──中央歴1643年3月6日午前9時、ムー北方海域──
「指揮官、カヴァラより入電。伊58が敵補給艦或いは改装空母を撃沈したとの事だ」
「始まったか。他に何かしら沈められたか?」
こめかみに人差し指を添えながらそう報告したエンタープライズに指揮官が問い掛ける。
それに対するエンタープライズの返答はなんとも残念そうなものであった。
「いや、敵艦隊は増速しながら闇雲に爆雷を投下し始めたらしい。展開している潜水艦の多くは非Ⅱ型艤装だから潜航中は水上艦艇に追い付けないし、Ⅱ型艤装装備であっても爆雷が炸裂する水中雑音の中では雷撃も難しい…潜望鏡深度まで浮上すれば無誘導魚雷による攻撃は可能との事だが…」
「グ帝の連中も馬鹿じゃない。潜望鏡には注意を払っているだろうし、こんな澄んだ外洋じゃ潜望鏡深度の潜水艦は航空機により発見される可能性がある。今回の作戦における潜水艦の役目は敵艦隊を動揺させ、後退して態勢を立て直す余裕を無くす事だ。現時点でも十分に役割を果たしているから、追尾も無理はしないようにと伝えてくれ」
「了解」
指揮官の言葉を潜水艦達に伝えたエンタープライズはレーダースコープに目配せすると、未確認機を示す光点を指差した。
「指揮官、凡そ300km先に未確認機の反応がある。一定の範囲を旋回しているからおそらくは敵艦隊の直掩機…つまり敵艦隊は300km先に居るはず」
エンタープライズのⅡ型艤装には『SCANFAR』と呼ばれる三次元レーダーシステムが搭載されている。
これは最大で700km以上の探知距離を誇る最新鋭のレーダーであり、零戦に酷似した小型機であるグ帝のアンタレスを300km先からでも探知する事が出来る優れものだ。
「300kmか…となるとムーの艦載機でも戦闘行動半径内だな。となればセオリー通り先ずは航空戦だ。ムー艦隊と連邦艦隊に通達、事前の打ち合わせの通り制空は此方で受け持つ、両艦隊は対艦攻撃に専念を」
「了解。念のために私も艦載機で出撃しても?」
「それで大丈夫だ。ただ可能なら…敵艦は脅威度が低い順に撃破してくれないか?」
「脅威度が低い順…?高い順ではなくてか?」
怪訝そうな表情を浮かべてエンタープライズが聞き返す。
本来こういった場合は脅威度が高い目標…つまり空母や戦艦、巡洋艦といった艦を狙うのがセオリーだが、指揮官はその逆を言っているのだ。
「もちろん可能であればの話だし、連邦とムーには言ってない事だ」
「……それは例の"秘密兵器"に関連するのか?」
少しばかり考え込み、ある一つの可能性に思い当たったエンタープライズの言葉に指揮官は頷いた。
「そうだ。秘密兵器を使う為には連中の戦意を削ぐ必要がある。その為には数を削る方がいい」
「なるほど…それならば可能な限りそうしよう。では行ってくる」
「あぁ、気をつけてな」
拳を突き合わせ、互いを激励したエンタープライズと指揮官はそれぞれの持ち場へと向かうのであった。
──同日、同海域──
エンタープライズより10km程離れた位置で航行するムー艦隊旗艦『ラ・ヴォルト』、その甲板上では色とりどりのライフジャケットを着用した作業員が忙しなく走り回り、カタパルトから漏れ出す蒸気を蹴り飛ばす。
「カタパルト接続完了!蒸気圧正常!」
「兵装セーフティ、解除完了!」
「殿下、機体の最終チェックを!」
「殿下はやめてくれといつも言ってるだろう」
カタパルトに固縛された艦載機、アクアホークのコックピット内で第32戦術戦闘攻撃隊の隊長であるスードリがため息混じりに呟きながら操縦桿やラダーペダルを操作し、動翼の動きを確認する。
元より艦上戦闘攻撃機として開発された本機は戦力化されて暫く運用出来る空母が無く陸上機として運用されていたのだが、今回の作戦では新鋭空母ラ・ヴォルトの改装が間に合った事で晴れて本来の運用が可能となったのだ。
「最終チェック完了、キャノピー閉鎖」
《殿下、所定の位置に両手を置かれて下さい》
「……了解」
もはや訂正する気も失せたスードリは無線から発せられたカタパルト作業員の指示に従って、彼らに自身の両手が見えるように計器盤に置く。
──ゴォォォォォ…
「あれは…アズールレーンのF-4戦闘機か。今回の作戦では彼女達が制空権確保を担当する手筈だったが…まあ、彼女達なら大丈夫だろう。我々は我々の義務を果たす事に集中しよう」
左右に細かくバンクしながらラ・ヴォルトの上空をフライパスしたアズールレーンのF-4Kを見送ったスードリは愛機の主翼下に懸架した2発のウォールアイを一瞥する。
彼らの狙いはズバリ空母、その飛行甲板のど真ん中にウォールアイを叩き込む事で可能なら撃沈、最低でも無力化である。
それを遂行する為には制空権の確保が必要だが、アズールレーンとの演習でKAN-SEN達の実力を知っている身としては心強い事この上ない。
《カタパルト射出まで5秒!4!3!2!1!射出!》
──バシュゥゥゥゥゥゥゥッ!
「っ…!」
蒸気圧を利用したカタパルトによりアクアホークは停止状態から僅か60m程の距離を滑走し、時速250kmまで加速され、空へと打ち出された。
「ふぅー…よし、発艦は問題なかったな。あとは…」
発艦時の強烈なGから解放され一息つくスードリはラ・ヴォルトの上空を旋回しながら後続機の発艦を見守るが、血の滲むような訓練を乗り越えた彼らは何の危なげもなく発艦し、スムーズにスードリの元へ集まった。
「よし、全員揃ったな」
《スードリ殿下!》
「君は…ラ・ツマサか」
4機ずつの編隊8個となった第32戦術戦闘攻撃隊の元へアクアホークとは違う機体が8機近付き、無線から若い女の声が聴こえてきた。
その声はムー艦隊で知らぬ者は居ないと言っても過言ではないラ・ツマサその人である。
《殿下と戦列を同じくするとは光栄の至りであります!この戦い、微力を尽くして偉大なる祖国に勝利を捧げる事に尽力致します!》
「心強いが決して無理はしないでくれよ。君を失う事は戦力的にはもちろん、士気にも関わる。…それに君に万が一の事があれば多くの人が悲しむ事になる。それを忘れないでくれ」
アズールレーンにて改装されたラ・ツマサはムー海軍のみならず空軍と陸軍の戦術を根底からひっくり返すような技術の塊であり、もし失われればその損失は計り知れないだろう。
そして見目麗しく天真爛漫な彼女は軍内のアイドルであり、何よりもマイラスやミニラル、ラ・ムーといった面々は彼女に何かあれば深い悲しみに包まれる事は間違いない。
《殿下にそのように言って頂けるとは…至極恐悦…!ご安心下さいっ!私はあのような連中に後れを取る事はありませんので!》
「頼もしいな。…祖国の為に」
《祖国の為に!》
祖国への純粋な愛国心を高らかに謳い、アクアホークとハリアーは300km先に待ち受けている筈のグ帝艦隊へと突き進むのであった。
そう言えば拙作のエンタープライズ、Ⅱ型艤装で原子力空母なんですけど就役時の艦橋が中々スゴイ事になってるんですよね