異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

55 / 253
これが今年最後の投稿ですね

大晦日ぐらいゆっくりします


53.Exile

──中央暦1639年10月27日午前10時、パーパルディア皇国皇都エストシラント、カイオス邸──

 

海の見える小高い丘に軒を連ねる邸宅の一つ、元第三外務局長カイオスは書斎で頭を抱えていた。

 

「これは…事実なのか?」

 

カイオスが隻腕の密偵に問いかける。

すると、密偵は頷いた。

 

「はい、間違いありません。ロデニウス大陸からムーへと船が何隻も出ています。そして積み荷は…」

 

ロデニウス大陸に潜入した他の密偵が撮影した魔写を取り出す。

そこには、ムー国旗を掲げた商船に翼と風車が付いた樽のような物が積み込まれている様子が写し出されていた。

 

「まさか…飛行機械か?」

 

「ムーの物と似ていますし…ミリシアルの天の浮船とも似ています。」

 

「しかもムーからの船ではなく、ムーへの船とは…つまり、ロデニウス大陸はムーへ飛行機械を輸出している…と、いう事か…」

 

局長の座から追いやられたカイオスは、増えた空き時間を利用して情報収集に力を注いでいた。

元々、実家が豪商であり、多くの貿易商と繋がりがあるカイオスがその気になれば多くの情報を集める事が出来る。

そうやって集めた情報…玉石混淆なそれらを精査し、纏めた結果がこれだ。

 

・ロデニウス大陸で活動している勢力はアズールレーンである。

・そのアズールレーンは優れた技術を持ち、多くの国に技術をばら蒔いている。

・アズールレーンが保有する兵器は、ムーや神聖ミリシアル帝国の兵器に近しいものである。

・そのような兵器をムーへ輸出している。この事から、アズールレーンの兵器はムーの物より優れている可能性が高い。

・はっきり言って、パーパルディア皇国の軍事力では勝てない。

 

と、いったものだった。

 

「不味いな…皇国の現状からして、アズールレーンの力を理解しているとは思えん…」

 

とっくに皇国上層部に失望していたカイオスからすれば、皇国上層部がどうなろうと構わない。

しかし、そのせいで多くの兵士や市民が犠牲になるのは見過ごせない。

だが、局長の座を追われた自分がいくら警告したところで聞き届けられるとは思えない。

 

──ピーッピーッピーッ

 

カイオスが頭を捻っているなか、机に置いた魔信が受信を報せる音を響かせた。

 

「私だ。……何!?それは本当か!?」

 

応答したカイオスは数回のやり取りの後、驚愕の声と共に望遠鏡を手に取ると、それを海に向ける。

 

「……フェン王国侵攻艦隊が敗北したそうだ。しかも、壊滅したらしい。その件でアズールレーン関係者が、フェン王国船で来訪したようだ。」

 

そう言いながら、密偵に望遠鏡を渡して海を見るように指示する。

 

「あの船…お前に調査を頼んだ船か?」

 

「はい、舳先が青く塗られています。間違いないかと。」

 

カイオスは密偵の言葉に頷くと、黒いローブを羽織った。

 

「そうであれば、あの男…クリストファー・フレッツァが居るかも知れん。会談終了を見計らって交渉してくる。」

 

「交渉…とは?」

 

怪訝な表情で問いかける密偵にカイオスは頷いた。

 

「亡命だ。我々…凡そ500名の亡命を交渉する!」

 

「カイオス様だけではなく、我々もですか?」

 

「いざ戦争となれば、体の不自由なお前達は逃げ遅れてしまう。……皇国より見放された者をこれ以上、不幸な目に会わせる訳にはいかんのだ!」

 

そう言いながら、フードを被ったカイオスは扉を開けながら密偵に指示を出した。

 

「皆にも伝えておいてくれ。何時でも亡命出来るように準備せよ、とな。」

 

慌ただしく書斎を後にするカイオスの背中に、密偵は頭を下げた。

 

 

──同日、エストシラントの通り──

 

「最低限のルールすら否定するとは…やはり、獣か。」

 

ガタガタと揺れる馬車の中で、サン・ルイが吐き捨てるように呟く。

規律を重んじる彼女からすれば、パーパルディア皇国…レミールの態度は唾棄すべきものだろう。

そんなサン・ルイの横で、指揮官が指に絡まったレミールの髪をほどきながら応える。

 

「負ける、なんて思ってないんだろう。もう2回も負けてるって事実からは目を反らして…な。」

 

ほどいた髪の毛を、普段から持ち歩いているパスケースに挟む。

 

「それにしても高慢過ぎる……やはり…」

 

──ガタンッ!

