異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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58.鎚と鉄床

──中央暦1639年11月12日午前8時、アルタラス王国北東130km沖合い──

 

パーパルディア皇国海軍は大混乱に陥っていた。

ワイバーンロードを易々と引き離す速度の未確認騎の存在もそうだが、その未確認騎から飛び降りてきた人影が戦列艦を凌駕する巨大艦となった事なぞ彼らの常識の外であった。

 

「アルカオン提督!あれは何ですか!?」

 

艦隊の後方へ双眼鏡を向けたダーズが半狂乱になりながらアルカオンに問いかける。しかし、アルカオンはどうにか冷静を保ちながら指示を飛ばした。

 

「落ち着け!奴らは有利な位置を陣取ったが、僅か5隻!落ち着いて陣形を……」

 

そう、アルカオンが言った瞬間だった。

敵艦隊の内の一回り大きな艦が一瞬、ピカッと光った。

それとほぼ同時に、最後尾の戦列艦が火の玉に包まれ…

 

──ズゥゥゥウン!

 

腹の底から響くような爆発音が聴こえた。

大量に積み込んでいた砲弾が誘爆したのだろう。戦列艦は火力こそ優れているが、被弾には弱い。故に装甲…対魔弾鉄鋼式装甲による防御を施している。

この防御を貫ける兵器は第三文明圏には存在しない…はずだった。

 

「まっ…まさか!ムーの回転砲塔か!?」

 

アルカオンはその正体に気付いた。

良く見れば、敵艦は全て長砲身を搭載した回転砲塔を数基装備しているではないか。

アルカオンが驚愕している間にも、再び敵艦…その周囲に展開している4隻の一回り小さな艦の砲が瞬いた。

 

──ズゥゥゥウン!ズゥゥゥウン!ズゥゥゥウン!

 

「戦列艦『ヂューバ』『トラウホ』『マーゼット』轟沈!」

 

見張り員が発する悲鳴のような報告が甲板上に響き渡る。

そうしている間にも敵艦は次々と発砲し、此方の艦隊を沈めている。

 

(馬鹿な…装填が早すぎる…!)

 

射程に優れ、装填速度も異次元の早さ…そうなれば数の有利なぞ意味は無い。

ひたすらに射程外から一方的に撃たれるだけだ。

だが、如何に優れた砲を持っていようが空中を縦横無尽に飛行するワイバーンロードに対しては無力なはずだ。

そう考えたアルカオンは、通信士から魔信をひったくり竜母に指示を出す。

 

「竜母は全騎を飛ばせ!」

 

《ぜっ…全騎ですか!?》

 

「敵艦を速やかに排除出来なければ、損害は拡大し続ける!全力で、敵艦を攻撃せよ!」

 

《了解!》

 

竜母がワイバーンロードを発艦させる為に帆を畳み、準備を進める。

だがそれを待ってくれる程、敵艦は甘くなかった。

 

──ズゥゥゥウン!

 

「竜母『アルドス』轟沈!」

 

足を止めた竜母なぞ的にしかならないだろう。事実、早速竜母が一隻轟沈した。

 

「竜母を守れ!竜母が壊滅すれば、被害が拡大する!」

 

「竜母『ドルバー』被弾…ダメです!転覆します!」

 

アルカオンが指示を出している間にも、竜母が被弾し沈んでしまう。

それでも各々の戦列艦が竜母を庇うような輪形陣を組んでいく様は、流石は列強国の艦隊とでも言おうか。その練度の高さが伺い知れる。

 

──ズゥゥゥウン!

 

「戦列艦『アシャーバ』轟沈!」

 

アルカオンが想定した通り、敵艦より放たれた砲弾は戦列艦に直撃した。

勿論、一隻足りとも沈まないのが理想だが、戦略的な重要性は竜母のほうが高い。竜母一隻で戦列艦十隻分以上の価値がある、と言っても過言ではない。

故に、多少の戦列艦は犠牲にしてでも竜母を守る必要があるのだ。

 

(とりあえず竜母は守れるか…)

 

アルカオンが心を圧し殺しながら、戦場の残酷な損得勘定をしていると竜母よりワイバーンロードが次々と飛び立った。

竜母一隻につき18騎前後のワイバーンロード、つまり約500騎のワイバーンロードがたった5隻の艦隊に襲い掛かるのだ。

如何に巨大でも、優れた砲を持っていようがこの物量の前には意味を成さない…そう考えたアルカオンは、安心感からか一息ついた。

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥウン…

 

しかし、アルカオンは吐き出した息を再び飲み込む羽目になった。

自らの背後から聴こえる聴き慣れない…そして、先程聴いた音。

無機質な羽ばたきの交響曲…それは紛れもなく、自分たちの耳に捩じ込まれる鎮魂曲となるだろう。

錆び付いたブリキ人形のようにぎこちなく振り向いたアルカオンとダーズ、そして多数の兵士達の目に写ったのはアルタラス王国方面から飛来する多数の複葉機と、威嚇するように凶暴な鮫の口が描かれたフリゲート艦隊の姿だった。

 

「や……やられた!」

 

パーパルディア艦隊が後方に現れた敵艦隊に釘付けになっている間に、アルタラス王国から出撃した艦隊と航空部隊が退路を塞ぐ。

そう、パーパルディア艦隊は前進も後退も出来なくなってしまったのだ。

それでも、圧倒的物量を誇るパーパルディア艦隊。

皇軍が負けるはずがない…、そう信じている彼らはこの後、絶望のドン底に叩き込まれる事になるのだ。

 

