拙い文章ではありますが、出来る限り頑張ります!
──中央暦1637年2月7日午前9時頃、マイハーク城──
その日も雲一つ無い青空であり、鏡のような海面が何処までも続いていた。
空と海が作り出す果てしない水平線、そこに4つの黒い点が現れた。
《マールパティマより、司令部。4隻の巨大船を確認……錨と3つの星の旗と、王冠を被った獅子の旗が見えます。》
「了解、事前通告のあったアズールレーン所属ロイヤル艦隊で間違いないようです。」
マイハーク城に置かれている司令部に勤めている女性通信士は、マールパティマからの報告を書き留めると上官のマイハーク防衛騎士団長イーネに報告を伝える。
「ここからでもはっきり見えるとは…何と巨大な船だ。あれほどの大きさがあれば、乗り移って白兵戦に持ち込む事は困難だな。」
マイハーク城の窓からでもはっきりと見える巨大な4隻の船…1隻だけは純白で、残り3隻は若干青みがかった灰色をしている。
(成る程…あの色は海と空に溶け込んで見えにくいな。我々の軍船もあのような色にすべきかもしれない。)
そんな事を考えながらイーネは会談中の警備の為に、会談場所に指定されたマイハーク城の食堂に向かった。
──同時刻、マイハーク港──
マイハーク港の岸壁には多くの野次馬が集まっていた。丁度、2週間前に現れた謎の超巨大船…それを保有する謎の勢力がクワ・トイネ公国と会談をする為に再来すると言う事は話題になっており、彼らを一目見ようと見物人が押し寄せたのだ。
勿論この情報はクワ・トイネ公国が発したものであり、不要な混乱を避ける為にサモア側に許可を取り、住民に周知したのだ。
その結果、警備の為に防衛騎士団は勿論、軍船の水夫までもが駆り出されてしまったのだが。
「いやぁ、歓迎されてるじゃないか。少なくとも敵意は感じない。」
4隻からなる艦隊…正確には1隻は使節団を乗せるための客船である…の中でも一際大きな軍艦の左舷から身を乗り出して、双眼鏡で野次馬ひしめく岸壁を眺めながら指揮官は、傍らに居る女性に話し掛ける。
「指揮官様、落ちないようにお気を付け下さいませ。」
緩く巻いてサイドに流した金髪を海風に靡かせながら指揮官に注意を促す。彼女の名はフッド。ロイヤルネイビーの象徴的な巡洋戦艦であり、女王であるクイーン・エリザベスに次ぐ権力を持つ。
外交上手なロイヤルで多くの場数を踏んでいる彼女であれば、悪いようにはならないだろうと判断して随行員として指名したのだ。
「ですが指揮官様、私で宜しかったのでしょうか?」
「と言うと?」
「赤城さんや大鳳さん…他にも数名の方が指揮官様の随行員を自薦されていましたが…」
フッドが最後まで言う前に、彼女の眼前に掌を向けて言葉を遮った。
「重桜の空母を連れてきてみろ。下手すりゃ火の海が出来る。少なくとも冷静な判断が出来る奴が必要なんだ。」
「それで私に?」
「なんだ、不満か。」
「いいえ、光栄ですわ。」
ニコリと笑顔を見せるフッドに対して、無言で肩を竦めながらクレーンで吊るされた艦載艇に乗り込むとフッドに手を差し出す。
「お手をお借りしますわ。」
そう言って優雅で様になったカーテシーを披露して、指揮官の手を取り艦載艇に乗り込んだ。
独りでにクレーンが下がり、艦載艇が穏やかな海面に着水すると何処からともなく一抱え程もある巨大なヒヨコ…通称、饅頭が現れ操舵室に向かった。
饅頭電子公社なる東煌の電子メーカーで開発された作業補助ロボである饅頭は人口が減少した元の世界では様々な形で利用されており、軍用としてKAN-SENにも配備されていたりもするのだ。
そんな饅頭が操縦する艦載艇が鏡のような海面を切り裂きながら進み、マイハーク港に入港した。
──同日昼頃、マイハーク城食堂──
斯くして会談に挑んだ指揮官とフッド、クワ・トイネ首脳部による領空侵犯の謝罪から始まった2時間強の話し合いの結果、次のようになった。
・クワ・トイネ公国とサモアによる新たなる連邦国家を樹立を目指す。
・サモアはクワ・トイネ公国に対して技術支援、及び軍事支援を行う。
・その見返りとしてクワ・トイネ公国はサモアに対して食糧を輸出する。
・また、サモアはクワ・トイネ公国の一部を居留地、工場用地、軍事基地用として無期限租借する
と大まかに纏めるとこのような条約の草案が提示された
クワ・トイネ側からすれば土地を差し出すと言う屈辱的にも見える草案だが、租借用地は海流の影響で港の建設が困難な海岸、珍しく痩せて植物の育たない土地などクワ・トイネからすれば利用価値の無いような場所であり、それらと引き換えに技術・軍事両面の支援が受けられるのであれば寧ろプラスになると判断された為だ。
