──中央暦1639年9月25日午前9時、アマノキ港『アグレッサー級・剣神二世』──
「警告は無視された!皆の者、剣神二世の初陣であるぞ!」
フェン王国海軍提督、クシラが甲板上を慌ただしく動き回る兵士達に檄を飛ばす。
先代旗艦『剣神』を大きく上回る偉容を誇る剣神二世、今回使うのは両舷に備え付けられたライフル砲ではない。
甲板上に4基備え付けられたバリスタだ。
「バイアクヘー用意完了!」
「目標、燃える三眼でロックオン完了!」
望遠鏡のような機器が取り付けられたバリスタに、兵士が巨大な矢を装填し望遠鏡を覗く。
「バイアクヘーは1騎に対して2発だ!王城に向かった敵騎は王城の対空部隊が対処する!」
「「了解!」」
──グオォォォォォォォォ!
ワイバーンロードの咆哮が響く。
張り詰めた空気の漂う甲板…あるものは冷や汗を、またあるものは武者震いで体を震わせる。
赤い魔石が嵌め込まれた望遠鏡…燃える三眼で空を睨んでいた兵士が鋭い声を上げる。
「目標、有効射程内!」
「撃てぇぇぇぇい!」
クシラの号令と共にバリスタが放たれる。
──カシュウンッ!カシュウンッ!カシュウンッ!カシュウンッ!
張り詰めた弦の力が解放され、空気を切り裂きながら矢が飛翔する。
普通に考えればバリスタでワイバーンを撃墜する事は不可能だ。
バリスタの射程は凡そ400m、だがワイバーンの導力火炎弾の射程は500m程。しかも空中を自在に飛び回るワイバーンに連射能力が低いバリスタが当たる筈もない。
だが有効射程が1km近くになった挙げ句、狙った目標を追尾する…そんな矢であったらどうだろう?
──シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…
風神の矢をミズホの神秘によって魔改造した対空兵器、バイアクヘーがそれだ。
鏃は風神の矢の爆裂魔法をデチューンしたものを仕込んだ魔石を搭載。シャフトは空洞となっており、そこに改良型風神の涙であるイタクァの腕が仕込まれており、高圧の風を吹き出して推進している。
更には、風の噴射口には人型に切り抜いた紙…形代が張り付けられており、これが動く事により気流を制御している。
燃える三眼と呼ばれる照準装置によりロックオンすれば、独りでに目標に向かって飛翔する。
要は、ファイア・アンド・フォーゲット能力を持った推力偏向ノズル付きミサイルを魔導技術とミズホの神秘で作ったものだ。
もし、神聖ミリシアル帝国の技術者が見れば腰を抜かす事だろう。
そんな超技術が使われた矢がワイバーンロードに向かって飛んで行き…
──バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
放たれたバイアクヘーは12発、ワイバーンロード1騎に対し2発を使う事が基本であるため、6騎のワイバーンロードにバイアクヘーが直撃した。
鏃に仕込まれた爆裂魔法は軽量化の為にデチューンされたとは言え、十分な威力だった。
ワイバーンロードの首や翼が千切れ、竜騎士に直撃すれば人の姿を留めない肉塊と化した。
「残り4!」
「携帯型を使うぞ!」
10名程の兵士が太い鉄パイプにグリップが取り付けられた携帯型バイアクヘーを肩に担いで、それを空へ向ける。
少量の黒色火薬で軽量化された矢を放つ為、反動は人が持っていられる程度だ。
──ポンッ!ポンッ!ポンッ!
戦場には似つかわしくない、やや間抜けな発射音と共に必中の矢が放たれた。
──同日、アマノキ上空──
「なんだ!?何が起きている!?」
レクマイアはパニックに陥っていた。
楽な任務のはずだった。ワイバーンも持たない蛮国を蹂躙し、パーパルディア皇国の力を見せ付ける…特A級竜騎士である自分とその部下ならば余りにも簡単な任務。
その証拠に、フェン王国軍はバリスタで無駄な抵抗をしてきた。
射程も、機動力でも劣る地上のバリスタではワイバーンロードに傷を付ける事すら出来ない。だからこそ、鼻で笑っていた…はずだったのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!隊長ぉぉぉぉ……」
翼が千切れたワイバーンロードが錐揉み状態になり竜騎士ごと落ちて…地面の赤いシミとなった。
自分の直ぐ隣を飛んでいた者は何故そうなったのか、ワイバーンロードの背中から突き出た骨が顔面を貫き墜落していった。
「まっ……まさか!」
再び船上から放たれた矢によって生き残ったワイバーンロードが撃墜される。
その時、レクマイアは見た。
"矢が軌道を変えた"のだ。レクマイアはそれに心当たりがあった。
「誘導魔光弾……!」
──バァンッ!
視界が赤く染まり、嫌な浮遊感に包まれる。
目を擦りどうにか視界を取り戻すと、そこには頭の無いワイバーンロードの姿があった。
「なっ……」
だが、レクマイアは幸運だった。
即死したワイバーンロードは反射により翼を動かし続けていた為、洋上にまで出る事が出来た事。そしてフェン王国兵士が、首が無くなったワイバーンロードを脅威と見なさず攻撃を止めた事…それが彼の幸運であった。
息絶えたワイバーンロードの最後の忠義だろうか?硬直により翼がピンッと張り、滑空状態になる。
港から凡そ200m程離れた海面に着水しながら、フェン王城を見たレクマイア。
彼が見たのは、自分たちと同じく撃墜されて行くワイバーンロード…そして、地面に落ちて行く竜騎士の姿であった。
「なんと…いう事だ…」
ワイバーンロードごと沈む体。鎧を着けたレクマイアは水に浮く事も出来ず沈んで行く。
(まさか…古の魔法帝国が……)
沈み行くレクマイア。
このままではパーパルディア皇国だけではなく、世界が破滅してしまう。
そんな苦難に立ち向かう事が出来ぬ口惜しさと、恐るべき敵と戦わずに済む安心感が入り交じった感情を抱きながら意識を手放そうとした。
「おい!大丈夫か!?」
体が急激に引き揚げられ、そんな声を掛けられた。
紫色の髪に、眼帯…そんな姿の女性が、信じがたい事に海面に立っている。
「生きてるぞ!直ぐに連れてくるから、医療班は用意しておけよ!」
レクマイアを助けた女性…飛鷹の肩に担がれながら、レクマイアは意識を手放した。
──同日、アマノキ・軍祭会場──
プニェタカナはポカンと、コンクリート製シェルターに取り付けられた防弾ガラス越しに空を見上げていた。
パーパルディア皇国のワイバーンロード…文明圏外国がそれを撃墜するだけでも一大事。だが、フェン王国軍はそんなワイバーンロード20騎を撃墜してしまった。
「いやぁ…訓練で知っていましたが、やはり凄まじい兵器ですなぁ…」
「えぇ、ワイバーンロードを易々と撃墜するとは…多少の無理はしてでも買い揃えなくてはなりませんな。」
プニェタカナは無意識の内に震えていた。
魔法を学ぶ者として誘導魔光弾は目指すべきものの一つだ。だが…こんな文明圏外国で纏まった数が運用されている。
しかも、輸出さえされている。
「あれが…我が国にあれば…」
きっと、パーパルディア皇国を追い出せる。
そう考えたプニェタカナの行動は早かった。
手近にいた武官…シオス王国の武官に話しかけた。
「急なお話で申し訳ありません。私はパンドーラ大魔法公国のプニェタカナと申します。厚かましいお願いではあるのですが……ロデニウス連邦の方を紹介して頂けないでしょうか?」
週末辺りが忙しいので次回の投稿遅れます