 

──同日、同海域上空──

 

陽光に翼を煌めかせながら空を行く40機の複葉機。

4機ずつのダイヤモンド編隊を組み合わせて巨大なダイヤモンド編隊を組んだアルタラス王国空軍だ。

その内の先頭を行く複葉機…『ハルファノ戦闘爆撃機』に搭乗する第一騎士団長ライアルが無線機を使い、全機に指示を出す。

 

「こちらアルタラス1、敵艦隊を捕捉した。アズールレーン艦隊に釘付けになっているようだ。攻撃隊は竜母を優先して狙え。」

 

《了解!》

 

全機から勇ましい了解の言葉の後、別の回線から通信が来た。

 

《それでは私は空に上がったワイバーンロードの相手だな?年甲斐もなく、腕が鳴る!》

 

「陛下、あまり無茶はなさならいで下さい。」

 

《これこれ、今の私はアルタラス0であるぞ?》

 

「……失礼致しました。」

 

《良い。部隊長はそなた…アルタラス1であろう?もっと胸を張り、私に命令しても良いのだぞ。》

 

「そうであるならば退却を…」

 

《出来ぬ!我が娘が最前線に居るというのに、尻尾を巻いて逃げるなぞ出来ぬ!》

 

通信相手の言葉に苦笑するライアル。

そう、彼の通信相手はアルタラス0ことターラ14世…つまり、アルタラス王国の国王だ。

何故、一国の王が戦場に出ているか?それには理由がある。

アルタラス王国は古くから魔石採掘が主要産業であった為、領土を失う事の重みが他国よりも重いのだ。

故に、国土防御の為に命を懸ける兵士の模範となるため王族の男子は兵役に就く事が義務とされていた。

そして、現国王のターラ14世は王太子時代はワイバーンに騎乗する竜騎士であった。

その経験から同じく空を飛ぶ飛行機にあっという間に慣れる事が出来た為、自らもアズールレーンによる教導を受けたのだ。

 

「総員、聞け!」

 

武闘派な自国の王族に頼もしさと、微妙な呆れを覚えながら再び無線機を取るライアル。

 

「パーパルディア皇国は我が国に対し理不尽な要求を突き付け、このような大艦隊を以て侵略を企てている。これを許せば美しいアルタラス王国が薄汚い皇国により汚されるのだ!」

 

無線機からは異口同音に、パーパルディア皇国への怒りの声が聴こえる。

アルタラス王国に対し突き付けられた要求は、兵士達に広く知られていた。

美しく、民を思うルミエスの奴隷化を要求する皇国への怒りは、そのまま高い士気に繋がったのだ。

 

「そして、我々の親しい友人であるアズールレーンの関係者が皇国により殺された!これは弔い合戦であり、我々の怒りだ!」

 

コックピットのキャノピーを開けて、天に向かって拳を突き上げる。

すると、全機がそれに習い同じく拳を突き上げた。勿論、ターラ14世もだ。

 

「皇国に!裁きの鉄槌をぉぉぉぉ!」

 

《ウオォォォォォォオ!》

 

《アルタラス王国をナメるでないわぁぁぁぁぁぁぁ!》

 

全員が雄叫びを上げて、急降下して行く。

飛び立ったばかりで上昇途中にあったワイバーンロードに12.7mm機銃を撃ち込む。

 

──ドダダダダダダッ!

 

──グギャァァァァァ……

 

竜騎士ごと撃ち抜かれたワイバーンロードが海へ叩き落とされた。

 

──バシュッ!バシュッ!

 

──バンッ!ズゥゥゥウン!

 

対艦攻撃部隊が発射した3インチロケット弾が竜母の甲板を突き破り、遅延信管により内部で爆発する。

素早く戦場を見渡すライアル。最優先目標である竜母は既に多数が轟沈している状況にあるが、あと5隻程残っている。

それを確認したライアルは、自機の主脚の間に搭載した20mmガンポッドを使い無力化を狙う。

一撃で轟沈とはいかないだろうが、飛行甲板や内部を破壊出来ればワイバーンロードを運用する事は不可能となるだろう。

 

──グギャァァァァァ!

 

残った竜母に向かうライアル機の背後に1騎のワイバーンロードが張り付いた。

ハルファノの運動性を以てすれば簡単に撃墜出来る。故に、操縦桿を引いて宙返りをし、逆に背後をとってやろうとしたがそれは叶わなかった。

 

──ドダダダダダダッ!

 

太陽を背に急降下してきた友軍機が前方斜め上からワイバーンロードを撃ち抜いた。

 

「すまん、ありがとう!」

 

礼を言ったライアルだったが、低空で宙返りし再び上昇してきた機体から通信が来た。

 

《うむ、余計なお世話であったか?》

 

「へっ…陛下!?」

 

《良い、今は竜母に集中せよ。》

 

「ぎょ……御意!」

 

ターラ14世の言葉に背中を押されるようにフルスロットルで竜母に向かい、緩降下しながら照準器に竜母の飛行甲板を捉えて、トリガーを引いた。

 

──ドンッドンッドンッドンッ!

 

20mm弾が木製の甲板を砕き、穴だらけにして行く。最早、ワイバーンロードを運用する事は出来ないだろう。

再び戦場を確認すれば、僅かに生き残った竜母も無力化されている。

それを確認したライアルは警戒の為の2個飛行小隊を残し、残りは各種弾薬を再装填するためにルバイル基地へ一旦帰還した。

 




書き貯め?
宵越しの話は持たねぇ(江戸っ子)

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