戦略(ガバガバ&テキトー)
──中央暦1639年10月9日午前9時、ロデニウス連邦首都クワ・トイネ──
ロデニウス大陸の三か国が一つとなって生まれたロデニウス連邦。その首都である旧クワ・トイネ公国の公都であったクワ・トイネ、そこに置かれた大統領府にて会議が始まった。
「それでは、『対パーパルディア皇国戦略会議』を開始します。」
外務省のヤゴウが開始を宣言する。
この場にはロデニウス連邦の上層部とアズールレーンの上層部が集まっていた。
まずロデニウス連邦からは、
・大統領カナタ(旧クワ・トイネ首相)
・首相アルヴ(旧クイラ国王)
・副首相ハーク・ロウリア(旧ロウリア国王)
・外務大臣リンスイ(旧クワ・トイネ外務卿)
・防衛大臣パタジン(旧ロウリア防衛騎士団将軍)
・産業大臣アラハム(旧クイラ鉱山局長)
等々…
そして、アズールレーンからは
・総指揮官クリストファー・フレッツァ
・陸軍司令官ノウ(旧クワ・トイネ西方騎士団長)
・海軍司令官シャークン(旧ロウリア海軍将軍)
・空軍司令官アルデバラン(旧ロウリア竜騎士団長)
・海兵隊司令官ザラーフ(旧クイラ海軍白兵戦部隊長)
・憲兵隊司令官モイジ(旧クワ・トイネ西部騎士団長)
等々が参加していた。その中には、ほとんど亡命しているような状況であるヴァルハルの姿もあった。
「皆も知っての通り去る10月4日、フェン王国襲撃の件を抗議しに赴いた特使がパーパルディア皇国の皇族、レミール氏の命令により殺害されました。」
カナタが改めて経緯を説明する。
「我々は、パーパルディア皇国を大きな脅威と捉えながらも可能な限り平和的な解決法を探ってきました。しかし、かの国は我々を文明圏外国だというだけで著しく外交儀礼を欠いた…いや、理性ある人間だとは思えない凶行をもって我々を従属させようとしています。」
カナタが今一度、会議の参加者を見渡す。
「我々はこれに対抗し、11名の命を奪った事を償わせなければなりません。最早、話し合いで解決出来るような事態は過ぎ去りました。局地戦…最悪、全面戦争は避けられません。よって、この戦略会議を開催した訳であります。」
そう言うと、指揮官を指名する。
「フレッツァ殿、先ずは我々の戦略目標を。」
「はい、では私から説明させていただきます。」
そう言って立ち上がり、タブレット端末を操作する。
「それでは皆様、お手元の端末をご覧下さい。」
指揮官の言葉に、会議の参加者がそれぞれが持っている端末の画面を見る。
「今回の戦略目標は第四文明圏構想参加国の防衛、かつパーパルディア皇国の拡大政策を挫く事にあります。」
端末の画面にフェン王国の地形図、そしてそこへ伸びる黒い矢印と、それに正面からぶつかるように青い矢印が伸びている。
「先ずは、フェン王国への侵攻を企てるパーパルディア皇国軍を迎撃します。パーパルディア皇国は自らの力に絶対的な自信を持っています。それを逆手にとります。」
画面の中で黒い矢印が青い矢印によって細切れにされた。
「かの国はその軍事力を背景に他国を見下しています。しかし、その武力を打ち砕く事により交渉のテーブルに着かせる…その足掛かりとなるのが今回のフェン王国防衛戦です。」
スッ、と防衛大臣パタジンが手を挙げた。
「フレッツァ殿、はっきり言ってパーパルディア皇国は一筋縄に行くような国ではありません。例えフェン王国にて敗北したとしても、それは海戦による局地的な敗北としか捉えないでしょう」
「パーパルディアが大陸国家だから…ですか?」
「はい。かの国は地竜リントヴルムを使役する術を得た事により、周辺国を侵略してきました。故に、陸軍には絶対的な自信を持っています。」
パタジンの言葉の通り、パーパルディア皇国は強大な陸軍により周辺国を飲み込んできた国だ。勿論、海軍も強力ではあるのだが海軍を殲滅でもしない限り此方の力を示す事は難しいだろう。
つまり海戦は勿論、陸戦でもパーパルディア皇国を圧倒する力を見せ付けなければならない。
「それは今回は難しいでしょう。何せ、陸戦部隊を上陸させてしまえば民間人に被害が及ぶ可能性があります。ですので…敗北条件は、"第四文明圏構想参加国本土への被害"と言っても過言ではありません。」
「そうなれば戦力を的確に割り振らなければなりませんな。」
指揮官とパタジンのやり取りを聞いていたヴァルハルが手を挙げて発言する。
