最近、人気なあの国が出ます
──中央暦1639年12月21日正午、デュロ基地──
《独りで~佇み~♪》
アズールレーンにより占領されたデュロ。その郊外にあるデュロ基地の敷地内に設営された大型テントの中で兵士達が昼食を取っていた。
「かわいいなぁ…」
大型テントの内部、幾つものテーブルや椅子が置かれた一角で一人の兵士…ターナケインが、中央に置かれた四面モニターを見ながら呟いた。
そのモニターには、青い髪をボブカットにした女性…ガスコーニュが映っていた。
それは、エストシラント近くに展開した『ポラリス艦隊』から送信されたライブ映像だ。
19日の夜から始まった音楽を利用したエストシラントへの攻撃、『ポラリス・アタック』は他のKAN-SENや民間のアーティストも呼んでの大規模ライブ…つまりは、フェスのようになっていた。
「戦争が終わっても、ライブしてくれるかなぁ。」
そんな事をボヤキながら、昼食であるフライドチキンにかぶり付く。
薄い衣はパリパリとした食感で、混ぜ込まれたコショウを始めとするスパイスの爽やかな辛味と香りが鼻に抜ける。
鶏肉の溢れる肉汁と、ホロホロとした食感が堪らない。
辛味と油で満たされた口内を洗い流す為のビールが欲しくなるが、残念ながら戦地で酒を飲む事は出来ない。
今日のところは、レモンスカッシュで我慢する。
舌を刺激する炭酸と、酸っぱ苦いレモン果汁で油っこくなった口内をリセットする。
「隣、いいか?」
再びフライドチキンにかぶり付こうとしたターナケインに、マールパティマが話し掛けた。
その手には、様々な料理が乗ったトレーがある。
「あぁ、いいぞ。」
「ありがとさん。」
マールパティマがトレーをテーブルに置く。
クシ型に切った皮付きのジャガイモを揚げたフライドポテトに、豆やセロリやキャベツが入ったトマトスープ、それにフライドチキンとリンゴがまるごと。飲み物はオレンジジュース…先ほどまでターナケインが食べていたメニューだった。
「明日は出撃だな。」
マールパティマがフォークでポテトを突き刺しながら、ふと呟いた。
「アルーニ…って所へだな。属領の反乱軍、『72ヶ国連合』が張り付いて牽制してるって話だが…」
指に付いた油を舐めとりながら、ターナケインが今朝伝えられた指示を確認するように口にする。
「まあ、アルーニの戦力は殆どデュロやエストシラントに派遣されているって話だし、パンドーラ大魔法公国の魔導師部隊が72ヶ国連合に合流したらしいから大丈夫だろ。」
「とは言っても、リーム王国まで合流したんだろ?準列強って言われてるぐらいだから実力は確かなんだろうが…」
「周辺国で戦争が起きれば介入して、領土を掠めとる火事場泥棒みたいな事ばかりしてるらしいぞ。今回も参戦した見返りを求める腹積もりなんだろ。」
ターナケインとマールパティマが呆れたように溜め息をつく。
「まあ、俺達には政治的な事は関係無い。いざとなれば大統領とかがどうにかしてくれるさ。」
ターナケインがフライドチキンの骨をプラプラと揺らし、肩を竦める。
それに対し、マールパティマはトマトスープをスプーンで掬いながら同意した。
「だな、しかも指揮官殿も居るしな。あの人に脅されたら小便チビッちまうよ。」
「違いない。……ごちそうさま。」
「早いな。」
「哨戒任務があるからな。それじゃ、お先に。」
「おう、気を付けてな。」
マールパティマは、トレーを持ってテントを後にするターナケインの背に向けて手を振った。
──同日、アルーニ郊外──
エストシラントの北方500kmに位置するアルーニは、パーパルディア皇国がパールネウス共和国だった頃の国境の都市であり、現在でも北方からの侵略に対抗するための軍備が整えられている。
そのため、各属領から統治軍を引き上げるような事態となっても、このアルーニの地上部隊はそれなりに残されていた。
「貴方達、やる気はあるのですか!?」
こめかみに青筋を出しながら怒鳴る男。
彼は、フィルアデス大陸の文明国『リーム王国』の将軍カルマである。
そんなカルマが怒鳴り散らす相手、それはアルーニの郊外5km程の地点に設営されたテントでゆったりと昼食を取っている男達だ。
「はぁ…まあ、そんなに急ぐ必要もないだろ?」
「そうそう。アズールレーンから俺達に言われた事は、アルーニの近くで陣取ってくれって事だけ。無理に攻撃とかしなくてもいいって言われてるしな。」
そんなカルマの言葉に答えるのは、シチューの入った椀を持って堅パンをバリバリと食っているクーズ人のハキとイキアだった。
そう、この地に布陣しているのはパーパルディア皇国から独立した属領により結成された連合軍『72ヶ国連合軍』である。
