ワイバーンの有効活用としてこれはありか…?
──中央暦1639年11月29日午後7時、ジン・ハーク『ハーク城』──
かつてロウリア王国の中心であったハーク城は、活気に満ち溢れていた。
大広間には、各国の…具体的には第四文明圏参加国の駐ロデニウス連邦大使が集まっていた。
談笑する人々の傍らには美しく盛り付けられたオードブルに、黄金色のシャンパン…所謂、立食パーティーだ。
「おお、ガハラ神国の…近頃は如何ですか?」
「おや、トーパ王国の…我が国は、野生種ワイバーンや魔獣を追い払う為の機器の開発に協力していましてね。もうじき市場に出回るでしょう。そういう貴国は?」
「あの工事は順調そのものですよ。あれが完成すれば、我が国の大きな利益となります。」
各テーブルで出席者が話していると、照明の光量が下がり始めた。
《皆様、本日はお集まり頂き誠に感謝します。間も無く、『自由フィシャヌス帝国』初代皇帝ファルミール陛下が入場されます。》
若い男性の声のアナウンスが流れ、薄暗く成り行く大広間に入る為の大扉へと参列者の視線が集まる。
──ガゴンッ
重々しい音を立ててゆっくりと開く大扉。そこから目映い光が射し込み、参列者が思わず目を細めた。
光の中から現れたのは、鱗と翼を持つ巨大な生物…ワイバーンだった。その左右には、金属部にクロームメッキを施したライフルを持つ煌びやかな軍服に身を包んだ儀仗隊が控えている。
──ザッザッザッザッ…
儀仗隊が一糸乱れぬ足取りで、大広間へと足を踏み入れる。
彼ら儀仗隊を率いるのは、元マイハーク防衛騎士団長にして現儀仗隊長イーネだった。
アズールレーン憲兵隊の一部門である儀仗隊は各国の式典に派遣され、パフォーマンスを実施するが、今回は世界情勢を一変させるであろう式典だ。イーネも含め儀仗隊皆が今までに無いほどに緊張している。
「捧げー…銃っ!」
イーネの号令と共に隊員がライフルを体の正中線上に構え、銃口を真上に向ける。
一糸乱れぬ統率された動き、参列者はそれに見惚れて思わず息を飲んだ。
──グルルルル……
左右の間隔を大きく空けて二列に並んだ儀仗隊、彼らの間の通路をワイバーンが喉を鳴らしながら歩む。
そのワイバーンを操るのは黒光りする鎧に身を包んだ竜騎士だった。
至るところに彫金が施された鎧を着込み、力強いワイバーンに騎乗する彼は旧ロウリア王国竜騎士のムーラだ。彼もまた儀仗隊に編入されており、航空戦力としては一線を退いたワイバーンと共に式典の花形として活躍している。
「おぉ…」
「改めて見ると…美しい…」
「パーパルディアの後継国であるなら、今後も見据え友好的にせねばな。」
そのワイバーンに牽かれるようにして大広間に現れる馬車、それに乗っていたのは美しい女性…ファルミールだった。
純白のドレスに身を包み、長い白髪に薄化粧。その鼻の下には、細かい縫い目が見える。縫い目は化粧で隠す事が出来るが、敢えて隠していない。
──パチパチパチパチ…
参列者が拍手をし、ファルミールがそれに対して小さく手を振って応える。
これは建国パレードだ。
しかし急遽行われる事となっため、大々的に行う事はせずに形式的なものに留めていた。
ワイバーンが足を止めるとイーネが馬車に小走りで駆け寄り、馬車を降りるファルミールを介助する。
「ありがとうございます。」
「お気遣い、感謝致します。」
ファルミールが会釈しながらイーネに感謝すると、イーネは応えながら頭を深々と下げる。
イーネを伴い、大広間に設置されたステージに上がる。
「……ふぅ。」
息を整えて大広間を見渡す。
参列者全員が自分を見ている事に緊張感が高まる。
産まれてこのかた大勢の視線に晒される事が無かったファルミールは、今すぐにでも逃げ出したくなるが勇気を振り絞って口を開いた。
「皆様、こんばんは。パーパルディア皇国皇族のファルミールです。」
静寂に包まれる大広間の角をチラッと見る。
そこにはカイオスと隻腕の密偵の姿があり、二人とも力強く頷いた。
「私は…現在のパーパルディア皇国の在り方に疑問を持っています。多くの国を武力により占領し、搾取する…そして、他国の王族を奴隷として差し出すように要求する事はまさしく野蛮で品性を欠いた所業です。さらには、皇国の為に命を懸けて戦った兵士達すらも使い捨てる…他者の命を弄ぶような国は、不幸しかもたらしません!」
参列者が一様に頷く。
「しかし、私は身分だけの皇族。皇位継承権もなく、政に関わる事すらも出来ませんでした。ですが、無力な私に手を差し伸べて下さったロデニウス連邦…そして、アズールレーンの方々のお力添えによりこのような機会を持つ事が出来ました。」
ファルミールの言葉が切れるタイミングで、イーネが巻かれた羊皮紙をファルミールに差し出す。
それを受け取り、開くと言葉を続けた。
「私は、腐敗したパーパルディア皇国を打ち倒し新たなる国家を建国します。国号は『自由フィシャヌス帝国』。政治体制は立憲君主制であり、皇帝は政治には関わらず、国家の象徴として君臨する事となります。」
その羊皮紙を参列者に見せるように掲げる。
それは建国宣言書であり、自由フィシャヌス帝国の国号と、初代皇帝ファルミールの名が書かれていた。
しかし、政治のトップとなる首相の名はまだ無かった。
──パチパチパチパチ!
