私は、イントレピッドとブレマートンですかねぇ…
イントレピッドから漂う駿河感と、ブレマートンの着せ替えが何とも…ねぇ?
──中央暦1639年12月25日午後8時、第三外務局長室──
遠くで聴こえる銃声と悲鳴。
その一つ一つ、全てが命の終わりを告げる音だ。
そんな音を掻き消すように連続した打撃音が響く。
「レミール様!早く逃げましょう!」
「幸い、ここには敵兵が来ていません!さあ、急いで下さい!」
扉を激しく叩きながら局長室の中に向かって呼び掛ける二人の男…タールとバルコだ。
そんな二人から呼び掛けられているのは、局長室の片隅で踞って震えているレミールだった。
「うっ……うぅぅぅ…何故…何故、私がこんな目に…」
目から大粒の涙を流しながら啜り泣くレミール。
今の彼女は深い後悔の海に沈んでいた。
生意気な蛮族を"教育"するために、見せしめとして処刑した…彼女からすれば、いつも通りの事だった。それにより蛮族が怒り狂い、戦争を仕掛けてきたとしても皇軍の力を以てすれば、文明圏外国なぞ簡単に滅ぼせる…そう思っていた。
だが、レミールの考えは無惨に打ち砕かれた。
彼女が言うところの蛮族による軍事同盟アズールレーンは、皇軍をことごとく打ち倒し、皇国本土すら蹂躙している。
さらには、レミールの双子の妹を名乗るファルミールを担ぎ上げ、皇国を潰そうとしている。
この状況で逃亡しても、アズールレーンはレミールを血眼になって探し出して処刑台送りにする事だろう。
だが、この場に留まっていても事態が好転する事は無い。
故にレミールは、ただただ涙を流しながら現実から目を背ける事しか出来なかった。
──ガタンッ!ガタンッ!
唐突に何かが倒れる音がした。
その音に驚いたレミールは、体をビクッと跳ねさせて扉の方を見る。
どうやら扉の向こうにある第三外務局の事務室から響いてきたようだ。
「なっ…なんだ!?」
タールの驚いたような声が聴こえる。
「お……お前は…っ!」
続いてバルコの悲鳴のような声が聴こえた。
──ダンッ!
まるでテーブルを拳で叩いたかのような音。
──ドサッ…
そして、何やら重い物が倒れる音がした。
「ば、バルコ!……ガァァァァァ!」
タールの驚愕に満ちた声を発した次の瞬間、彼の苦痛を受けたような叫び声が響いた。
「た、タール……?バルコ……?」
何が起きたのか、それを確かめるべく立ち上がり扉に歩み寄るレミール。
激しく脈打つ心臓の動きを抑えるように胸元に手をあてながら、恐る恐るドアノブに手を伸ばし……
──ダァンッ!
「ヒィッ!」
扉を開けようとした瞬間、強い力で扉が叩かれた。
──ダァンッ!
「やっ…やめっ…」
──ダァンッ!
「うぐっ!」
──ダァンッ!
「ま…待て…」
──ダァンッ!
「あぅぅぅ……」
──ダァンッ!
扉が叩かれる音の合間に、タールの声が聴こえる。
初めは抵抗するようなタールだったがその声は徐々に弱々しくなって行き、次第に小さなうめき声が聴こえるだけになった。
──ダァンッ!
レミールにはその理由が予想出来た。
──ビチャアッ!
その音が湿り気を帯びたモノになってきた。
それにより、レミールの予想は確信へと変わった。
──ゴシャアッ!
間違いない。
これは、タールの頭が扉に打ち付けられている音だ。
──グチュッ!ミシッミシッ…
何者かがタールの頭を扉に打ち付けている…そして、レミールはその"何者か"が誰か予想出来た。
──バギッ!バギッ!……ゴシャアッ!