「私から、一ついいか?」
「ああ、構わんよ。」
指揮官から発言の許可を得たヴァルハルは、すっかり慣れた手つきでタブレット端末をタッチペンで操作する。
「はっきり言って、皇国軍はフェン王国防衛戦で壊滅するだろう。それは間違いない。アズールレーンの戦力なら容易い事だ。」
「そこまで評価してもらえるとは…嬉しいねぇ。」
「あの軍港を見れば馬鹿でも分かるさ。」
茶化すような指揮官の言葉を、ため息混じりに受け流しながら端末を操作し続ける。
「そうなれば、交渉どころか正式に宣戦布告を突き付ける可能性が高い。パーパルディア皇国という国は武力の恐怖によって属領を統治しているからな。その武力が否定されるような事態になれば…」
「……確かにな。面子を保つ為にもやりかねん。」
ヴァルハルの操作により黒い矢印が次々に書き込まれる。
「そう、軍拡を進めて全力で潰しにかかるだろう。そして皇国の軍艦に必要な物は…」
「アルタラス王国か?」
「間違いないな。手っ取り早く魔石を調達する為に、アルタラス王国に攻め込む可能性が高い…いや、私見だが間違いないと思う。」
パーパルディア皇国の主力艦である魔導戦列艦や、ワイバーンロードを搭載する竜母は大量の魔石を使用する。
もし、パーパルディア皇国がアズールレーンを本気で潰す為に軍拡を行うのであれば、豊富な魔石埋蔵量を誇るアルタラス王国を侵略する事は容易に想像出来る。
勿論、普通に貿易をして魔石を入手するという手段を取る可能性もあるが、アルタラス王国はアズールレーン参加国…つまり本質的にはパーパルディア皇国の敵だ。それが露呈すれば間違いなく、アルタラス王国に侵攻してくるだろう。
そんな想定に指揮官は肩を竦める。
「戦争する為に戦争か…馬鹿か?」
「馬鹿だよ、あの国は。どうせ、短期間でアルタラスを落とせると思っているさ。ナイフを持ったスラム街のチンピラみたいなものだ。」
仮にも列強国をチンピラと評するヴァルハルの言葉に、会議の参加者が苦笑する。
「そうなればアルタラス王国防衛は確実か…あとは、敵艦隊の根拠地を叩く必要があるな…」
「なら、我輩の出番ですかな?」
海兵隊司令官のザラーフが顎髭を撫でながら身を乗り出して指揮官に問いかける。
アズールレーンの海兵隊は、参加国防衛の為に敵拠点の制圧や逆上陸を想定した軍団であり、その発足理念からすれば正しく彼らの出番とも言える。
だが、指揮官は首を横に振った。
「いや、港湾施設を艦砲射撃や空爆で破壊し洋上侵攻能力を削ぐ予定です。それでもこちらの要求を突っぱねるのであれば…」
「なるほど。では、我々は揚陸艇をより念入りに整備しておきましょう。」
指揮官の意味深な言葉に納得したザラーフが椅子に座り直した。
「もし、海兵隊の出番ともなれば現地での治安維持の為に憲兵隊の出番も必然となります。モイジ殿、その時はよろしくお願いします。」
「ああ、任せておけ。民兵なんかは厄介だからな。」
憲兵隊司令官モイジが自信満々に胸を張る。
アズールレーンは第四文明圏全体の軍隊である。つまりは、歴史に類を見ない巨大軍事組織である。
故に、戦闘部隊が暴走しないように…あるいは敵国侵攻の際に現地での治安維持活動を専門とする憲兵隊を組織したのだ。
「それでは、ひとまず大まかな流れを改めて整理しましょう。」
端末を操作しながら対パーパルディア皇国戦について改めて説明する指揮官。
「先ず、第一段階としてフェン王国防衛戦。これによりパーパルディア皇国が我々の力を知り、要求を飲むのであればこれが最善です。」
フェン王国に向かう黒い矢印が青い矢印によって細切れにされる。
「もし、要求が飲まれなかった場合はパーパルディア皇国の洋上侵攻能力を削ぐ為に軍港を中心とした港湾施設に攻撃を加えます。」
青い矢印がそのままパーパルディア皇国の沿岸部に向かう。
「それでも、彼らが交渉のテーブルに着かないのであれば…上陸し陸戦に持ち込む必要があるでしょう。」
青い矢印がそのまま、沿岸部から内陸部に進む。
「細かい事はこれから煮詰める事としましょう。先ずはフェン王国防衛戦後に予想されるアルタラス王国防衛についてですが……」
後に、この会議は世界のパワーバランスを激変させたとして語り継がれる事となった。
クイラ人ってアラブ系の名前で良いのだろうか