参列者から一際大きな拍手が起こる。
惜しみ無い祝福…しかし、それを受けるにしても楽な道ではなかった。
パーパルディア皇国は各国から恨まれており、その上ファルミールはフェン王国人とサモア人の殺害を指示したレミールと瓜二つの妹であるからだ。
門前払いこそされなかったものの、懐疑的な各国の大使であったがファルミールが自ら頭を下げて亡命政権として認めてくれるように頼み込んだ事。そして何より、ロデニウス連邦とアズールレーンが後ろ楯となった事からファルミールを皇帝とした自由フィシャヌス帝国の設立が認められたのだ。
《以上、ファルミール陛下のお言葉でした。それでは皆様、本日の建国パーティーを引き続きお楽しみ下さい。》
アナウンスが流れる中、ステージから降りるファルミール。
そんな彼女に各国の大使が歩み寄り、口々に激励や祝福の言葉を投げ掛けながら握手する。
そんな中、一際身なりの良い男性がファルミールに手を差し出す。
「初めまして、ファルミール陛下。ムーの駐パーパルディア皇国大使、ムーゲと申します。」
「ムーの…方ですか?」
ファルミールは面食らった。
このパーティー会場には第四文明圏国しか居ないと思っていたため、ムーのような列強国の大使が居るとは思わなかったからだ。
「実は、本国からパーパルディア皇国からの退去を命じられていたのですが、現地での情報収集も要請されたのでこのロデニウス連邦に滞在しているのですよ。」
そう、ムーゲ達駐パーパルディア皇国大使館の職員や滞在していた民間人は、パーパルディア皇国からの退去を命じられている。
本来彼らはムー本国に戻らねばならないのだが、ロデニウス連邦とアズールレーンの軍事力であればパーパルディア皇国に敗北する事はあり得ない。と判断された為、ムー本国かロデニウス連邦のどちらに向かうか選んでも良い。と通達されたのだ。
前々からロデニウス連邦に興味があったムー国民は多かったらしく、ほとんどがロデニウス連邦行きを希望した。
もっとも、ロデニウス連邦政府が来訪するムー国民に格安で宿泊施設を提供する事を決定した事も後押しとなった。
「そうなのですか。ですが、私はあくまでも亡命政権の代表です。列強国の大使である貴方の立場上、私と話す事は…」
「いえ、これは私の個人的な…いわば非公式な会話です。そして、これも個人的な見解なのですが…パーパルディア皇国は間違い無く、アズールレーンによって解体されるでしょう。そうなれば亡命政権である貴女方が正統政府となる…それを見越した人脈作りのようなものです。」
ファルミールにも理解出来た。
ムーゲはファルミールと個人的に親しくなっておく事で戦後、パーパルディア皇国…その後継国である自由フィシャヌス帝国との友好関係を構築しておきたいのだろう。
「なるほど…分かりました。貴方の事はしっかりと、心に留めておきます。」
「光栄でございます。ファルミール陛下。」
──同日、アルタラス王国ハイペリオン軍港──
アルタラス王国の首都ル・ブリアスの東にある軍港。
そこから、北へ向かって海上を滑るように進む7名の人影があった。
その軍港に置かれたアルタラス・アズールレーン共同司令部の窓から、その人影を見送る2名。
「父上、この戦争は…どうなるのでしょうか?」
そう問いかけるのは、王女ルミエス。
彼女は自国が…アズールレーンが敗北するとは思っていない。しかし、いくら敵国とはいえ多くの人々が戦火に巻き込まれて亡くなるのは心が痛む。
「間違い無く勝利するだろう。だが、パーパルディアの皇族が愚かであれば…多くの血が流れるであろうな…」
不安げな表情で語る一人娘の肩を抱く国王ターラ14世。
きっと、彼女達の力によりパーパルディア皇国の皇都エストシラントは甚大な被害を受けるだろう。
ターラ14世はこれから起きるであろう惨劇を思い浮かべ、犠牲となるであろうパーパルディア国民にささやかな祈りを捧げた。
次回、エストシラント死す!
デュエルスタンバイ!