やや駆け足気味ですが、あんまり密度を高くすると無駄に長くなるだけですからね
──中央歴1643年3月4日午前11時、ムンダル湖──
──ズゥゥゥゥゥン…ピチョンッ…ピチョンッ…
「上の方は随分派手にやってるみたいねぇ…そろそろ私達の出番かしら?」
電球の光だけが灯る狭く暗い穴蔵の中、額に滴った水滴を拭いつつ遠くから響く轟音に耳を傾けるのはムー陸軍第17混成師団歩兵戦車大隊の大隊長である『サムソン・アドン』であった。
「通信はどう?」
「現在、ミリシアルの巨人が動いているようです。間も無く我々の出番かと」
サムソンが暗闇に向かって投げ掛けた言葉に対し、そんな答えが返ってきた。
「んふふ〜♡燃えてきたわよ〜♡」
返答に対し、サムソンは紅を引いた唇を吊り上げて凶暴な笑みを浮かべる。
彼はれっきとした男性なのだが、現代で言う性同一性障害であり、精神は女性なのだ。
しかし、彼は敢えて男社会の軍隊に入り、その特異な性質に向けられる偏見も退け、今では大隊長の地位にある事は特筆に値するだろう。
「……大隊長!出撃信号をキャッチしました!」
「戦車大隊出撃よ!さあ、悪い子にお仕置きしてあげなさい!」
──グォォォォォォンッ!
穴蔵にエンジン音が鳴り響き、全体が前に進む。
そう、サムソン達はムー国産歩兵戦車ラ・グンドⅡをムンダル湖の浅瀬に沈め、その中に潜んでいたのだ。
ラ・グンドⅡは歩兵と共にあらゆる地形を踏破し、火力支援はもちろん、必要とあらば対戦車戦闘を行う事を目的として開発された。
そのため本車は渡河作戦及び対毒ガス戦を想定し車体は気密構造となっており、吸排気用シュノーケルを装備する事で水深5mまでの潜水が可能となっているのだ。
──ザバァ!
「よし、敵部隊の側背を突きました!攻撃許可を!」
「もちろんよ!でも誤射と流れ弾には気を付けて頂戴ね!」
「はっ!」
砲手からの報告を受け、サムソンは攻撃を指示した。
──ドゴンッ!
ラ・グンドⅡの車体に装備された105mm榴弾砲が火を噴き、砲弾を発射する。
本砲はムー陸軍で以前から運用されているイレール製の105mm砲を改良したものであり、榴弾威力と取り回しを優先して短めの砲身となっている。
故に初速は低く、対戦車戦闘には向かないのだがここで新たに開発された砲弾の出番だ。
それこそ成形炸薬弾…通称HEAT弾である。
運動エネルギーではなく、モンロー・ノイマン効果による炸薬のエネルギー集中とメタルジェットによる装甲貫徹を狙ったこの砲弾は例え運動エネルギーが0であっても最大の貫通力を発揮する事が出来、初速が低い本砲であっても200mmの均質圧延装甲を貫徹出来るのだ。
──ズゴォォンッ!
やや山なりの弾道を描いた砲弾は此方に気付き、慌てて振り向いたグ帝戦車の正面に着弾、一点集中した炸薬のエネルギーが高温高圧のメタルジェットを成形し装甲を貫通、車内の乗員を一瞬で焼き殺し、砲弾を誘爆させた。
「さぁて、私も行くわよ!準備はいいかしら?」
「はい!」
車長用視察スリットからグ帝戦車撃破を確認したサムソンは車体上面に据え付けられた37mm砲塔の装填手に声をかけた。
ラ・グンドⅡは対軽装甲車両用に37mm砲を装備しているのだが、本砲の砲手は車長が兼任する事となっている。
つまり大隊長であり車長でもあるサムソン自ら本砲を操るのだ。
「いい男を手に掛けるのは気が引けるけど、お国の為なの。悪く思わないでね」
──ドンッ!
顔も名も知らぬグ帝将兵へそんな憐れみの言葉を投げ掛けながら37mm砲を撃つサムソン。
放たれた砲弾は装甲車に直撃し、沈黙させた。
──同日、ムンダル湖畔──
──カキィンッ!
