今回、馬鹿みたいな作戦をします
それでもよろしい、という方はどうぞ
──中央暦1639年12月19日午後9時、エストシラント近海──
暗い海に浮かぶ巨大な影が6つ、細い三日月が放つ月光に照らされていた。
「よし…準備は出来たな?」
巨大な影の1つ…空母の甲板上で指揮官が5人の人影に問いかけた。
「はい、赤城の準備は整っておりますわ~」
普段とは違う化粧を施し、雰囲気まで変わった赤城が指揮官の言葉に答える。
「私も準備万端だぞ!まあ、もっと平和な時にやりたかったけど…仕方ないな!」
腰の辺りまで伸ばした金髪の一部をサイドテールにした赤い瞳のKAN-SEN『クリーブランド』が、やや苦笑いしながらも答える。
「はぁ、がいちゅ……ご主人様の趣味に付き合うのは疲れます。」
ヘッドドレスに片目を隠した髪型が特徴的なKAN-SEN『シェフィールド』がため息混じりに呟いた。
「アンタに言われなくても準備ぐらい出来てるわよ!いくらふざけた作戦でも、手を抜くなんて有り得ないっての!」
長い金髪を、赤いリボンでツーサイドアップにしたKAN-SEN『アドミラル・ヒッパー』がツンツンした態度で言った。
「主(メートル)、ガスコーニュのモジュール変更完了。バックコーラスモードへの移行を確認。」
青い髪をボブカットにした無機質な雰囲気のKAN-SEN『ガスコーニュ』が、淡々とした口調で応答する。
「よし…久々の『ポラリス』の出番が戦時になるのは癪だが…まあ、すまんな。」
指揮官が赤城の甲板上に作られた段差に上がる。
彼女達、5人のKAN-SENは普段とは違った装いだった。
全員、白いシャツに黒いジャケットとボトムスを着用した統一感のあるものだ。
『μ兵装』…何を血迷ったか、歌の力でセイレーンを撃退する事を狙って製作された特殊兵装を装備したKAN-SENアイドルグループ『ポラリス』である。
「まあまあ。私的には、また使う機会があって嬉しいから大丈夫だって!」
ニカッ、と明るい笑顔を見せるクリーブランド。
指揮官はそれに頷くと、『ポラリス』のメンバーの準備完了を見届け、赤城に目配せした。
「えぇ、かしこまりましたわ。加賀、マナーの悪い"お客様"への対応は任せるわ。」
《はい、赤城姉様。警戒は私に任せて下さい。》
赤城がやや後方で展開している空母、『加賀』に指示をする。
「決まってしまったのなら、仕方ありません。ロイヤルメイドである以上、責務は果たします。」
やや嫌そうながらも、何処か満更でもない様子で砲塔を旋回させるシェフィールド。
「全く…せっかく整備したんだから、失敗は許されないわよ!」
アドミラル・ヒッパーが艤装を、重火力形態から装甲獣形態に変形させる。
その姿は、双頭の竜のようだ。
「では、主。開始の合図を。」
ガスコーニュが指揮官にマイクを差し出す。
指揮官は軽く頷きながらマイクを受け取る。
「よし…それでは、パーパルディア皇国本土攻略作戦第三段階。『オペレーション・パラディーゾ』開始!」
指揮官の言葉と共に、クリーブランド、シェフィールド、アドミラル・ヒッパー、ガスコーニュの主砲口が光を放った。
市街地に対する無差別砲撃…いや、違う。轟音も爆炎も発していない。
長大な砲身から放たれたのは、色とりどりの光だった。
そう、主砲を改造して作られた大型サーチライトである。
そして全艦の甲板の一部が、舷側を支点にして持ち上がる。
──ギュィィィィィィィンッ!ティロティロティロ!ドルルルルル…ジャーン!テェンテェンテェェェェェン!
