──中央歴1643年3月6日午前10時、ムー北方海域──
ムー東海岸へと突き進む帝国海軍連合艦隊。
その最先鋒を務める『第63機動艦隊』の提督『ラバルト・ディスカス』は旗艦であるペガスス級空母『バン・テクトス』に置かれた艦隊司令室で慌ただしく命令を飛ばしていた。
「戦闘機は全機発艦!敵潜水艦に捕捉されている以上、敵艦隊は我々の位置を把握している筈だ!すぐにでも空襲が来るぞ!」
ラバルトが危惧しているのは異世界国家軍による空襲だ。
出撃前に行われた艦隊司令クラスによるブリーフィングにより、異世界国家軍が運用する航空機は非常に強力であり、近衛兵団の戦闘機すら手も足も出ない高性能ぶりだと皆が認識している。
そしてラバルトが率いる第63機動艦隊の役目は足止め…連合艦隊の8割の戦闘機が配備されているのも、防空能力に優れた新鋭艦が多数配備されているのも異世界国家軍の航空機を足止めし、他艦隊の爆撃機や雷撃機による飽和攻撃を支援する事が彼らの任務なのである。
──ブゥゥゥゥゥゥンッ!
バン・テクトスと僚艦の空母と軽空母よりアンタレス及びアンタレス改が次々と発艦する。
その数約160機…普段ならこの上なく心強い戦力であるが、伝え聞く敵航空機の性能が本当ならば少々心許ないのは否めない。
(すまん…すまんな、皆。このような死地に、皆の死を前提とした作戦に送り出す事になってしまった)
ラバルトは元々艦載機パイロットであり、パイロットとして身を引いた現在でも現役パイロット達と交流を続けてきた。
故に悪足掻きと言っても差し支えのない作戦に彼らを投入する事に対し人一倍心を痛めており、人知れず顔を曇らせていた。
「これは…!?れ、レーダーにノイズが!」
「航空無線も繋がりません!」
「海上無線も同じく!」
「なんだと!?」
司令室に詰めているレーダー手と通信士が額に脂汗を浮かべながらそう報告する。
「例の磁気嵐か…これでは索敵も航空管制も出来ない」
苦々しいく呟くラバルト。
防空戦というものは何も戦闘機をただ飛ばせばいいものではない。
艦載・地上レーダーを用いて敵味方の位置を把握し、無線によって優位な位置取りを指示する事で効果的なものとなる。
しかし、現状は磁気嵐らしい現象によりレーダーも無線も使えない…だがそれは敵も同じ事だ。
「艦の対空火器がある分こちらが有利だ。ある意味では天が味方したのかもしれんな」
状況が五分ならばホームグラウンドである艦隊上空で戦える此方が有利な筈だ。
そう考えればこの磁気嵐はラバルトが言う通り、正に天の恵みとなるだろう。
絶望的な状況の中に一筋の光明を見出した彼の表情は僅かながら明るくなった…次の瞬間である。
──ボンッ!
「!?」
飛来するであろう敵艦載機を警戒する為に艦隊の外周を旋回していたアンタレスの編隊、その内の1機が突如として爆発炎上し、オレンジ色の炎と黒煙に包まれながら墜落して行く。
「なんだ!?」
「事故か!」
「応答は…クソッ、磁気嵐で無線が使えない!」
「いや…事故ではない…」
司令室に詰めている人員が慌てふためくが、ラバルトは事故ではないという確信があった。
現在、航空隊は無線が使用不能となっている事から普段より編隊の間隔を狭めて手信号による意思疎通を行っている。
そのため接触事故の可能性はあるが、接触事故だとしたら墜落するのは1機で済む訳が無いし、技術的トラブルだとしてもあのような形で爆発炎上するとは考えにくい。
となると考えられる可能性はただ一つだ。
「これは敵の攻撃だ!」
「て、提督?それはいったい…」
──ボンッ!ボンッ!ボンッ!
どうにかレーダーを復旧出来ないかコンソールを操作していたレーダー手がラバルトの言葉に疑問符を浮かべるが、それは再びの爆発とアンタレスの墜落が答えとなった。
「陸軍の第8軍団司令官のガオグゲル将軍がバルクルス基地で目撃した敵機は目標を追尾するロケット弾を使っていたらしい…俄には信じ難いが、アンタレスを撃墜したのは"それ"としか考えられん」
「目標を追尾するロケット弾!?バカな…そんな物が本当にあるのならどう戦えばいいんですか!?」
ラバルトの右腕である参謀が顔を青くして半狂乱で問い掛けるが、ラバルト自身もそんな事は分からない。
それに加え、現状を分析するとより絶望的な事実が判明してしまう。
「分からん…それに敵機はどこだ?」
「は?…た、確かに…」
ラバルトの言葉を受けて参謀は艦橋の根元に位置する窓から空を見渡すが、敵機らしき姿はない。
──ボンッ!