「ひぃっ!?」
泥濘にはまった指揮車の中、ガオグゲルは車体表面を跳ねる弾片の音に恐怖し、踞って震えるしか出来なかった。
「し、司令!ご命令を!我々はどうすれば良いのですか!?」
そんな事を言われてもガオグゲルにも分からない。
正面にはとんでもない重戦車、左右は巨人と水から上がった戦車、退路には艦砲射撃の雨…完全に包囲され、軍団全体に混乱が広がっているこの状況では何をしても悪戯に損害を増やすだけだ。
「司令!しれ…」
──チュンッ!
「うっ…!?」
弾片が視察スリットから車内に飛び込み、跳ねて参謀の胸を穿った。
「うぅ〜…ぅ…」
倒れた参謀が胸から鮮血を流し、指揮車の床に赤い水溜りを作る。
おそらく彼はもう助からないだろう。
車内に充満する生温かい鉄臭さの中、ガオグゲルは震えながら怨嗟にも似た悪態をつく。
「クソッ、黒服連中め!今回に限って首を突っ込んで来なかったのは知ってやがったな!異世界の連中がこんな戦力を持っていると知って…」
──ドゴォォォォンッ!
「うわぁぁぁ!?」
至近距離に着弾し、指揮車が揺さぶられて横転してしまった。
「くっ…だ、脱出だ!各自の判断で戦域から脱出!レイフォル領内まで撤退せよ!」
横転した弾みで覆い被さってきた参謀の遺体を押し退けながらガオグゲルは撤退を命令した。
最早こうなってしまえば反撃どころか規律を保った撤退戦も不可能…ならば将兵個人の能力に頼った各個による撤退しか生き残る術はない。
「ちくしょう!こんな所、来るんじゃなかった!」
腰のホルスターから私物の拳銃を抜き、後悔を口にするが何もかも手遅れだ。
「走れ!なるべく体を低くして走るんだ!」
身を屈め、中腰の姿勢で走る。
周りにはガオグゲルと同じように武器を持ち、姿勢を低くして走る者も居るが、中には武器も捨てて運動場を走るように全力疾走する者も少なくない。
しかし、戦場で身を屈めるのを怠るという事が何を意味するか、彼らは自身の命を以て知る事となる。
──ダダダダダッ!ダダダダダッ!
敵戦車の主砲同軸、砲塔上面に装備された機関銃が走る兵士を薙ぎ払い、彼らは二度と立ち上がる事はなかった。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
戦場で戦友が倒れれば手を差し伸べるのが道理だが、ガオグゲルにも他の将兵にもそんな余裕はない。
例えすぐ近くに四肢を千切り飛ばされ、痛みに呻く者が居たとしても、飛び出た内臓を踏み付けてでも生き残る為に走るより他ない。
──ドゴォォォォンッ!
「うわぁぁぁぁ!」
ガオグゲルの至近に砲弾が落下し、彼は巻き上げられた土砂に巻き込まれ、そのまま生き埋めにされてしまった。
「だ、誰か助け…」
──ブロロォォォンッ!
助けを求める彼の声は届く事はなかった。
──ガタガタガタガタ…ブロロォォォンッ…
「おい!やめ…!」
死に物狂いで脱出しようとする戦車を始めとした車両が、彼が生き埋めにされている場所を走って行く。
何台も、何トンにもなる車両が走った結果、ガオグゲルは踏み固められた地中で息絶えたのだった。
その後、指揮系統も士気も崩壊した第8軍団は次々と降伏。
10万人もの第8軍団は死者・行方不明者約4万人、負傷者約3万人、捕虜約3万人の被害を受け、無事にレイフォル領内へと撤退したのは500名にも満たなかった。
後に『ムンダル湖畔会戦』と名付けられたこの戦いは軍事史上最大にして最高峰の包囲殲滅と評価され、後世まで各国軍の教本で扱われる事になるのだった。
次回からは何話かドンパチ無しの話を箸休め的な感じで書いて行きます