最も、隣国であるロウリア王国の脅威が日増しに強くなっている事から形振り構っていられない、と言う事情も絡んでいたのだが。
「では、我々から供与出来る各種技術を視察団の方々に精査していただき、果たしてこの条約が妥当か否かを判断される、という事でよろしいですか?」
「はい、何せ自国内の土地を租借という形とは言え他国に引き渡すのです。慎重にならなくては…」
「えぇ、そちらの事情は十分に理解出来ます。ですが、我々としてはサモア住民の住まいの問題がありますので。」
カナタの言葉に指揮官は理解を示すように頷きながらも、なるべく早くしてくれるように要請する。
実は、サモアが異世界に転移した日は東煌の旧正月…つまりは春節の時期だった。
そのため、南国であるサモアにバカンスにやって来た観光客が多数、転移に巻き込まれてしまった。観光客向けの宿泊施設はあるものの、何時までもそのままではいけない。
元々は軍事施設がメインのサモアだ。セイレーンの脅威が激減したとはいえ、軍用地の民間地転用は慎重に行われて来た。
更には他の基地や各国との繋がりが断たれてしまった為、必要な工業製品を自給する必要がある。そのため、基地と工場を置くのが手一杯で、民間人の住まいの確保が急務となっていた。
そして、リスク分散の為にも工場や基地の一部を離れ過ぎす、近すぎないような場所に置く事が望まれた。それを加味した結果、クワ・トイネ公国と友好関係を結び、クワ・トイネ領内にそれらを置く事が望ましいとされたのだった。
「こちらとしても貴国との友好は何よりも代えがたいものだと考えています。しかし、自国領内に他国の軍事施設を置く事はそれなりの恩恵が無ければ国民の理解が…」
「カナタ首相、私は我々の技術を導入すれば貴国は更に豊かになると確信しています。是非ともいいお返事を期待しています。」
「はい、視察団からの報告次第ではありますが。」
根気良く交渉しなければならないか、と指揮官が考えていると傍らに控えていたフッドが口を開いた。
「カナタ首相、我々は隣国…クイラ王国とロウリア王国とも国交を結ぼうと考えていますわ。両国がどのような国家なのか、教えて頂けるませんか?」
フッドの言葉に答えたのはカナタではなく、リンスイだった。
「それについては僭越ながら私がお答え致します。まずはクイラ王国ですが…土地は痩せ砂漠と山岳が広がっております。国中どこを掘っても、黒い燃える水が吹き出し作物を作るのもやっとな有り様です。古くから我が国とは同盟関係でございますが…」
「リンスイ殿、燃える水とは…?」
黒い燃える水の話を聞いた瞬間、指揮官が食い付いた。前のめりになりリンスイに詰め寄る。
「え…えぇ、何をどうしても燃やす以外の事には使えないと聞いていますな。強い酒を作る時のように蒸留すれば、透明な水は出来たらしいのですが…少しでも火の気があると激しく燃えて、家から火柱が上がったようです。」
リンスイの言葉に指揮官とフッドは顔を見合わせる。
「カナタ首相、リンスイ殿。視察団を貴国に帰したら直ぐにクイラ王国に出向こうと思います。厚かましいお願いではありますが、取り次いで下さいませんか?」
「それは構いませんが…燃える水に何かあるのですか?」
クイラ王国に強い興味を示す指揮官に、カナタはそう問いかけた。すると、指揮官は心底嬉しそうな笑顔で告げた。
「その燃える水を使えば、より豊かになりますよ。無論、燃える水の使い方もお教えします。……それで、ロウリア王国はどのような国ですか?」
「む…?あぁ、ロウリア王国でしたな。ロウリア王国は亜人排斥を標榜する国家でして、隙あれば我々を滅ぼそうと画策しています。」
「えぇ、外務卿の言う通りです。現国王のハーク・ロウリア34世は即位直後は、穏健派で亜人排斥を取り止めようとした…との噂がありましたが、噂は噂でしかなかったようです。」
「亜人…外見的には重桜の方々に似通っていますわ。指揮官様、ロウリア王国との接触は避けた方がよろしいようです。」
「ふむ…フッドの言う通りだな。重桜の民に何かあれば長門も赤城も黙ってはいられないだろう。特に赤城は、下手をすればロウリア全土を焼け野原にしかねん。」
指揮官の口から出た物騒な言葉…そのアカギ、という人物はどれ程の力を持っているのか。その恐ろしさに鳥肌を立てるカナタとリンスイを気にする事無く、クワ・トイネ視察団の視察工程を指揮官とフッドは軽く確認していた。
次回は視察団の外務局員ヤゴウの日記になります