任じられ、バンクスに対しても閣僚達を差し置いて発言出来るのである。
「攻勢に!?し、しかしロデニウスの戦力は非常に強力という話だぞ!先日も我が国の飛行機械が一方的に…」
「それはそちらの力量不足だろう。前進基地に配備されている我々の戦力ならばそのような失態は演じない」
何とも無礼な言い分だが、密約に盛り込まれた地位協定によりグ帝人は治外法権を始めとした特権が与えられている。
不敬罪で裁けば、前進基地の戦力がリームに向けられる事となるだろう。
「そのうえ、ロデニウスには特殊殲滅作戦部の爆撃機が差し向けられている。今ごろ連中の都市は大打撃を受け、この国に侵攻する状況ではないはずだ。しかし、念には念を入れてロデニウスに呼応する周辺国、隣国の自由フィシャヌス帝国の工業都市デュロを攻撃すればロデニウスはこの国への攻撃を断念し、防衛にリソースを割り振るしかなくなるだろう」
「うむむ…た、確かに…」
ムルノウの言葉にも一理ある。
確かに同盟国が攻撃されたとなればロデニウスは防衛の為にそちらへ戦力を割く必要があるためリームへの攻撃を断念するだろう。
加えてグ帝によるロデニウス各都市への爆撃があったとなれば尚の事だ。
しかし、残念ながら特殊殲滅作戦部による爆撃は失敗どころかグティマウン爆撃機を多数失う結果となり、加えて現在進行系でリーム王国西部のグティマウン基地はアズールレーンとトーパ王国の連合部隊により制圧目前である。
「そうと決まれば自由フィシャヌス帝国のデュロに対する爆撃作戦を行う!そちらも戦力を出すように。さもなくばどうなるかは分かるだろう?」
一方的に決定したムルノウは躊躇いを見せるバンクスや閣僚達に構う事無く会議室を後にしたのだった。
今のところはハウデン・リーウから作り始める予定です