──中央暦1639年12月2日午後8時、サモア基地ウポル島居住区──
サモア基地の中でも軍事施設や工場が集まっているウポル島。その一角に、何棟かのマンションが建っていた。
軍事施設や工場で働く民間人の為に建設されたものであり、トゥトゥイラ島程では無いがそれなりの街が存在する。
しかし、ロデニウス大陸に新たな工業地帯が完成した事によりそちらに引っ越す者が増えたため、現在では空き部屋が多くなっていた。
そんなマンションの一部屋のリビングで三名が何やら話し合っていた。
「それにしても凄い数の戦力を動員するんだな…アズールレーンの戦力の質を考慮すれば、これだけでもパーパルディア全土を焼け野原に出来るぞ。」
部屋に備え付けられたソファーに座って、半ば呆れたように告げるのはムーの技術士官であるマイラスだ。
このマンションを始めとする一帯のマンションの空き部屋は、ムーからの留学生が滞在する為にサモアから提供されているのだ。
そんな事もあって今のマイラスはかっちりした軍服ではなく、Tシャツとスウェットパンツというラフな格好だ。
そんなマイラスの手には、一冊の冊子があった。
「しかし…この情報って機密情報とかじゃないのか?参加する艦艇や航空機の数…あぁ、流石に上陸地点なんかは書かれてないが…まあ、この情報がパーパルディアに流れても勝てないだろうがな。」
同じように呆れたように言ったのは、ソファーの対面に座る同じくムーの戦術士官であるラッサンだった。因みに彼の格好は、黄色に黒のラインが入ったジャージだった。なんとなく往年のカンフーアクションスターに似ている。
彼の手にも同じ冊子があった。その冊子とは……
「『デュロ攻略作戦のしおり~帰る迄が戦争です!~』……指揮官殿って意外と遊び心あるんですね。」
床に置いてある巨大饅頭クッションの上でゴロゴロしながら冊子を捲っていたラ・ツマサが冊子の表題を口にした。
そう、このムー人の三名が持っているのはパーパルディア皇国の工業都市デュロを攻略する為の大まかな作戦内容や、参加艦艇と航空機数が記載された冊子だった。
「戦艦5隻、空母11隻、巡洋艦15隻、駆逐艦32隻…航空機に至っては1000機以上…こんな大部隊、ムー統括軍を全て動員しても止められないだろうな…」
そう言ってマイラスは参加戦力について記されたページを開く。
そこには様々な艦艇や航空機のシルエットが描かれていたが、航空機の内の1機種だけが大きな?マークで隠されている。
その?マークには『新型登場!』と赤文字で注釈が付けられていた。
「この新型ってなんだろうな?」
「戦闘機の項目にあるのなら、新型戦闘機では?」
首を傾げるマイラスに、ラ・ツマサが立ち上がって歩み寄り、密着するように隣に座った。
因みに今のラ・ツマサの服装は緩い書体で『むー』とプリントされた白いTシャツだけだ。流石に下着は穿いてるし、Tシャツはサイズの大きな物を着ている為、ワンピースのようになっている。
「そっ…そうだな。ししし…しかし、シーファングみたいな高性能戦闘機があるのに更に新型とは…」
そんなラ・ツマサに密着されたマイラスは冷静を装いながらも、顔を真っ赤にしていた。
何せ美少女に薄布一枚を隔て密着されたのだ。意識するなというのは無理な話だろう。しかもラ・ツマサだが、おそらく"穿いてはいるが着けていない"…つまりはそういう事だ。
「……俺はこの対空兵器破壊専門の部隊、『ワイルド・ウィーゼル』が気になるな。真っ先に敵地上空に進出して、対空兵器を破壊するなんて…本当に命知らずだな。」
そんなマイラスとラ・ツマサに生暖かい視線を向けたラッサンは、冊子の作戦の流れを説明しているページを開く。
