──中央歴1643年3月1日午後2時、ヒルキガ沖──
やや荒れた海を征く7隻からなるリーム王国艦隊…それはこれまでリームが運用していた戦列艦ではなく、船体の殆どが鋼鉄で作られ、煙突からは薄い黒煙を吐き出す機械動力船で占められていた。
この機械動力船こそ密約の見返りとしてグ帝から供与された『デブリ級警備艦』である。
沿岸警備や船団護衛といった任務を行う事を想定して建造された本艦は全長70m弱、全幅8mと少し、排水量は800t程度と一般的な駆逐艦と比べても遥かに小さく、武装も12.7cm単装高角砲を前後に1門ずつ、25mm3連装機銃を煙突の両脇に1基ずつ、その他8mm機銃を数基装備というものだ。
因みに本来は対潜爆雷を装備しているのだが、リームには不要と判断されグ帝側で取り外されている。
しかもグ帝においてこの手の警備艦は如何に安く数を揃えられるかを重視している為、コストが安く一線級艦艇の蒸気タービン用減速ギアを必要としない低出力ディーゼルエンジンを搭載している事もあり、最高速度は17ノット程度とかなり心許ない。
しかし、本艦に乗り込むリーム海軍水兵達は自信満々な様子であった。
「おのれロデニウスめ、我らが海に土足で立ち入るとは不遜な連中だ!この将来の第三文明圏の覇者たる我々が教育してやらねばな!」
横一直線の陣形、いわゆる単横陣で海上を突き進むリーム艦隊の中央、首都の名を与えられた旗艦『ヒルキガ』の艦橋で腕組みしながら東方を睨見つけるのは第一艦隊提督の『アツケ・ナーイ』だ。
「提督、前方に敵艦を確認!距離10km、数は5、艦種は不明ですが少なくとも戦艦は居ません!」
「来たか!」
見張りからの報告を受け、アツケも双眼鏡を覗く。
高い波のせいで視界が揺れ、敵艦の姿を波間から垣間見るしか出来ないが、少なくとも戦艦のような大型艦の姿は見えない。
ならば数で勝る此方が有利…そう判断したアツケは魔信を用いて艦隊全体に命令する。
「全艦、南方へ回頭!回頭が完了次第、一斉射により先手を取る!」
デブリ級警備艦は先述した通り艦の前後に主砲である12.7cm高角砲を1門ずつ装備しているため、最大火力を発揮するには艦の横腹を晒す必要がある。
そのうえ、アツケ達リーム海軍は長年の戦列艦運用によって敵艦隊に横腹を向けた単横陣による一斉射に慣れているため、このような戦法をとっているのだ。
「敵艦発砲!」
「何っ!?」
しかし回頭完了まで敵は待ってくれない。
敵艦からの発砲炎の光を捉えた見張りからの報告にアツケは仰天するが、すぐさま平静を取り戻した。
「いや、10kmも離れている上にこの波だ。当たる訳がない…威嚇か」
デブリ級警備艦に搭載されている主砲の最大射程は約15km、有効射程ならばおよそ10kmであり、現在のように海上が荒れているならばそれより接近しなければ無駄弾を撃つ事になってしまう。
それは相手も同じだろうと考えたアツケは、敵の砲撃を単なる威嚇射撃だと判断したのだが…
──ドゴォォォォンッ!
「……は?」
ヒルキガの周囲僅か50m程の海面に立ち昇る巨大な水柱と響き渡る轟音。
それは紛れも無く敵からの砲撃…しかも散布界内に捉えられ、いつ直撃を食らうか分からない状況だ。
「ばっ…バカな!あの距離で、この波で夾叉したというのか!?」
「敵艦再び発砲!」
酷く狼狽えるアツケを更に絶望のドン底に叩き込む報告。
それを受けて顔を真っ青にして命令を下すアツケだったが、残念ながら最早手遅れだ。
「回避!回……」
──ズガァァァァァァァァンッ!!
斜め上から降り注いだ砲弾はヒルキガの後甲板と艦橋に直撃し炸裂、アツケを始めとした艦隊幕僚と艦橋要員らは即死し、生き残った乗組員達も瞬く間に沈みゆくヒルキガから逃れる事無く全員が溺死したのだった。
──同日、同海域──
「撃沈よ。敵の前であんな悠長に陣形を変えるなんて素人丸出しね」
目を細めつつ、リーム艦隊を眺めるタシュケントは低いテンションでつまらなそうにそう呟いた。
アツケは彼女達を同格かそれ以下の相手と見ており、数で勝る自分達が優位だと思っていたが、それは大きな間違いだ。
というのもタシュケント達迎撃駆逐隊は最も小柄なソオブラジーテリヌイとスヴィレピイでも、全長112.5m全幅10.2m排水量1850tとデブリ級警備艦よりも遥かに大柄である。
それに加えて主砲である『B-13』系の13cm砲は射程25kmにも及ぶ上に改修によってレーダーFCSを装備しているため、長距離でも高い精度の砲撃が可能だ。
更に追い打ちのように速力は36ノット…キエフに至っては44ノットにも及ぶ。
つまりリーム艦隊が多めに見積もっても同格だと目していたアズールレーン艦隊は、遥かに及ばない格上であったのだ。
《あーはっはっはっ!見たか、このレーダー照準の精度を!たったの二斉射で直撃だ!これぞ我らが技術の力!与えられた兵器をただ使うだけでは敵う訳がないっ!》
「ソオブラジーテリヌイ、うるさいわよ。そうやって調子に乗って痛い目に会った事が何度もあるでしょ」
テンション高く広域無線で勝ち誇るソオブラジーテリヌイへタシュケントがうんざりした様子で嗜める。
リーム艦隊の旗艦であるヒルキガを撃沈したのは彼女の攻撃によるものだが、相手は遥かに格下だ。
これで調子に乗ってはタシュケントが言う通り痛い目に会ってしまうかもしれない。
《うむむ…同志タシュケントの言う通りだな。気を引き締めて更なる技術の研鑽に励まなければな!》
《タシュケント、敵艦隊の動きに混乱が見える。今なら楽に倒せる》
ソオブラジーテリヌイの後にキエフがそう述べる。
確かにリーム艦隊の動きは混乱しており、中には回頭を続け逃げ出そうとする艦も見られる。
確かに今なら反撃される事もなく撃滅する事が出来るだろう。
「好都合ね。皆、1隻たりとも逃さないわよ!Ура!」
《Ураaaaaaa!》
タシュケントの号令に他の駆逐艦達が鬨の声を上げながら一斉砲撃を始める。
──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
轟音と共に放たれ、空を裂いて飛翔する13cm砲弾の雨。
それらは波間に揺れながら右往左往するリーム艦隊へと降り注ぎ、哀れな警備艦を乗組員ごと海の藻屑へと変えたのだった。
デブリ級警備艦は旧日本海軍の丙型海防艦をモチーフにしています