 

サン・ルイが言いかけた瞬間、馬車が急に停まった。

この馬車を操る御者は、明日にでもポックリ逝きそうな老人だった。

もしや、こんな往来で急死してしまったのかと慌てて指揮官が馬車の扉を開けて御者の生死を確かめようとしたが…

 

「あんれまぁ~飛び出しちゃ、危ないべ~」

 

フガフガと、呑気に話す御者。その視線の前には黒いローブを羽織り、深くフードを被った者が居た。

 

「刺客かっ!」

 

サン・ルイが指揮官を庇うように前に出ると、籠手で覆われた手を握り締めた。

サン・ルイのKAN-SENとしての力を振るえば、拳の一振りで人命を奪う事なぞ容易いだろう。

だが、指揮官がサン・ルイの前に手を差し出して動きを制した。

 

「いや…あれは…」

 

黒いローブの人物が馬車に近付いてくると、フードを取った。

 

「失礼、私だ。"元"第三外務局長のカイオスだ。」

 

「カイオス氏?」

 

憔悴したような顔付きになっているカイオスの様子に、サン・ルイが目を見開いて驚く。

 

「時間が無いので単刀直入に言う。我々、凡そ500名を貴国に…サモアに亡命させてくれ。頼む……!」

 

突拍子もない願いを口にしながら、頭を下げるカイオス。その様子にサン・ルイは戸惑ったように、指揮官に視線を送る。

 

「……カイオス殿。いきなり過ぎて理解出来ないのですが?」

 

「貴国…アズールレーンには少なくともムーを凌ぐ技術力があるのだろう?事実、皇国海軍を破った事も耳にしている。おそらく…皇国はアズールレーンに宣戦布告をしたのだろう?」

 

「まあ、宣戦布告は此方からしましたがね。」

 

「どのみち、戦争になれば飛行機械や軍艦でエストシラントにも攻撃が及ぶだろう…そうなれば、私が保護している傷痍軍人達は逃げ遅れてしまう。頼む…皇国に見捨てられた彼等だけでも…」

 

再び頭を下げて懇願するカイオスに指揮官は思考する。

ヴァルハルの生い立ちの話からして、パーパルディア皇国は傷痍軍人や戦死者への補償が十分ではないようだ。

それに当てはめて考えてみれば、カイオスはそんな傷痍軍人達を保護している、比較的マトモなパーパルディア人とも言える。その上、アズールレーンの力を理解している有能な人物だと言ってもいいだろう。

そして…後々、使えるかもしれない。そう考えた指揮官はカイオスに向かって口を開いた。

 

「良いでしょう。ただし、パーパルディア皇国についての情報を頂きますよ。」

 

「あぁ、構わない。私が知る事なら全て話そう。……これを。私が持つ魔信の周波数だ。」

 

ホッとした様子のカイオスが懐から紙切れを取り出して指揮官に渡す。

 

「では、詳しい話は魔信で…貴方が賢明な"ロト"である事を祈りますよ。」

 

そう言って、年老いた御者し指示して再び馬車を走らせる指揮官。

走り去る馬車を見送ったカイオスは、安心感からかその場にへたり込んでしまった。

 

 

──同日深夜、エストシラント郊外の邸宅──

 

とある小さな屋敷の中を歩く隻腕の男…カイオスに仕える密偵が、暗い廊下を歩いていた。

この屋敷はかつてとある子爵の所有物だったが、その子爵が不正を働いたため罰として没収された物だ。

現在は、皇族の持ち物となっているが皇族の住まいとしては相応しくない、と判断されたのか誰も気にしていない。

しかし、使われていないという訳ではない。

 

──コンコンッ

 

「お嬢様、失礼します。」

 

密偵がとある一室をノックすると、部屋の主に扉越しに声をかけた。

 

「……どうぞ…」

 

まるで息を強く吐きながら話しているかのような違和感のある声。だが、密偵は気にせず扉を開けて足を踏み入れる。

 

「お嬢様、カイオス殿はアズールレーンへの亡命を決意しました。……我々と共に、です。」

 

パチパチッ、と暖炉で燃える薪が弾ける。

炎で照らされた人物…簡素な寝間着を来た女性が密偵の方を向いた。

白い肌に、長い銀髪…だが、その顔は絹で作られた仮面に覆われていた。

 

「そう…ですか。……見知らぬ地ですが、頑張って下さいね。」

 

相変わらず、乾いた息を吐き出しているような声だが、慈悲に満ちた優しげな声で密偵に語りかける。

 

「お嬢様、貴女も共に…」

 

密偵の言葉に、女性は頭を横に振った。

 

「いえ、私は受け入れられないでしょう…何故なら私は……」

 

女性の言葉を遮るように、密偵が口を開いた。

 

「アズールレーンの者は理性的、だと聞いています。お嬢様の生い立ちを話せばきっと……」

 

今度は、女性が密偵の言葉を遮った。

 

「いいえ、私は皇族。そして、あの人の……レミールの…」

 

絹の仮面をずらし、目元を見せる。

 

「妹…なのですから。」

 

仮面の下から現れた素顔…目元だけだったが、それだけでもレミールと瓜二つだった。

 




今回、登場した新キャラのアイデアは東海様より頂きました
ありがとうございます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。