異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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とりあえず、書きかけたまま放置されていた話を仕上げて繋ぎに使う


別に読まなくても大丈夫な奴です


番外編1.Desperado

──新暦168年7月3日、ユニオン国内特別刑務所『トライアングル・ストーン』──

 

ユニオンの砂漠地帯、その真っ只中に巨大な構造物があった。

空から見下ろせば三角形をしており、高さ20m、一辺の長さ300m程もある巨大な建造物だ。

周囲には5mの高さと有刺鉄線を持つフェンスが三重に張り巡らされており、等間隔に監視塔が建っている。

ここは、ユニオン国立特別凶悪犯収容刑務所…通称『トライアングル・ストーン』である。

そんなコンクリート打ちっぱなしの建物の中を、重苦しい軍服を着た初老の男性が御付きの武官を伴って看守の先導で歩いていた。

 

「随分と暑いな…」

 

初老の男性…ユニオン海軍中将『ジョセフ・アンダーソン』がハンカチで額に浮いた汗を拭う。

それに対し、看守が答えた。

 

「冷房はあるのですが…いかんせん、面積の割に貧弱な設備なので。」

 

「いかんな。これでは受刑者が死んでしまうぞ。」

 

「この刑務所に居る連中は、最低のろくでなしばっかりですよ。死んでも誰も悲しまない…そんな奴らです。」

 

「この国にはどんな悪人にも人権はある。…所長に冷房を入れ替えるように具申せねばな。」

 

中将が看守の言葉を嗜めている間にも、目的の部屋の前にたどり着いた。

 

「クリストファー・フレッツァ。年齢は21、逮捕時は19だったので2年間収容されています。罪状は、20件の殺人に麻薬の密輸と密売、酒税法違反に放火…裁判では死刑が言い渡されていましたが…」

 

「『適性』があった為、執行は保留…か。」

 

「はい。…中将閣下、はっきり言って奴はろくでなし中のろくでなしです。奴以上の罪状の持ち主はこの刑務所に10人しか居ません…しかも、初めて殺人を犯したのは13の時…」

 

看守が中将を引き留めようとするが、中将は看守の言葉を遮った。

 

「彼の経歴は既に熟知している。それを知った上で、ここに居るのだよ。」

 

「……大人しくしていますが、凶悪犯である事に違いはありません。お気をつけて。」

 

看守が念押しの言葉を告げながら、扉を開ける。

扉の先は、廊下と変わらないコンクリート打ちっぱなしの灰色の空間だった。

だが、その空間を二つに分けるように強化ガラスと鉄格子の仕切りがあり、その前に書き物机と椅子が置かれている。そして、書き物机には電話の受話器が置かれていた。

仕切りの反対側も同じだった。

 

「彼が…」

 

中将がポツリと呟いた。

反対側の椅子に座っているのは、大柄な若い男だった。

くすんだ金髪に、彫りの深い顔立ちにギラついた青い瞳、無精髭を生やしてオレンジ色のツナギを着ている。その後ろには、警棒を持った看守がやや距離を置いて二人立っている

その荒んだ雰囲気に一瞬気圧されるが、気を取り直して椅子に座り受話器を取る。

反対側の男もそれに習い、手錠で繋がれた手で受話器を取る。

 

「初めまして、私はユニオン海軍中将のジョセフ・アンダーソンだ。君は、クリストファー・フレッツァでいいかな?」

 

強化ガラスと鉄格子の向こう側で男が怪訝そうな表情を浮かべつつも答えた。

 

《軍人が何の用だ。》

 

「まあ、単刀直入に言えばクリストファー…長いからクリスと呼ぶが、君をスカウトしに来た。」

 

それを聞いたクリスは鼻で笑った。

 

《ここにぶちこまれる前は、色んなマフィアやらテロリストからスカウトを受けた。だが、軍からのスカウトは初めてだ。……あれか?地雷処理でもやらせたいのか?》

 

「海軍は地雷処理はしない、機雷処理はするがね。…君には、とある艦隊を指揮してもらいたい。」

 

《──ガチャッ!》

 

受話器が乱暴に置かれた。

話を聞くつもりは無いのだろうか。椅子から立ち上がろうとするも…

 

──ガタンッガタンッバンッ

 

二人の看守により再び椅子に座らされた。警棒で叩かれ、受話器を無理矢理耳に押し当てられる。

分厚い強化ガラス越しに聴こえる程の音に驚く中将だったが、看守達にジェスチャーで止めるように指示する。

それに対し看守達はクリスを離して、クリスは渋々と受話器を持った。

 

「大丈夫かね?」

 

《俺が艦隊を指揮だと?もうボケたか…俺はただの無法者だ。》

 

「勿論、普通であれば無理だ。だが…君にしか出来ない仕事だ。」

 

《犯罪者しか出来ない仕事か?》

 

「違う、君にしか出来ない仕事だ。」

 

受話器越しにため息が聴こえる。

 

「君にはKAN-SENによる艦隊の指揮をお願いしたい。」

 

《KAN-SEN…あの女の形をした連中か?》

 