扉の表面が隆起し、蝶番が軋む。
そして、遂に蝶番が外れ扉が破られた。
「あ……あぁ……」
木片まみれの血肉の塊を持った大男の姿を見たレミールは、床にへたり込み震える声を上げるしか出来なかった。
「オープン…セサミ…」
──ドチャッ…
木片まみれの血肉の塊…顔面が潰れたタールを捨てるように捨て置く男は、そんな事を言ってレミールに目を向けた。
「アーンド……メリークリスマス!会いたかったぜぇ、レミールちゃんよぉ!」
「貴様は…」
「忘れたか?酷いじゃないか…クリストファー・フレッツァだよ。」
血塗れの手の人差し指を左右に振りながら、レミールの真横を通り過ぎて局長室の奥にある局長用のデスクに向かう。
「タール…バルコ…」
指揮官が捨て置いたタールは、まるで陸に打ち上げられた魚のように体をビクビクと痙攣させており、破壊された扉の先に見える事務室には、脳天に手斧が刺さったバルコが倒れていた。
「うん、どうした?死体を見るのは初めてじゃないだろ。」
無惨に殺された死体を目の当たりにしたレミールが腰を抜かしているのに気付いた指揮官は、どこか面白そうに声をかけた。
「き…貴様…」
まるで油が切れた機械のように指揮官の方を向くレミール。
その顔には、深い恐怖が刻まれていた。
それを見た指揮官は、デスクに浅く腰掛けつつ満足そうに頷いた。
「そうだ…その顔が見たかった…たまらねぇな、股ぐらがいきり立つ。」
右目を覆っている眼帯を外しながら、詰まらなそうに呟く指揮官。
レミールにより傷付けられたその右目は再生医療により完璧に治療されており、海のような碧眼が彼女を射抜くように見据えている。
「蛮族め……」
震えながらも虚勢を張るようにして、喉からそんな言葉を振り絞るレミール。
だが、指揮官は懐から一本のペンを取り出して指の間でクルクルと回し始めた。
「そんな邪険にしなくてもいいじゃないか。アンタらが喜びそうなプレゼントを持ってきたのに。」
「プレゼント……だと?」
困惑するレミールを一瞥し、局長室のカーテンと窓を開ける。
「戦争だよ。アンタら、戦争好きだろ?だから、ここまで持ってきた。」
窓の外に広がるのは、戦禍によって破壊されたエストシラントの街並みだった。
建物は半ば倒壊し、石畳の通りには多数の死体が転がっている。
その光景にレミールは吐き気を覚え、口元を押さえる。
「あ、あとこれ。」
そう言って指揮官がレミールに向かって赤い袋を放り投げる。
──ドチャッ…
その袋がレミールの目の前に落下する。
袋の口は縛られていなかったのか、中に入った物がこぼれ落ちた。
「うっ…うえぇぇぇぇぇ…」
袋から出てきた物。それを見たレミールは思わず嘔吐した。
ここ最近は食欲が無く、殆ど食べていなかったため出てくる物は胃液だけだ。
そして、その胃液が袋から出てきた物を汚した。
「おいおい。アンタの親戚だぞ?ゲロをぶっかけたら失礼じゃないか。」
指揮官がレミールに放り投げた袋。その中身は、切り取られた耳だった。
透明なビニール袋は血液により赤く染まっており、中には幾つもの耳が詰め込まれていた。
「し…親戚…?貴様…まさか、皇族を!」
「そうだが、何か…問題が?」
恐怖を圧し殺し、怒りの感情を露にするレミール。
だが、指揮官はそれに対し首を傾げて疑問を投げ掛けた。
「当たり前だろう!何世代にも渡り繋いできたパーパルディア皇族の高貴な血を…こんな…見境もなく…っ!」
歯を食い縛り、震える脚でどうにか立ち上がり指揮官に詰め寄ろうとする。
しかし、指揮官の言葉は冷徹なものだった。
「あぁ、そんな高貴な血筋の人間を殺すのは…楽しかったよ。」
その言葉を聞いたレミールは驚愕に目を見開き、その場にへたり込んだ。
彼女はその時、ようやく理解出来た。
この男…クリストファー・フレッツァは、敵に回してはならない存在だった。
破壊と殺戮に何の躊躇も無く、それを行う為の力もある。
しかし、レミールは結局のところ皇族という肩書きしかない女でしかない。
殺戮者と血筋しかない女…どちらが殺されるかなぞ明確な話だ。
「き、貴様は悪だ!何者よりもどす黒い…この世に存在してはならない悪だ!」
精一杯の罵り。
それは、レミールに残された最後の対抗手段だった。
「そうだな、俺は悪だ。何時かは正義によって打ち倒される悪…」
力無くへたり込んでいるレミールに歩み寄る指揮官。
そして、レミールの首筋にペンの先端を押し当てる。
「だからこそ、お前らは正義ではなかった。俺を殺す事が出来なかったんだからな。」
──カチッ…
ペンの後端を押す。
すると前端から針が飛び出し、レミールの体内に薬剤を流し込んだ。
「あ…ぅ……」
レミールの体がグラリ、と揺れて床に倒れた。
それを見た指揮官は、レミールの体を軽々と担ぐと第三外務局を後にした。
執筆中にかけてるBGMは平沢進です