異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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あんころ(餅)様、yock様より評価8を頂きました!

パ皇戦もいよいよ終盤です!


89.憎悪の声は歓喜する

──中央暦1639年12月24日午後2時、『赤城』艦長室──

 

「赤城、ご苦労だったな。ともかくこれで制圧作戦は、かなり楽になるだろうな。」

 

空母『赤城』内部の艦長室で指揮官が、満足そうに頷きながら赤城に声を掛ける。

 

「ええ、指揮官様。数日間にも及ぶ音響攻撃……ふふふっ、あの女の憔悴した顔が目に浮かびますわぁ…」

 

怪しげな笑みを浮かべつつ、指揮官の言葉に同意する赤城。

今の彼女はμ兵装用の衣装ではなく、普段通りの衣装に着替えていた。

因みに、あの女とは勿論レミールの事である。

 

「アルタラス王国の空港には空挺部隊が待機、港からは既に揚陸艦隊が出港している。予定通り、25日…クリスマスには制圧作戦を行えるだろう。奴らはろくな装備も無く、寝不足で士気も下がっている。油断は禁物だが、まず負ける事は無い。」

 

「そして、亡命者…自由フィシャヌス帝国の協力者が城内の衛兵に潜んでいるともなれば、負ける要素はありませんわ。」

 

「あぁ、考えうる限りの準備はしてきた。エストシラントは、戦後処理に必要だから破壊出来ないが…まあ、デュロでの市街戦の結果を見るに大きな被害は出ないと思う。」

 

デュロ制圧作戦は数十名の負傷者こそ出たものの、戦死者は出ず非常に軽微な損害で成功させる事が出来た。

先進的な応急処置や医療技術、回復魔法を専門に扱う『魔導衛生兵』を導入していた故の結果だ。

 

「ふふふっ、楽しみですわぁ…」

 

エストシラントが炎に包まれる様を想像した赤城が舌舐めずりをし、ほぅ…と息を吐く。

そんな赤城を見ていた指揮官だが、ふとこんな事を思い出した。

 

──「たまには、赤城と加賀と天城にも構ってあげなよ?ああ見えて、特に赤城は寂しがりなんだからさ。」

 

デュロ攻略の前にノーザンプトンから言われた事だ。

指揮官は基本的には、思い付いたら即行動というタイプだ。

今この場は指揮官と赤城、二人きり…という事は騒ぐギャラリーは居ない。

 

「赤城。」

 

「はい、如何されましたか?」

 

「座れ。」

 

赤城に声を掛け、自らの太ももを手でポンポンと軽く叩く。

それに対し、赤城は驚いたように目を見開いて戸惑った。

 

「え…あの…指揮官様?」

 

普段から指揮官に対して過剰な程にアプローチをかける赤城だが、意外とアプローチをかけられる事には弱い。

だが、指揮官はそんな赤城の戸惑いを気にする事なく言葉を続けた。

 

「戦争が終われば忙しくなる。そうなれば、お前に構ってやれる時間が無くなるからな…まあ、今の内に褒めておこうと思ってな。……嫌だったか?」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「ダメならこんな事は言わん。」

 

おろおろしながら問いかける赤城に対し、太ももを叩きながら答える指揮官。

赤城は躊躇うような仕草をするが、意を決したように指揮官の太ももに座った。

 

「し…失礼します…」

 

「おう。」

 

人間を軽々と蹴り殺せる程の筋肉を内包した指揮官の太ももに、赤城の柔らかくしなやかな太ももが重ねられる。

赤城を始めとした重桜艦が愛用する椿油の華やかな香りが鼻腔をくすぐり、やや高い体温が直に感じられる。

 

「……」

 

「……」

 

指揮官と赤城、共に無言である。

ただ、二人の無言は意味合いが違った。

指揮官はデスクに置かれたモニターを見ながら、赤城の頭をゆっくりと撫でている。少し目線を下にすれば、赤城のザックリと胸元が開いた衣装から見える谷間を堪能する事が出来る。しかし、指揮官の思考はモニターに表示されている揚陸艦隊の動きに集中しており、赤城に対する興味はそのサラサラとした黒髪の手触りぐらいにしか向けられていない。

一方、赤城は想い人である指揮官と密着状態となっているため脳がオーバーヒートを起こしそうになっていた。

 

(あぁぁぁぁぁ…指揮官様の体温が…お召し物に染み付いたコーヒーの香りが…コーヒーは嫌いですが、指揮官様の香りならば…)

 

顔を真っ赤にして悶える赤城。

そんな赤城とは対象的に冷静そのものな指揮官。

 

──ピロンッ

 

イチャついてるとは言い難いものの、決して冷めきったとも言い難い雰囲気の艦長室に電子音が鳴り響いた。

 

「……早いな。意外と我慢弱かったらしい。」

 

「指揮官様?」

 