「そう、彼女達を指揮する為には特殊な適性が必要だ。これは、我が国でも二人…君を含めて三人しか持っていない適性だ。」

 

《だからと言って、俺みたいな犯罪者を使うのか?随分追い詰められてるようで。》

 

クリスの煽るような返答に、中将は重々しく頷く。

 

「そうだ、我々は追い詰められている。君の力を借りねばならない程に…な。」

 

《俺の知ったこっちゃ無い。》

 

それに対し、中将は予想していたように武官に手を差し出した。

そうすると武官は一枚の紙を中将に渡した。

 

「これは契約だ。君は死刑宣告を受けているが、この契約を結んでくれるのであれば一つ下…禁固1420年に引き下げよう。」

 

中将はその紙を見せながら、クリスに交渉する。

 

《どのみち死ぬまで出られねぇじゃん。》

 

「いや、君が指揮した艦隊の戦果により刑期を減らそう。セイレーン艦の内、駆逐艦と軽巡洋艦の撃沈で一ヶ月、重巡洋艦と軽空母は半年、戦艦と空母は一年…そして、上位個体と呼ばれるセイレーンの撃沈は50年、それだけ減刑しよう。」

 

《素人に艦隊指揮なんざ出来る訳が無い。端から無理な話だ。》

 

「勿論、我々が君を教育しよう。出来る限りのサポートは保証する。」

 

《……正気か?》

 

「いい返事を期待する。」

 

そう言って、受話器を置く中将。

それを見た看守達が、クリスを乱暴に押さえ付け面会室から連れ出した。

 

 

──新暦168年8月11日、ユニオン海軍キトサップ基地──

 

キトサップ半島と呼ばれる半島に建設されたキトサップ海軍基地、その一角にある桟橋に二人の少女が腰掛けていた。

 

「時間は過ぎてるが…来ないな。」

 

遠くに見える時計台を見て呟く浅黒い肌に茶髪で片目を隠したKAN-SEN『ノーザンプトン』

 

「なの~…まさか、ドタキャンかな~?」

 

長い茶髪に、ヘッドフォンを装着したKAN-SEN『ロングアイランド』の二人だ。

二人は新たな指揮官の初期艦となるように指示されたのだが、予定より1時間以上遅れているのだ。

 

「ドタキャンな筈はない。指揮官適性のある人間は数少ない…軍により行動は監視されて…」

 

──ブロロロロ…

 

そんな二人の近くに白塗りの装甲車がやって来た。

デカデカと『MP』と描かれた車体は間違い無く、憲兵隊のものだ。

 

「降りろ。彼女達が、お前の艦隊に初めて所属する事となるKAN-SENだ。」

 

強面の憲兵が降りてくると後部ドアを開けて、乗っている者に降りるように指示する。

そこそこ整えた金髪に、髭は剃られて、真新しい軍服を着ている。そして、両手には手錠を掛けられている。

 

「クリストファー・フレッツァだ。お前達がKAN-SENって奴か?」

 

手錠をガチャガチャと鳴らしながら、鋭い目付きで二人を見据えるクリス。

その視線に思わず体を震わせる二人だが、名乗られたからには名乗り返さなければならない。

 

「重巡洋艦ノーザンプトン級のネームシップ、ノーザンプトンだ。あなたが指揮官…でいいのかい?…よろしく。」

 

「護衛空母のロングアイランドなの~…指揮官さん~…どうかお手柔らかに、なの~…」

 

二人のKAN-SEN、その心の声が一致した。

 

((あ、これ危ない人だ。))

 

クリストファー・フレッツァという指揮官の始まりは、最悪なものであったと言えるだろう。

 

 

──中央暦1639年11月12日午前10時、サモア基地指揮官室──

 

「……きか……しき……指揮官…指揮官!」

 

肩を揺すられて目が覚めた。

少しぼやける視界に映るのは二人のKAN-SEN…最初期より艦隊を支えてきた最古参の二人、ノーザンプトンとロングアイランドだった。

その内のノーザンプトンが指揮官の肩を掴んで揺すっていたのだ。

 

「指揮官さんに~報告なの~」

 

相変わらず気の抜ける間延びした声で、ロングアイランドが報告書を差し出してくる。

 

「あぁ、すまん。少し居眠りしていたな。」

 

「大丈夫かい?仮眠を取ってきた方がいいと思うよ?」

 

報告書を確認しながら目を擦る指揮官に、心配そうな声を掛けるノーザンプトン。

それに対し、指揮官は頷いた。

 

「そうだな、30分ぐらい仮眠を取る。……あと、アルタラス王国にカウンセラー…いや、やっぱりいい。仲良し四人組に、ルミエス殿下と何時も通り接してあげるように伝えておいてくれ。」

 

「うん、分かったよ。」

 

「なの~」

 

サムズアップするノーザンプトンと、長い袖をパタパタと振るロングアイランド。

そんな二人に背を向けて仮眠室…という名の金庫のごとき部屋に向かう指揮官だった。




指揮官、ガチ悪人ですよ


あと真の幼なじみ軽空母ロングアイランド

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