デアラは殆ど知りませんが、狂三が一番人気なのは分かります
──中央歴1643年3月3日午前7時、グラ・バルカス帝国地方都市ラジカ──
グラ・バルカス帝国の南にある地方都市『ラジカ』
この都市には化学工場があり、化学肥料や爆薬の生産が主であった。
「薄いな…」
郊外のベッドタウンに建つ小さな家では一家の大黒柱である『アキラメ・ヌーヒト』がコップに注がれた牛乳を一口飲み、顔を顰めた。
「ごめんなさい、あなた。最近牛乳が高くて…少し水で薄めたのだけど、やっぱりダメだったわね…」
アキラメの言葉に対して申し訳なさそうに頭を下げるのは、彼の妻である『ヤーメ・ヌーヒト』だ。
「やっぱりか…ラジオじゃ異世界国家に連戦連勝って言ってるが、庶民の暮らしは苦しくなるばかりだ」
帝国において牛乳は国民的な飲み物であり、毎日飲めない人間は経済的に困窮していると認識される程だ。
今こそ辛うじて水で薄めて出せるが、このまま物価高が続けば牛乳を日常的に買う事は難しくなるだろう。
そしてヌーヒト家の食卓を見るに物価高の影響は牛乳だけに留まらない。
「…雑穀パンか」
「最近白パンも高くて…」
「いや、いいさ。もし雑穀パンも高くなったら黒パンでも構わない」
朝食として出されたパンも以前は純白の小麦粉で作られた白パンだったが、アキラメの前にあるのは褐色で穀物の粒が目立つ雑穀パンだ。
食味は白パンより落ちるが、節約の為にも惨めな気持ちを抑えて食べねばならない。
「それにしても…スグシは大丈夫かしら?あの子、気が弱くて真面目だから軍隊でイジメられてたり…」
「確かに心配だが、スグシも立派な大人なんだ。あんまり心配するのも良くないぞ」
ヌーヒト家には2人の息子が居り、兄は海軍に、弟は陸軍に兵役に行っている。
「でもシナからの手紙が届かなくなってもう1年近くになるし、スグシはもう3ヶ月も連絡が無いのよ?」
「軍隊はそういうものだろう?機密とか色々あるんだろ」
兄である『シナ・ヌーヒト』は海軍の空母に乗っていると聞いてはいたが、それ以上の事は機密で話せないし、大規模な作戦中は手紙も送れなくなるだろうと言っていた。
それを踏まえればシナもスグシも連絡を寄越さなくなったのは特段不思議な話ではない。
しかし、理屈では分かっていても親としては我が子が気掛かりな事に変わりはない。
「そうねぇ…もし戦争が終わったらまた家族皆で旅行に行きましょう。植民地の中には長閑で自然豊かな所もあるみたいだし」
「そうだな。よし、なら旅行する為にも頑張って稼がないとな。もう時間だし」
「ええ、頑張ってね」
「ヤーメも今日はパートの面接なんだろ?そっちこそ頑張ってな」
そんな言葉を交わし、アキラメはバス停へと向かう人々の群れに合流し、ヤーメは面接に向けて身支度を整えるのであった。
──同日、ロデニウス連邦ピカイア──
旧ロウリア王国の北の港町ピカイア。
現在では造船の街として発展し、毎日のように輸送船が進水している。
──ピンポーン
ピカイアに聳える10階建て団地の一室で呼び鈴が鳴らされた。
「はーい。どちら様?」
部屋に住む一家、『タフィル家』の母である『リサ・タフィル』は急な来客に慌てながらもドアを開けた。
「ザイン・タフィル一等兵のお母様のリサ・タフィルさんですか?」
「は、はい…ザインは私の息子ですが…?」
ドアを開けたリサの前に現れたのは、キッチリとした礼服に身を包んだ2人の軍人であった。
軍人が来た事にリサは狼狽えつつも受け答えするが、件の軍人は無表情で、淡々と言葉を紡いだ。
「リサ・タフィルさん。本日はザイン一等兵に関する悲しいお知らせをする為に伺いました」
「ま…まさか…」
「ザイン一等兵は去る3月1日。作戦中、戦死しました」
「あぁっ…」
軍人の言葉にリサはその場で崩れ落ちた。
「リサ、どうした!?」
リサが崩れ落ちた音に驚き奥から出てきたのは、夫である『レド・タフィル』であった。
彼はへたり込んだリサの肩を抱くと、玄関先に立つ2人の軍人に目を向けた。
「あなた…ザインが…ザインが…!」
「あぁ…なんてこった…」
ザインの名を繰り返し口にするリサと軍人の存在が何を意味するのか察したレドは、天を仰いだ。
「ザイン一等兵のお父様ですね?先程奥様にもお話しましたが…」
「いえ、大丈夫です。……息子はどのように死んだのですか?」
「現在、詳細は不明です。しかし、軍人として恥じる事の無い死に様だったと聞いています」
「そうですか…」
その言葉を聞き、啜り泣くリサの肩を抱きながら神妙な面持ちで小さく頷くレド。
息子を亡くした悲しみは変わらないが、軍人としての責務を果たした末の戦死だったのならばせめてもの慰めにもなる。
「ザイン一等兵は義務を果たし、世界平和の為にその身を犠牲としました。その功績を称え、ザイン一等兵は二階級特進とし、遺族には戦死者年金を一定期間支給致します」
その言葉と共に控えていたもう1人の軍人が前に出て、三角形に折り畳んだロデニウス連邦国旗を差し出した。
それをレドと彼に促されたリサが受け取る。
「リサさん、レドさん。貴方達にはまだ2人の息子さんが軍務に就いていますね?」
「はい。ザインは次男で、長男と三男が軍に…」
それを聞いた軍人は携えていたブリーフケースを開くと、中から1枚の書類を取り出した。
「連邦軍には『ソウル・サバイバー・ポリシー』…通称『家系保護法』が存在します。これは簡単に言えば軍務により家族を失った者は徴兵及び戦闘任務から保護されるというものです。この場合、ザイン一等兵…もといザイン伍長が戦死した事により、彼の兄と弟は即時除隊となります。この際の除隊は特例除隊となり任期満了と同額の満了金と年金を受け取れます。本人が希望すれば除隊を拒否する事も出来ますが、その際は最低でも後方基地の警備のような戦闘任務が起こりにくい部隊へ転属となります」
「そんな規則が…という事は息子は帰ってくるのですか?」
「本人の希望次第ですが…しかし、可能な限り除隊するように勧める事になっています」
「……分かりました」
そう言ってレドは差し出された書類を受け取り、噛み締めるように深く頷いた。
「ザイン伍長の遺体は後日帰国する事でしょう。その際の受け入れ先を確認する必要があるので、お近くの役所で手続きをお願いします。本日は土曜日ですので…可能ならば月曜日、火曜日までには…」
「分かりました。…息子の事を知らせてくれてありがとうございます」
深々と頭を下げるレドとリサ。
息子を失ったばかりだと言うのに気丈に振る舞う夫婦を前に、軍人は最大限の敬礼で応えた。
いいネタがあったら後2〜3話ぐらいこんな感じの戦時下の日常を描きたいと思います