──中央歴1643年3月3日正午、アルー東方空域──
「ムラマサ小隊が1機撃墜された!?」
クーガーは亜音速機で飛ぶ愛機を操りながらコックピット内で驚愕した。
フェン王国空軍のムラマサ小隊が装備するG.91Yはイリュジオンより性能は低いが、それでもレシプロ機に対しては圧倒的優位であったはずだ。
しかし、フェン王国は今までワイバーンすら保有していない空軍後進国であった事を踏まえれば性能的優位があっても撃墜されるのは仕方ないのかもしれない。
幸いな事にパイロットは脱出し、無事なようだ。
生きてさえいればこれを教訓にして次に活かす事が出来る。
「おっと…ロケット弾が底を尽きたか。燃料も殆ど無し…ロブスター1、兵装投棄!」
──ガコッ…
ロケット弾ポッドと一体化した増槽が投棄され、落下する。
これでイリュジオンはより身軽となった。
武装は30m機関砲しか無いが、ムーは機銃による格闘戦を重視しており重量増加や空気抵抗増加と引き換えに大型弾倉を採用し、原型であるミラージュⅢの2門各125発から倍増して2門各250発を搭載している。
「あと…100は居ないか。ムラマサ小隊と協働してギリギリどうにかなるか…?だが全機撃墜する必要はないな。あと10機そこら撃墜すれば撤退するだろうな」
先程からグティマウンはそれぞれが700km/h以上の速度を出し、攻撃を回避する為に緩慢ながらも不規則な機動を行っている。
これならば燃料を想定以上に消費し、頭数が減った事もあって撤退を決断するかもしれない。
「よし、油断はせんぞ!」
やる事が決まったなら後は実行するだけだ。
クーガーはスロットルを開けて更に増速すると、標的に定めたグティマウンを後方から追い抜いた。
「ふんっ!」
──ゴォォォォォッ!
追い抜いた瞬間に減速しつつ機体をバンクさせて旋回する。
デルタ翼機は後退翼機と比べて失速が緩やかであり、ギリギリまで粘る事が出来る。
そんなデルタ翼機の特性を活かした急旋回は驚くほど鋭く、グティマウンの乗組員は驚愕を顔に浮かべた。
「悪く思うなよ!」
──ドドドドッ!
距離にして100m程度の至近距離で発砲し、命中を見届ける事なく急上昇して衝突を回避する。
──ボンッ!
結果は見事命中。
大威力の30mm弾が複数命中したグティマウンの機首は踏み潰した紙細工のようにグチャグチャになってしまい、そのままコントロールを失って墜落する。
そんな光景が空域のいたるところで見られ、グティマウンは抱えた爆弾の威力を発揮する事なく、金属スクラップと化していった。
「よし…これだけ撃墜すれば…」
グティマウンの編隊は既に統率を欠き、爆弾を投棄した上で反転して離脱しようとしている機もチラホラと見える。
一方、クーガー達も潮時だ。
イリュジオンもG.91Yも小型機であり、弾幕を回避する為に高速で飛行していたため燃料をかなり消耗していた。
これ以上の追撃は難しいだろう。
「……ん?」
反転するグティマウンの姿を監視していたクーガーであったが、ふと視線を落とすとゆっくりと降下するパラシュートと被弾したグティマウンの姿が目に映った。
「……まさか!」
パラシュートのすぐ近くを飛ぶ小さな光を発見した瞬間、クーガーの顔は青褪めた。
「か、各機!被弾した敵爆撃機が脱出したムラマサ3を狙っている!」
《クラマをか!?脱出したパイロットを何故!?》
「公開処刑なんてする連中だぞ!急いで撃墜しなければ!」
そう、被弾し高度を下げたグティマウンが防御機銃を用いて脱出したG.91Yのパイロットであるムラマサ3ことクラマを狙っているのだ。
撃墜機から脱出したパイロットなぞ脅威にならず、生死は戦術的には問われない筈だ。