腕を伸ばし、マウスを操作してモニター上に表示された通知をクリックする。

モニターに表示されたメッセージ。そこには、こう記されていた。

 

──エストシラントにて暴動発生

 

 

──同日、エストシラント市街──

 

閑散としながらも騒がしいエストシラントの街並み、そこを一台の馬車が走っていた。

 

「市民は田舎に帰ったか…はたまた、家に閉じ籠っているのか。」

 

馬車の中で呟いたのは、第一外務局長エルトだった。

騒音とカラフルな光により寝不足となっている者が多い中、エルトやカイオスの協力者達はある程度の睡眠を確保出来ていた。

というのも、アズールレーン側から密かに提供された『ノイズキャンセリング耳栓』なる騒音をほとんど無くせる耳栓とアイマスクを装着する事で快適に眠る事が出来ていた。

 

「すまない、城門の方を経由してくれないか?現状を確かめておきたい。」

 

「かしこまりました。」

 

馬車を操る御者に指示をして最近使っている裏門へ直接向かうのではなく、市民の抗議活動がどうなっているのかを確かめるべく城門を経由させる。

 

「この腰抜け!色情魔!」

「お前らのせいで俺達がこんな目に!」

「息子を返してぇぇぇぇぇ!アルーニ守備隊に配属されたのぉぉ!」

 

市民の怒りは頂点に達していた。

本来、敬うべき皇宮に罵倒の言葉を投げ掛け、息子が戦死したと思っている女性が髪を振り乱して喚き散らしている。

そんな市民達は怒りに任せて石を衛兵に向かって投げ付けている。

 

「止めろ!貴様ら、不敬であるぞ!」

 

衛兵隊長が市民達を怒鳴り付ける。

彼の部下である衛兵達は盾を使って投げ付けられる石を防いでいる。

皇国の繁栄を象徴するように煌びやかな装飾が施された盾は、ボロボロになっており、寝不足で足下がふらついている衛兵と相まって悲壮感に溢れている。

 

「……どうにかしなければ。」

 

そんな様子を目の当たりにしたエルトは頭を抱えた。

 

「おい、お前大丈夫か?」

「ふらふらじゃないか。」

「う…うぅ…」

 

そんな混沌とした様相の城門周辺を見下ろす位置にある城壁上部。

そこに配属された銃兵の一人が同僚に心配されていた。

心配されている銃兵…彼は気が弱い男だった。

だからこそ、騒音と市民からの罵倒によるストレスが溜まり他の衛兵よりも深刻な寝不足となっていた。

それが、運の尽きだった。

 

「あ、おっ…おい!」

「落ち…!」

 

ふらついていた銃兵が大きくふらつき、城壁上部から落下した。

真っ逆さまに落ちる銃兵、彼は自らに与えられたマスケット銃を確りと握り締めたまま地面に叩き付けられ…

 

──バンッ!

 

落下の衝撃でマスケット銃が暴発した。

銃口から吹き出す白煙、そして鉛弾。

その鉛弾は白煙の尾を曳きながら…

 

「せめて…せめて息子の形見だけでも…っ!」

 

狂乱していた女性の眉間に直撃した。

静まり返る周囲。だが、それも一瞬の事だった。

 

「う、撃った!撃ちやがった!」

「市民を守るどころか、殺すだと!?」

「おい、アンタ…し、死んでる!」

 

市民達は衛兵が意図的に発砲したと思い込んでしまった。

しかし、衛兵達も勘違いをしていた。

 

「やりやがったな!俺達の仲間を!」

「我慢してきたがもう限界だ!」

「お前達は最早、善良な市民ではない!」

 

市民の投げた石が直撃し、そのせいで銃兵が転落死してしまったと勘違いしてしまった。

そんな不運な事故により発生した勘違い。だがそんな勘違いのせいで怒りに我を忘れた市民、衛兵の両陣営は乱闘というには余りにも凄惨な暴力によって自らが定めた敵を排除すべく行動した。

それは、紛れもない暴動であった。

 

「なっ…おい!止めるぞ、お前も手伝え!」

 

「と、とは言われましても…!」

 

そんな暴動が発生するまでの一部始終を見ていたエルトは、事態を収拾すべく動こうとした。

しかし、それは叶わなかった。

 

「おい、あの馬車!」

「間違いない、官僚が乗ってる馬車だ!」

「アイツも同罪だ!」

 

怒り狂った市民に目を付けられてしまった。

 

「エルト様、揺れますのでお気をつけ下さい!」

 

石や木材を携えて迫ってくる市民達から逃れる為に、馬に鞭を振るう御者。

 

──ヒヒィィィィィンッ!

 

馬が高らかに嘶き、走り出す。

石畳の凹凸により馬車がガタガタと揺れ、投げ付けられる石がバチバチと音を立てる。

そんな馬車の中、エルトは頭を抱えて嘆くしか出来なかった。

 

「皇国は……皇国はもう終わりだ!」

 




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