もう5日も経過してしまった…
時が過ぎるのは早いなぁ…
──中央暦1639年12月1日午前7時、エストシラント襲撃艦隊旗艦『長門』──
「……出てこぬな。」
艦橋の戦闘指揮所の艦長席に座り、眉間に皺を寄せる長門。
彼女を悩ませているのは、港内でひしめいている戦列艦の群れだ。その数、凡そ300隻…そのどれもが帆を畳み、甲板上の兵士は怖じ気付いたような表情で此方を見ている。
「所詮は弱者を虐げる事しか出来ぬ半端者か…列強が聞いて呆れる、というものよな。」
ため息混じりに心底呆れたように呟く長門。
それもそのはず、各国から伝え聞いたパーパルディア皇国の評判は『軍事力に物言わせて高圧的な要求をしてくる』という典型的な力に溺れた者としか言い様のないものだった。
しかし、今はどうだろうか?
港内に引きこもり此方の様子を窺いつつ、虚勢を張るために見た目だけは陣形を整えている。
目の前で第二艦隊が短時間で壊滅した事で此方の力を思い知ったのだろうが、余りにも情けない。
「勝てぬと思うのであれば、民の避難誘導でもやれば良かろうものを……国の見栄で死に逝く民は哀れであるな…」
《チッ…詰まらねぇ連中だな。ビビってんのは分かるが、何もしねぇのはイラつくなぁ…》
長門の嘆息が聴こえたのか、通信でメリーランドが粗暴な口調で吐き捨てる。
血気盛んで好戦的な彼女からすれば、戦う格好だけの敵艦隊の態度はイラつきの原因でしかない。
《まったくね。自分の責務すら果たせない人間が軍人だなんて…笑わせるわね。》
メリーランドに負けず劣らずなイラついた口調で告げたのは、ネルソンだった。
それも無理は無いだろう。彼女の名の元となったとある提督…彼は戦列艦の艦隊を見事に指揮し、大軍を撃ち破ってみせた事で有名だ。
いくら性能で負けてるとは言え、何の動きも見せない敵艦隊は情けないものとしか思えなかった。
「指揮官からは、港湾設備の破壊も命じられておる。奴らが港と運命を共にするというのならば、そのようにしてやろうではないか。」
《えぇ、長門様の言うとおりですね。敵に情けをかける必要はありません。》
朗らかに…しかし、それがかえって冷酷に思える声色でロドニーが長門の言葉に同意する。
《艦隊決戦…とは程遠いが、地上への艦砲射撃も戦艦の任務の一つだ。今こそビッグセブンの力を見せる時じゃないか?》
《あの日受けた屈辱…全て、16インチ砲弾にして連中に返してやろう!》
コロラドとウェストバージニアも力強く長門の背中を押す。
その言葉を受けた長門は、艦橋の窓から隣に停まっている陸奥に目を向けた。
《わたしね、みんなを守りたいの!だから長門姉、いっしょに頑張ろう!》
測距儀の上で陸奥がピョンピョンと跳び跳ねながら自らの意思を示し、長門を激励する。
それに対し長門は、フッと穏やかに微笑んだ。
「躊躇えば、多くの民が苦しむ事となる。余はそれを見過ごす事は出来ぬ。だからこそ…」
7隻の戦艦の砲搭が旋回し、その砲身の先をエストシラント港と港内でたむろする戦列艦に向ける。
「目標、エストシラント港湾設備及び敵艦隊。襲撃艦隊、火力全開……っ!」
戦列艦たちが今頃になって慌ただしく帆を張り始める。
兵士が走り回り、魔導砲が火を噴く。
しかし、それらは水柱を上げるばかりで当たる様子も無い。
「撃てぇぇぇぇぇえ!」
長門の号令が海上に響いた。
──ズドドドドドドドォォォォォン!ズドドドォォォォォン!
58門もの16インチ砲が火を噴いた。
仰角を付けない零距離射撃で放たれた16インチ徹甲榴弾は、一挙に数隻の戦列艦を貫いたのち、港の岸壁に直撃し炸裂した。
──ドォォォォォン!
