大和型は目玉だからまたまだですかね?
──中央暦1639年10月21日午前11時、フェン王国ニシノミヤコ沖合──
パーパルディア皇国が誇る、精鋭ワイバーンロード竜騎士隊12騎が間隔を広くとった編隊を組んで海上を飛行していた。
「これは……」
竜騎士隊を率いるチリーノは眼下の惨状に目を奪われていた。
主力艦隊より先行した竜母艦隊からの連絡が途絶えて3時間、主力艦隊の護衛として残っていた竜母より発艦した彼らは竜母艦隊の捜索を行っていた。
竜母艦隊が進んだであろう航路をなぞるように飛行していた彼らは、遂に竜母艦隊を発見した。
「何が…あったのだ…」
チリーノが声を震わせて呟く。
チリーノ以下、数名の竜騎士が釘付けになっている海面。そこには、大小の木材や青ざめた水死体、空の王者ワイバーンロードすら無様に溺死している。
その残骸の中で漂う一枚の布切れが視界に入った。
金のモールで縁取りが施されたパーパルディア国旗…皇国海軍艦隊の旗艦の証だ。
竜母艦隊の旗艦は最新鋭竜母ミールだった。そのミールが掲げるべき旗が波間を漂っているという事は…
「ぜっ…全滅だと!?」
周囲を見渡しても、必死に魔信で呼び掛けても味方艦は発見出来ない。
第三文明圏最強のパーパルディア皇国海軍が、文明圏外の蛮族相手に負けるはずがない。チリーノは余りにも想定外過ぎる自体に、パニックになっていた。
だが、一つの魔信が彼を現実に引き戻した。
《敵騎直上!数よ…ザーッ…》
頭が千切れんばかりに上を向いたチリーノ。その瞳に写ったものは、太陽を背にして急降下する4つの影だった。
──同日同空域、高度7000m付近──
──ブーン……
高空の澄んだ空気の中、4機のワイルドキャットが菱形の編隊を組んで飛行していた。
「こちら、ドラグーン1。皆、疲れてないか?」
編隊の先頭を飛ぶ小隊長機に搭乗するマールパティマが、酸素マスクに取り付けられた無線機のマイクを使って部下に話し掛ける。
《こちら、ドラグーン2。さっきは爆弾を落としただけですからね。まだまだ、やれますよ!》
《ドラグーン3。ワイバーンと比べたら楽な飛行ですよ。》
《ドラグーン4です。大した疲れはありません。》
小隊全員が頼もしい返事をしてくる。それに満足そうに頷いたマールパティマ。
そんな彼の目が、低空を飛ぶ黒い影を捕らえた。
「全機、下方10時の方角に敵騎らしき機影を確認。」
《ドラグーン2、了解。》
《ドラグーン3、了解。確認した。》
《ドラグーン4、了解。》
4機のワイルドキャットが、機体をバンクさせて左へ旋回する。
「ひぃ…ふぅ…みぃ……12騎か。一人あたり、3騎だな。」
《では、隊長はエースになれますね。》
《統一戦争で3騎撃墜…でしたかね?》
《エースパイロット認定は…5騎以上撃墜。なら、今回で達成ですな!》
部下が囃し立てる中、マールパティマはあくまでも冷静だった。
「戦果を求め過ぎると痛い目を見る…と、聞いた。あくまでも、訓練通りやるぞ!」
《了解!》
4機のワイルドキャットが横並びの編隊となって一斉に急降下する。
先ずは高高度から急降下し、一斉射を加えて敵編隊を乱す。
──ブゥゥゥゥゥウウウウウン!
4機の翼を持つ山猫が、己の縄張りを侵した愚かな空を飛ぶトカゲに襲い掛かる。
何かに気付いたのか、竜騎士が此方を向く。もう遅い。
──ダダダダダダダダダダダダッ!
1機あたり6基の12.7mm機銃が一斉に火を噴く。合計24門の銃口からシャワーの如く鉛の雨が降り注ぐ。
曳光弾が作り出す光のラインが、まるで槍のように竜騎士ごとワイバーンロードを貫いた。
血の尾を曳いて墜ちて行く人と竜…それは、これから始まる空戦の行く末を象徴しているかのようだった。
──初撃より5分後、同空域──
《ダメだ!逃げられな…ザーッ…》
また一人、戦友が叩き落とされた。
チリーノは完全にパニックに陥っていた。
12騎のワイバーンロード、これだけの戦力があれば例え100騎のワイバーンが相手でも圧勝出来るはずだ。
だが、彼らの相手はたった4騎…圧勝どころか、勝負にすらならない戦力差であるはずだった。
しかし、現実はどうだ。
《来るな!来るな!……ダメだ、逃げられない!》
──ダダダダダダダッ!