となれば狙いはただ一つ、『報復』であろう。
「間に合え…間に合え!」
件のグティマウンを撃墜すべく急降下し、急行する。
速度計はイリュジオンの限界速度であるマッハ2.1を指しているが、今のクーガーには酷く遅いように感じられた。
《クラマ!クラマぁぁぁぁぁぁぁ!》
「クソッ!」
しかし、間に合わなかった。
パラシュートの下にぶら下がる人影が赤い塵となり、アインの絶叫が無線機から鳴り響く。
「グ帝め…このクソ野郎共!テメェらを地獄に送ってやる!」
怒りの炎を瞳に宿したクーガーはそのまま必死に反転しようとするグティマウンに襲いかかると、照準を機尾に合わせる。
「楽には殺さんぞ…クソ野郎…!」
明確な殺意を込めた指先でクーガーはトリガーを引いた。
──同日、同空域──
「は、ははは!どうだ劣等種め!優等種たるバルカス人を殺めた罰だ!」
一方、低空に逃れたグティマウンこと1番機ではラッシルが狂気的な笑い声を上げ、風に流される返り血に汚れたパラシュートを指さしていた。
既に冷静さを失っている彼は状況が理解出来ておらず、たった1機撃墜した事で目的を達成した気分であり、脱出したパイロットを意図的に殺害した事も、多数のバルカス人の命とグティマウンを奪った事に対する当然の報いだと考えているのだ。
しかし、当然現実はラッシルの脳内とは違う。
──ズドンッ!
「うわぁぁぁぁ!?」
機体の後部から破壊音が響き、全体が大きく揺れる。
「こ、後部銃座に被弾!応答ありません!」
「敵機か、撃ち落とせ!我々バルカス人ならば劣等種の航空機なぞ容易く撃墜出来る!」
なんの根拠もない理論を展開するラッシルだが、敵機ことイリュジオンは彼を嘲笑うようにアクロバットめいた機動で容易く弾幕を掻い潜る。
低空域は空気が濃く、それに伴って空気抵抗が増えて速度は下がる。
しかし、その速度低下と引き換えに各動翼の効きが良くなり、運動性は向上する。
だがグティマウン程の超大型機ともなれば運動性を発揮する事は出来ず、ただ空気抵抗によって速度が低下するだけだ。
──ドドドドッ!ドドドドッ!ドドドドッ!
「早く撃墜しろ!我らは優等種、世界を統べるべき栄光あるバルカス人なのだぞ!劣等種にいいようにされては民族の恥だ!」
檄を飛ばすラッシルであるが、銃手達の奮戦も虚しく被弾はどんどん増える。
翼端が被弾し、左右から胴体に被弾し、エンジンに被弾する。
もはや墜落していないのが不思議な程にボロボロになった1番機は徐々に速度と高度が落ちてゆく。
「ふ、副部長!エンジン全基停止!ダメです…不時着します!」
「なんだと!?エンジン再始動!再上昇せよ!」
機体各所で発生した火災は鎮火する気配が無く、コックピットには煙が充満している。
そんな中でラッシルはエンジン再始動を命じるが、6基あるエンジンは全て30mm弾の直撃により破壊され、中には脱落している物もある。
もちろん、そんな状態でエンジン再始動が出来る訳がない。
「再始動不能…不時着します!対ショック体勢!」
「う…わぁぁぁぁぁぁぁ!!」
──ゴガシャァァァァアッ!
絶望的な状況でも乗組員は必死に自らの役割を果たしたようだ。
今にも空中分解しそうだった1番機は奇跡的に絶妙な柔らかさを持つ平地に不時着した事、被弾によって燃料の殆どが漏れ出していた事、何よりも操縦士達の尽力によって綺麗な着地をした結果、殆ど原型を保ったまま不時着に成功したのだった。
しかし、不時着した1番機を尻目に辛くも生き残ったグティマウンは全速力でレイフォルへと撤退、ムー側の散発的な追撃により最終的に撤退に成功したのは50機にも満たなかった。
次回はラッシルがどうなるかについて書いてから、カイザル艦隊との大海戦を書いていきます