アズールレーンから武器の提供や、戦術指導教官の派遣を受けた各属領はパーパルディア人を追放したのち、アズールレーンからの要請を受けてアルーニの兵力を牽制するために派兵したのだ。
「何を慌ててる。相手は腐っても列強…無策に突っ込めば、いくら文明国である貴国でも大損害は免れんぞ。それはワイバーン部隊の被害で痛感しただろう。」
カルマの言葉に呆れるように言ったのは、クーズ担当戦術指導教官ヴァルハルだった。
「くっ…しかし、それでもワイバーンロードを半数撃墜した!これで奴らは積極的な航空攻撃を行えなくなったはずだ!」
ヴァルハルの言葉にカルマが反論…というよりも言い訳をする。
と言うのも、リーム王国軍はパーパルディア皇国が劣勢なのを悟ると直ぐ様72ヶ国連合に対して援軍を送ってきた。
ワイバーン100騎という中々の戦力であったが、アルーニに残されていたワイバーンロード12騎の前に全滅、それと引き換えに撃墜出来たのはたったの5騎であった。
20対1というキルレシオ、流石は列強国と言うべきであろう。
「だが、はっきり言って貴国の支援は役に立ったとは言い難いぞ?100騎のワイバーンを持ってしても撃墜出来たのは5騎…少なくともあと7騎のワイバーンロードが存在する以上、我々は下手に動く事が出来ない。」
「そうですよ。そんな状況で皇国最大の基地があるアルーニに攻め込むなんて無謀です。」
ヴァルハルの意見に同意したのは、黒いとんがり帽子とローブという如何にも魔法使いな格好をした女性…パンドーラ大魔法公国の女性魔導師プニェタカナだ。
その肩には、ハンドルが付いた円筒形の物体が固定された三脚を担いでいる。
「昼食か?」
「それと魔石の交換ですね。この『バイバイワイバーン』を途切れさせたら大変な事になっちゃいますから。」
そう言ってプニェタカナは円筒形の物体のハンドルが付いた方を開けると、灰色の立方体を取り出す。
それを見たヴァルハルが腰のポーチから、同じ大きさをした琥珀色の立方体を取り出してプニェタカナに渡す。
「回し続けるのは大変だろう?私が代わろうか。」
「あ、いえいえ!私、力仕事も治癒魔法も出来ないのでこれぐらいは…」
ヴァルハルからの申し出を、やや気まずそうな笑みを浮かべて辞退するプニェタカナ。
アズールレーンからパンドーラ大魔法公国の反パーパルディア派勢力に提供されたのは、『バイバイワイバーン』という珍妙な名前の機材だった。
これは、見た目は手回し式のサイレンのような形状をしている。
しかし、内部には発電ダイナモと高純度精製魔石が仕込まれている。これによりハンドルを回す事で発電され、魔石に電気が流れる。すると、電気が流された魔石は僅かな電荷を帯びた魔導波…ある種のレーダー波を発生させる。
この魔導波、実はガハラ神国の協力によって忠実に再現された風竜の威嚇魔導波なのだ。
風竜が存在するだけでワイバーンはその空域を避ける…そんな強い力を持つ風竜の威嚇が空に飛び交っていたらどうなるだろう?
その結果がこれだ。
アルーニに配備された竜騎士達は、ワイバーンロード達が怯えて飛び立てないでいる。
それ故、72ヶ国連合とパンドーラ大魔法公国軍は空からの攻撃に怯える事なく悠々と陣を構える事が出来た。
しかし、カルマはそんな状況に焦っていた。
(ま…不味い…72ヶ国連合やロデニウス連邦の軍事行動に協力し恩を売って、戦後には分け前としてパーパルディアの領土を頂こうと思ったのに…!)
そう、リーム王国は各国の対パーパルディア皇国戦に協力する事で自らの存在感を高めつつ"分け前"を多く貰おうとしていた。
フィルアデス大陸統一を夢見て配備したワイバーンは、僅かなワイバーンロードにより全滅させられたばかりか、パンドーラ大魔法公国の珍妙な道具の方が役に立っているという状況…そして、72ヶ国連合から向けられる「お前、何しに来たの?」的な視線。
これではリーム王国の存在感を高めるどころか、逆に足手まといやら無能の烙印を押されかねない。
カルマは考える、失態を取り戻すべく必死に策を練る。
「おーう、クーズの。」
「お?アルークの奴じゃないか。」
「我が国自慢の果物が届いたぞ。さあ、たんまり食ってくれ!」
「甘いものか!ありがてぇなぁ。」
「ほら、魔導師の嬢ちゃんも食べな。」
「あ、ありがとうございます。」
そんなカルマの企みなぞ、どこ吹く風。
72ヶ国連合の兵士達は戦場だというのに、どこか長閑に交流を重ねていた。
前回のあの歌が意外と好評で驚いています
やっぱり、歌は銀河を救うんだな…って