《ガッ……!ザーッ……》
空の王者たるワイバーンロードが得体の知れない飛竜に追い回され、成す術もなく撃墜されて行く。
チリーノは海面スレスレを飛んでどうにかやり過ごしてはいるが、この手が正解なのかは分からない。
──ギャオォォォォォォォン!
空にワイバーンロードの雄叫びが響く。
1騎が敵騎の背後をとったようだ。首を真っ直ぐに伸ばし、導力火炎弾を放とうとしている。
やった…あれは間違い無く直撃コースだ。導力火炎弾が直撃して墜ちない者なぞ無い。
だが、現実は彼らの希望を容易く打ち砕いた。
──ブゥゥゥゥゥゥン……
敵騎が奇妙な鳴き声を上げると急上昇した。余りにも急角度を付け、尚且つ常識外れの速度であった為、竜騎士は敵騎が消えたように見えた。
だが、離れた場所から見ていたチリーノには、はっきりと見えていた。
「逃げろぉぉぉぉぉ!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。だが、何もかもが遅い。
急上昇した敵騎は背面飛行の後、捻りを入れて急降下、瞬く間にワイバーンロードの背後をとった。
──ダダダダダダダッ!
ワイバーンロードの翼が千切れ、竜騎士の頭が熟した果実のように弾ける。
最強の竜騎士が…空の王者たるワイバーンロードが…まるで、ゴミのように成す術も無く叩き落とされる。
「無理だ…勝てる訳が無い……」
そう判断したチリーノは直ぐ様、主力艦隊の方向へと逃げようと試みた。
だが、それでも死神は決して彼を見逃そうとはしなかった。
──ブゥゥゥゥゥゥン……
来る。あの奇妙な鳴き声が背後に迫る。
ワイバーンロードが羽ばたく音、自らの荒くなった息の音すら掻き消すような威圧的で、無機質な音。
それは、まるで処刑人が歩む足音のように思えた。
──ブゥゥゥゥゥウウウウウン!
来る。斧を携え、覆面を被った処刑人が驕り高ぶったパーパルディアの首を落とさんと歩いて来る。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
どうにか逃れようと急上昇し、振り切ろうとしたチリーノ。急速に高度が上がる中、水平線の向こうに何かが見えた。
(何だ…島が…動いて……いや、船か!?)
現実逃避のような思考。だが、チリーノは見た。
動く島のような巨大な船…その数、凡そ20。
殆ど反射的に魔信を手にした。
「敵艦隊発見!超大が…」
──ダダダダダダダッ!
「たっ……」
チリーノは間違い無く優秀だったのだろう。こんなにも危機的状況ながら、味方に情報を伝えたのだから。
だが、死神は彼の心臓を掴んで離しはしなかった。
──同時刻、同空域──
「残り1騎だ。俺が貰ってもいいか?」
《ドラグーン2、構いませんよ。》
《こちら、ドラグーン3。これで合計7騎撃墜ですか。》
《ドラグーン4。弾を使い過ぎました…隊長にお任せします。》
部下達から許可を得たマールパティマが、海面スレスレを飛行するワイバーンロードに狙いを定めた。
最早、残るはあの1騎のみ。上空の警戒は部下に任せて、敵騎を追う。
──ブゥゥゥゥゥゥン
低空になると空気抵抗により、最高速度が若干落ちてしまう。それでも450km/h以上の速度は軽く発揮出来る。
最高速度が350km/hのワイバーンロード相手なら十分過ぎる。
──ブゥゥゥゥゥゥン!
エンジン音が響き、徐々にワイバーンロードに近付いて行く。
ガラス板に投影された照準の中心に、敵騎を合わせて操縦悍のトリガーを引く……が、敵騎は急上昇し逃れた。
しかし、慌てるような事ではない。
操縦悍を引いて、こちらも急上昇する。1200馬力にもなるエンジン出力は重力を振り切り、敵騎に易々と追い付く。
気を取り直し、トリガーを引く。
──ダダダダダダダッ!
機体に反動が伝わり、4発に1発の割合で装填されている曳光弾の軌跡が照準器越しに敵騎を貫く様子が見えた。
──ガチッ!
トリガーから違和感が伝わる。
計器を見ると、機銃の残弾が0になっていた。
「敵騎撃墜、俺も弾切れだ。帰還しよう。」
《ドラグーン2、了解!》
《ドラグーン3、了解。隊長、勲章モノですね。》
《ドラグーン4、了解!俺はあと1騎でエースなんですがねぇ…》
空を制した山猫は、再び菱形の編隊を組んで来た空路を戻って行った。
(装弾数と反動が気になるな…帰還したら上申しておこう。)
マールパティマはそんな事を考えながら、水平線の向こうにある母艦へと向かった。
後に、マールパティマはロデニウス連邦初のエースパイロットとして末永く軍事資料に名を残す事となった。
原作で1話しか出ていないマールパティマさんを覚えている人はどれ程居るのだろう