「あぁっ!」
そうしている間にも新たにアンタレスが撃墜され、火達磨となって海面に叩き付けられた。
しかし、それでもなお攻撃しているであろう敵機の姿は何処にも見えない。
「敵機は我々から見えない位置から攻撃している…つまり敵機はレーダーを搭載し、視程外から追尾能力を持つ兵器を使って攻撃している可能性がある」
「レーダーを!?航空機にレーダーを搭載するとなると双発以上の陸上機でなければ…いや、そもそも現在は磁気嵐により無線すら使用不能です!此方から視認出来ない程の距離から我々をレーダーで探知するなんて不可能な筈です!」
「もしかしたら異世界国家軍は磁気嵐の中でも電波を扱える手段があるのかもしれん。おそらくこの磁気嵐は古くからあった自然現象…磁気嵐を克服する手段を編み出していたとしても不思議ではない」
異世界国家は時代遅れの文明しか持たない、という認識はもはや正しいものではない。
それを理解し始めているラバルトは考え得る最悪の可能性を前提とした戦術を練る。
しかし追尾能力を持つ兵器に、磁気嵐の中でも探知可能なレーダーを持つ敵を相手に即興で対抗策を編み出すというのは不可能と言っても過言ではない。
「敵機らしき機影を確認!数は約20、高度5000付近!此方に向って来ます!」
「恐らくは攻撃機…高度からして急降下爆撃機だ!」
異世界国家…とりわけムーには雷撃機がある事が情報共有されていたが、機影が見える距離になっても高度5000mを維持しているとなれば急降下爆撃を意図したものだと推測出来る。
「艦隊、対空戦闘!我々が早々に離脱しては後続の攻撃が困難になるぞ!」
ラバルトの命令とほぼ同時に艦隊に所属する全ての艦の高角砲と対空機銃が空を向き、航空隊が敵機へと全速力で向かう。
無線による意思疎通が出来ないというのにラバルトの意図を汲んだ動きが出来る辺り、彼らの練度の高さが伺える。
しかし、現在彼らが相対するのはこれまで戦ってきた相手とは根本から異なる性能と練度、そして士気を兼ね備えている。
──キィィィィィィィィィン!
「なっ、なんだ!この音は!」
敵機が接近するにつれて響き渡る甲高い不気味な音…そして次第にハッキリとなる鏃のような鋭い姿に、アンタレスどころかアンタレス改ですら追い付けない速度。
そんな恐るべき敵機はそのままの高度を維持し、第63機動艦隊の上空へと突入した。
「まさか本隊を狙っているのか!?」
急降下爆撃が来ると身構えていたラバルトであったが、敵機が凄まじい速度のまま水平飛行を維持しているのを見て彼は敵機の狙いが後続の本隊だと判断したのだが、それは間違いである。
「敵機投弾!水平爆撃です!」
「水平爆撃だと…?」
見張りをしていたレーダーの復旧を諦めたレーダー手が切羽詰まったように報告するが、ラバルトの脳内には疑問符が浮かんでいた。
見るに20機程の敵機はその半数が2発ずつの爆弾を落としているようだが、戦闘態勢にある艦艇に対して水平爆撃なぞそう当たるものではない。
敵とてそれが分からない訳がないだろう。
故に敵機の意図を掴みかねているラバルトだが、その疑問は最悪の形で回答される事となり、彼もまた自力でその回答に辿り着いた。
「……不味い!あれも追尾能力を持っているかもしれない!緊急回避!他の艦にも伝えろ!」
敵は追尾能力を持ったロケット弾を配備しているのだから、爆弾も然りであろう。
それを悟ったラバルトは直ぐ様回避を命令したが、一歩遅かった。
──ドゴォォォォンッ!!
バン・テクトスの飛行甲板のほぼ中心に直上から爆弾が突入、貫徹し格納庫或いは居住区画で炸裂し、バン・テクトスは飛行甲板から火山のように盛大に炎を噴き出した。
ベネズエラもですけど、斬首作戦ってあんな短時間で決まるものなんですねぇ…