──中央歴1643年3月4日午前8時、ムー国境北側──
グラ・バルカス帝国陸軍第8軍団航空隊の第178航空中隊の中隊長である『カーバ・ペルス』は愛機であるアンタレスを駆り、地上部隊上空へと駆けつけた。
「アレがムーの爆撃機なのか!?帝国の爆撃機とさほど変わらないではないか!」
低空を飛び、地上部隊を襲うムーの爆撃機の姿に彼は驚愕した。
彼が知るムーの爆撃機は複葉の如何にも鈍重そうな代物であり、大きな脅威にはならないだろうと判断していたのだ。
しかし、実際は帝国の物と変わらぬ単葉機であり、しかも機首には大口径砲を装備してそれで地上部隊を攻撃しているらしい。
こんな爆撃機を野放しにしていれば地上部隊は壊滅的被害を受けてしまう…そう考えたカーバは中隊所属機に呼びかける。
「各機、上空から緩降下で仕掛けるぞ。敵爆撃機は4機、我々は中隊だから4小隊…1機につき1小隊による縦列攻撃を行え」
縦列攻撃というのは帝国陸海航空で使われる対大型目標用攻撃法であり、縦1列となった戦闘機或いは急降下爆撃機が緩降下しながら順に攻撃するというものだ。
一点に火力を集中させる事で目標に致命的な打撃を与え、流れ弾も最低限で済むため、このように地上部隊が近い状況でも有用である。
「加えて敵爆撃機は機首に大口径砲を搭載さているようだ。重量バランス的に、機首周辺の防御火器は少ないと推測出来る。機首側からアプローチしろ」
カーバは理論的な考えの持ち主であり、僅かに観察しただけで敵爆撃機をどの方向から攻撃すべきかを推測してみせた。
もうこうなれば後は攻撃あるのみだ。
「各小隊、攻撃位置へ。位置に着いたら私の合図で…」
《中隊長、上空に敵機!》
「っ!?各機散開!」
部下からの報告を受け、カーバは直ぐ様攻撃の中止を決断し、回避を優先するよう指示する。
そのかいもあってかカーバを始めとした中隊所属機は上空より急降下して襲い掛かってきた群青色の影から放たれた火線に絡め取られる事なく全機生き残る事が出来た。
「こいつ…まさか『青い魔女』か!?」
時折耳にする噂話…ムーがとんでもなく高性能な戦闘機を開発し、それはアンタレスを上回る性能だという。
加えてその新型は2種あり、カーバは一瞬だけ見えたその姿から青い魔女と呼ばれているタイプだと判断した。
「各機、敵戦闘機は例の青い魔女だ。気を引き締めてあたれ」
《了解!》
部下からの返答を受け、カーバは眼下で反転して急上昇を仕掛けてくる敵機の数を確認する。
「16機…同数だが勝てるか…」
冷静な顔であるが、その額には冷や汗が滲んでいた。
──同日、同空域──
「外した!?さては手練れか!」
ムー空軍のB-25の上空でグ帝による迎撃機を警戒していたヘルキャットのコックピットでミリシアル人義勇兵のアレンは奇襲を避けられた事に驚愕し、悪態をついていた。
彼はバルチスタ海戦で実戦デビューしたのだが、以後は国境付近で散発していたグ帝による航空偵察の迎撃を任されていたのだがその功績が評価され、新設されたムー統括軍直属の『統括軍外国人義勇軍団』の航空隊前線司令官としてムンダル川流域の防衛を任せられている。
「くっ…だがあれはアンタレスとかいうタイプ…性能はヘルキャットが上だ!各機、敵機は中々の手練れらしいが恐れるな!いつも通り敵の目的を潰せばいい!ムー機への攻撃を徹底的に邪魔してやれ!」
《了解!》
部下からの返答を受け、アレンは最も動きが良かったアンタレスを追う。
──ブゥゥゥゥゥン!
2000馬力レシプロエンジンのエキゾースト音が鳴り響き、大柄かつ重いヘルキャットの機体をグングンと加速させ、急上昇させてゆく。
──ダダダダダダッ!
上昇しながら射撃を加えたが、アンタレスはロールしながらの旋回によりヒラリと回避してしまった。
これまでアレンが対峙してきたパイロットはヘルキャットの速度に翻弄され、回避が間に合わなかった者が殆どであるが、今回は違うらしい。
「チッ…まだまだぁ!」
上昇し、小さく宙返りするとアンタレスの背後を狙う形で緩降下して速度を稼ぐ。
速度計は常に時速500〜600kmを指しており、ヘルキャットは十分なエネルギーを保持している事が分かる。
「っ!?」
もうすぐ射程内というところでアンタレスが急減速しながら急降下した。
おそらくは意図的に失速させたのだろう。
こうなっては自機そのものが障害物となり、下方に居るであろう敵機の姿を確認する事が出来ない。
しかし、アレンはこういった状態にも対応する事が出来る。
──ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「後方斜め下!」
コックピットに鳴り響くブザーと計器盤で点滅するランプにより、アレンは敵機が後方斜め下に居る事を察知し、急降下に転じた。
その次の瞬間、後方の下から突き上げるような火線が空を切った。
これもヘルキャットに装備されたレーダー接近警報装置によるものであり、グ帝のパイロットは死角からの奇襲を容易く回避する本機を見て青い魔女と恐れるようになったのだ。
「やはり一筋縄ではいかないな…しかし、敵の増援が来るのも時間の問題か」
アレン達の目的であるB-25への攻撃阻止は今のところ達成できているが、グ帝地上部隊の数から見るに航空隊がこれだけとは思えない。
余りにも時間を浪費していると数で押されるのが目に見えている。
「仕方ない…一気にケリをつけるか!」
覚悟を決めたように告げたアレンは計器盤の目立つ位置にある水メタノール噴射装置のスイッチを入れた。
──ガロロロォォォォォォッ!
一気に馬力が上がり、エンジンが轟音をあげる。
「ふっ…!」
スロットルを全開にしてやれば、急降下から転じた急上昇ながらも時速700kmを超え、レティクルに映る敵機の姿がグングンと大きくなって行くのが分かる。
──ダダダダダッ!
射程内に敵機が入った瞬間、射撃するが回避されてしまった。
しかし、敵機の右翼から何やら細長い物が外れ、見て分かる程に旋回が鈍くなったのが分かる。
どうやら敵パイロットはフラップ旋回による小回りを多用していたようであり、旋回が鈍くなったのはフラップが急機動の繰り返しによって耐えきれず脱落してしまったかららしい。
何はともあれこれはチャンスだ。
尚も旋回して背後を取ろうとしてくる敵機に対し時速800kmに届きそうな速度を活かして振り切り、敵機を周回遅れにする形で背後を取った。
──ダダダダダッ!
次の射撃は敵機の機体後方に命中し、機体構造をズタズタに引き裂いてみせた。
もうこれで敵機は戦う事はもちろん、飛ぶ事も出来ないだろう。
そう考えながら敵機の撃墜を確認していたアレンは敵パイロットがキャノピーを開け、飛び出すのを目撃した。
白いパラシュートが開き、ゆっくりと降下する敵パイロットは無事らしく、拳銃を抜いて威嚇するように辺りを見回している。
「……そこまではしないさ」
そうポツリと呟いたアレンは部下を援護すべく、その場から去ったのであった。
そう言えばもうそろそろ本作の連載が始まって6周年ですね