赤城がベースを、アドミラル・ヒッパーがギターを、クリーブランドがドラムを、シェフィールドがシンセサイザーをそれぞれ弾くと持ち上がった甲板がビリビリと震え、爆音を発生させる。
巡洋艦や戦艦、空母の甲板の一部を利用した超大型スピーカーだ。
「よしっ!それじゃあ、一曲目行くか!」
指揮官が上着を脱ぎ捨て、タンクトップに包まれた筋骨隆々の肉体を露にする。
「ポラリスWithコマンダーのデビュー曲、『くたばれ、パーパルディア!』俺の歌を聴けぇぇぇぇぇぇぇ!」
軽快な前奏が奏でられる。
何処か牧歌的な、緑溢れる牧場で歌われるような曲だ。
《"俺の仲間は高貴なお方から鉛弾を頂戴した。
とんでもない悪党と、気弱だけど優しい剣士と、誇り高い9人の武士は皆死んださ。
そいつらの女房と倅は泣き出して、俺に頼み込んで来たのさ。
「どうか、仇を討って下さい!」ってな。"》
流暢なフィルアデス語だ。
軽快な音楽に乗せて、リズム良く歌われる無駄に美しい発音の言葉はスッと、耳に入ってくる。
《"出て来い、パーパルディアの連中よ!今さら恐くなったのか?
お前らの女房に教えてやれよ!属領の女を抱いた時は、どんな気持ちだったのかを!
ガキにも教えてやれ!どうやってデュロから逃げ出したのかを!
エストシラントの美しい街並みでな。"》
罵りを含んだ歌詞に合わせて奏でられる軽快な音楽。
《"さあ、ここに来て教えてくれ。
マルタ人はどんな風に弄んだんだ?どんな風に殺したんだ?
クーズ人は剣と弓で戦ったんだろ?勇敢なお前達はそいつらに立ち向かった。
地竜と飛竜と魔導砲の陰に隠れながらな。
お前らは罪の無い人々を、骨の髄まで怯えさせたんだよな。"》
そして、皮肉も織り混ぜている。
《"さあ、来い!パーパルディアの腰抜けよ!鉛弾ばかりに頼り過ぎて"タマ"が鉛になっちまったのか?
女房に教えてやれ!奴隷の女の抱き心地を!
倅に教えてやれ!血筋しか能の無い豚にケツを差し出すコツを!
パールネウスの文明的な通りでな!"》
更には、皇族や貴族を馬鹿にし始める。
《"まだまだ聞きたい事があるぞ?
お前達は麗しの姫様を、奴隷にしようとしたんだってな?
よーく考えた結果、そんな要求をしたんだろう。
その時の偉そうな態度は、何処に行ったんだ?
お前達に勇気があるなら、聞かせてほしいんだがな。
欲望の捌け口を皇帝に差し出す、お前らのおべっかを。"》
指揮官自身が広めたデマまで歌詞に入れるという念の入れようだ。
《"どうした、来ないのか?パーパルディアの色狂い共!
女房に教えてやれ!自分の蒔いた"タネ"で出来たかわいそうな子供の事を!
倅に教えてやれ!どうやって属領からネズミの如く逃げ出したのかを!
アルーニの勇壮なる陸軍の前でな。"》
歌はここで一旦途切れ、間奏が流れる。
それぞれのソロパートや、ガスコーニュによる天上にまで響くようなハミングが箸休めのように奏でられる。
そこだけなら延々と聴いていたい素晴らしいモノだが、そんな希望は男の歌声によって打ち砕かれた。
《"出てこい、お前らこそが蛮族だ!
外に出て来て、属領にやったように俺達を殺してみせろ!
女房に教えてやれ!自分がどうやって死ぬのかを!
お前らは殺し過ぎた!お前らを放っておけば、また同じ事をするだろう!
だから、俺達の方から出向いてやる。そうして、パーパルディアの軍隊を滅茶苦茶にしてやる!"》
とうとう殺意を隠さなくなってきた。
酒場で酔っ払いが言うような、憂さ晴らしのモノではない本物の殺意だ。
《"出て来い!パーパルディアの連中よ!
男らしく俺達と戦え!
女房にお別れを言っておけ!どうせ悲しまないだろうがな!
倅はお前の死に様を見て学ぶだろう!お前のような男にはならないと!
お前が新しい女に食いついたように、新しい男と新しい人生を歩むだろうさ!"》
国を護ろうと奮起する兵士すらも馬鹿にする。
お前達がやろうとしている事は無駄だと…そんな事を軽快なリズムに乗せて語りかける。
まるで、音楽に乗せて笑いをとるコメディアンのネタが頭から離れなくなるように、それはエストシラントに住まう全ての者に刻み込まれた。
出て来い、英軍の連中よ!
というアイルランドの反英歌をモデルにしました