『一番槍を務める命知らずな野郎共!』と銘打たれた部隊が描かれていた。
ロケット弾を搭載した『F4Fワイルドキャット』が24機。デュロに配備されているらしい、神聖ミリシアル帝国製の対空機関砲を破壊する為の専門部隊のようだ。
「対空機銃はそうそう当たる物じゃないが…それでも鈍足な爆撃機にとっては脅威だしな、我が国にもこういう部隊が必要なのかもしれない。」
そう言いつつマイラスは、然り気無くラ・ツマサから距離を取る。
「しかし、パーパルディア皇国も空気が読めませんね。せっかく主と『クリスマスデート』をしようと思ったのに…余計な事を…」
距離を取ったマイラスに対しラ・ツマサは、もう離さないとばかりに彼の腕を抱くように再び密着した。
「あー…まあ、仕方ないさ。観戦武官に任命されたからには、その任を優先しないと。」
「主…流石ですっ!如何なる時も祖国を思う…やはり、主は最高の軍人ですね!」
顔を赤くしながらも苦笑し、そう告げるマイラスにラ・ツマサは感極まったように抱き着いた。
「あっ!ちょっ……ラ・ツマサ!?近い近い近い!」
ラ・ツマサの体つきは決して豊満なものではないが、女性特有の柔らかくしなやかな感触がマイラスの体全体に伝わる。
その上、彼女からは何とも言えぬ甘い良い匂いがする。
そんな柔らかさと匂いに包まれたマイラスは軽いパニックに陥っていた。
「はぁ~…はははっ。まあ、俺達は8日に艦載機でデュロ攻略艦隊に合流する予定だから、それまでにどの艦に乗るか決めておこう。」
盛大にイチャついている二人にため息をつきながらも、どこか面白そうに笑って立ち上がるラッサン。
「あ、ラ・ツマサ。クリスマスデートは無理でも来年の春節デートなんかいいんじゃないか?」
「んちゅ……ラッサン、それ名案。」
マイラスの首筋に口付けしていたラ・ツマサが、ラッサンの言葉にサムズアップで応える。
「それじゃあ、あとは若い二人に…」
「ラッサン!?助け……」
──ガチャン
からかうように言ってリビングを出て行くラッサンに、マイラスが悲痛な声で助けを求めたが皆まで言う前にリビングの扉が閉められた。
「ふぅ~…」
背中でマイラスの情けない声と、ラ・ツマサの歓喜の声を聞き届けつつ二人が住むマンションの一室を後にするラッサン。
少し歩き、エレベーターに乗り込んだ時だった。
──ピロリンッ
彼のポケットから軽快な電子音が聴こえた。
サモアから、ムーの留学生へ支給されているスマートフォンにインストールされたトークアプリの通知音だ。
誰からだ?と思いながら防水防塵耐衝撃性スマホをポケットから取り出して、通知を見る。
《逸仙さんから一件のメッセージがあります。》
それを見たラッサンは目にも止まらない速さで画面ロックを解除し、トークアプリを起動させた。
《ラッサンさん、申し訳ありません。
せっかく誘って頂きましたが対パーパルディア皇国戦の為、今年のクリスマスはご遠慮させて下さい。》
「やっぱりか……」
ガックリと肩を落とすラッサンだったが、彼に福音が訪れた。
──ピロリンッ
《その代わり、と言っては何ですが春節のご予定はいかがですか?トゥトゥイラ島の東煌街で、春節のお祭りがあるので宜しければ二人で出掛けませんか?》
それを見た瞬間、ラッサンの手からスマホが滑り落ち、その耐衝撃性能を発揮した。
「よっ………しゃぁぁぁぁぁぁあ!」
LED照明が輝くエレベーター内の天井を仰いで歓喜するラッサン。
その間に、マンションの一階エントランスに到着し、エレベーターの扉が開いた事により他の住人から奇異の目を向けられたが、今の彼にとってそんな事は些事だった。
指揮官「マイラス殿もラッサン殿もいちいち驚くの面倒くせぇ!このしおり読んで予習しろ!」
って感じです