頑丈な石造りの岸壁が砕け、まるで巨大な獣によって食い千切られたかのような様相となってしまう
瓦礫が空高くに打ち上げられ、港近くの軍事施設や市街地に雨霰のように降り注いだ。
それも一度だけではない。
──ズドォォォォォン!ドォォォォォン!ドォォォォォン!ドォォォォォン!
エストシラント港のありとあらゆる所で、そんな破滅的な破壊の嵐が吹き荒れていた。
「全艦、合わせよ!」
《了解!》
長門の号令に呼応する6名。
その声に反応するように7隻の戦艦から金色の光が迸り、空へ光の槍を出現させた。
KAN-SENの攻撃エネルギーである『伝承打撃』、その余剰エネルギーを用いて更なる攻撃を行う特殊スキル…通称『弾幕』だ。
その弾幕の種類はKAN-SEN毎に違うが、彼女らビッグセブンは強力な弾幕を持っている。
──キュィィィィ……
天に輝く光の槍…その数、凡そ300。
その1本1本が、戦列艦どころか並みの軽巡洋艦ぐらいなら容易く轟沈せしめる威力を内包している。
これぞ『BIG SEVEN』。世界に名を轟かせ、自国民の誇りを背負った戦艦のみが持つ強力無比な弾幕である。
《今こそ見せてやる、ビッグセブンの真の力を!》
《何度でも沈めてやる!オラァ!》
《16インチ砲弾の重さを思い知れ!》
コロラド、メリーランド、ウェストバージニアの弾幕が戦列艦を串刺しにする。
船体の中央に大穴が空いた戦列艦は、その穴から噴水のように海水を噴き出しつつ真っ二つに裂けて沈んで行く。
《私が敵を侮ると思ったら大間違いよ!》
《敵に情けをかける必要がありませんね。》
ネルソンとロドニーの弾幕が降り注ぎ、桟橋や岸壁を粉砕する。
今まで多数の船を受け入れてきたそれらは、まるでビスケットが砕けるが如く崩壊し、舞い上がった瓦礫が更なる破壊を生み出す。
《ネコさん、しっかり掴まって~本気だすよ!》
陸奥の戦場に似つかわしくない言葉に続き、長門は再び宣言した。
「余は長門…重桜の長門である!」
多数の光弾を伴った光槍が、港に隣接する軍事施設に殺到する。
──ズガァンッ!ドンッ!ガゴンッ!
長い航海を終えた兵士が休む為の宿舎も、船の修理や改装を行うドックも、様々な作戦 を練ってきた司令部も……パーパルディア皇国が誇る海軍戦力が、あっという間に残骸と化した。
──ズゴァァァァァアン!
その残骸の一角が、まるで火山が噴火したように爆発した。
地下に設置されていた弾薬庫が誘爆したのだろう。
その爆発により、瓦礫と黒焦げた人間の死体が宙を舞う。
──グオォォォォォォオン!
積み重なった瓦礫の下から地竜『リントヴルム』が這い出して来る。
あの砲撃の雨の中、生き残る事が出来たのはたぐいまれな幸運と言えるだろう。
──ヒュルルルルルルル……
風を切るような奇妙な音が頭上から聴こえる。
リントヴルムはその聴き馴染みのない音に興味を引かれたのか、その長い首をもたげて上を向く。
そこにあったのは、人間の頭程の大きさがある瓦礫…それが見事に、リントヴルムの口にすっぽりと嵌まった。
──ゴギャリッ!
その勢いで嫌な音を立てて、曲がってはいけない方向に曲がるリントヴルムの首。
そんなリントヴルムが最期に見た景色。それは、多数の砲撃により奇妙なオブジェとなった司令部の姿だった。
「……良い、これで十分であろう。」
その光景を、目を細めて見ていた長門はそう告げた。
──ブォォォォォォ……
汽笛を鳴らし、悠々と回頭する7隻の戦艦。
一仕事終えた彼女らの誇らしげな姿とは裏腹に、その力に晒されたエストシラント港は瓦礫が支配する海と成り果てていた。
この『エストシラント近海海戦』
アズールレーン側の被害0に対し、パーパルディア皇国の被害は…
第一、第二艦隊壊滅。ワイバーンロード、456騎撃墜。人的被害、計測不能。港湾設備、復旧の見込み無し。
という大損害であった。
そうか…ふわりんとは……ゲッターとは…
言ってみただけです