異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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今回、少し長くなりましたね
何時もは3000文字ぐらいにしているんですが、5000文字ぐらいになりました


94.インペリアル・スレイヤー

──中央暦1639年12月25日午後8時、ルディアスの私室──

 

パラディス城の中でも最も重要だとされる部屋。それこそが第三文明圏の覇者であるパーパルディア皇国皇帝ルディアスの私室である。

そんな部屋の主であるルディアスは、巨大な天蓋付きベッドに横たわり苦し気な咳をしていた。

 

「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」

 

「陛下…」

 

「お気を確かに!」

 

ルディアスが咳き込む度に血の飛沫が飛び散り、真っ白なシーツに赤い斑模様を作ってゆく。

そんなルディアスを心配そうに見詰める相談役ルパーサと主治医。

口元に付着した血を拭ってやるルパーサにも、必死に回復魔法を施している主治医にも、ルディアスの命の灯火が消えて行く様がはっきりと見て取れた。

皇帝の崩御…これだけでも一大事だと言うのに、敵の軍勢がパラディス城に侵入している。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!ドドドドドドッ!

 

──ドンッ!ヒュルルルル……ズドォォォンッ!

 

固く閉ざした窓の向こう側から飛行機械が発する音と、大砲の轟音が聴こえる。

 

「陛下をお守りしろ!」

「怯むな!陛下さえご無事であれば、皇国は何度でも甦る!」

「クソッ、蛮族め!死ね!死ね!死ね!」

 

──パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

衛兵達がルディアスを守るべく、必死に抵抗している。

このような状況でも逃げ出さないのは忠誠心からだろうか。はたまた、逃げる事すら出来なくなった事で自暴自棄になったからだろうか。

 

──ドンッ!……パパパパパパパパパパッ!

 

どちらか聞く事は出来なくなった。

腹の底に響くような爆発音の後に聴こえた連続する乾いた破裂音…それを最後に、衛兵達の声は聴こえなくなった。

代わりに聴こえてくるのは、別の声だ。

 

「開けろ、アズールレーンだ!」

「10数える間に開けろ!さもなくば、強引な手段をとるぞ!」

「10!…9!…8!…7!…6!…5!」

 

アズールレーンの兵士達だ。

デュロを占領し、属領の反乱を扇動した恐るべき軍隊が皇帝の直ぐそこまで来ている。

そんな非常事態に、ルパーサと主治医は何も出来ないでいた。

 

「ゴホッ!ゴホッ!…終わり…か…」

 

そんな中、ルディアスは虚ろな目で扉の方に目を向けた。

 

「4!…3!…2!…1!」

 

カウントダウンが終わる。

 

「0!爆破!」

 

──バンッ!

 

爆音と共に蝶番の辺りから爆炎が吹き出し、蝶番を破壊する。

 

──ギギギギギ……バタンッ!

 

分厚い木材の間に鉄板を挟み込んだ頑丈な扉は軋みながら、木片や煙を巻き込みつつ倒れた。

 

──ドタドタドタドタ!

 

皇軍と比べると地味な装いの兵士達がブーツを鳴らしながらルディアスの私室に突入する。

 

──ジャキッ!ジャキッ!ジャキッ!

 

「皇帝ルディアスだな!?」

 

兵士達が筒が付いた奇妙な形の金属と木材の道具…ライフルとサブマシンガンをルディアスに向ける。

 

「陛下っ!」

 

「う…あ…」

 

ルディアスを庇おうとするルパーサと、腰を抜かしている主治医。

そんな二人を、ルディアスは手で制して大人しくするように伝えた。

 

「よい、こやつらが用があるのは私だけのようだ。」

 

「し、しかし陛下……」

 

食い下がろうとするルパーサに向かって首を振るルディアス。

それを見た兵士達の隊長…マーフィー少佐が一歩前に出て、ベッドに横たわるルディアスを見下ろしながら口を開いた。

 

「単刀直入に言おう。お前に要求する事は2つ…先ずは無条件降伏を宣言してもらおう。」

 

マーフィー少佐の言葉を聞いたルディアスは、コクリと頷いた。

 

「よかろう、降伏する。」

 

「陛下…」

 

「良いのだ、ルパーサ。最早…悪あがきすら出来ん。」

 

ルディアスとルパーサのやり取りを聞いたマーフィー少佐は、満足そうに頷いて右に一歩ずれた。

 

「潔い態度なのは感心だな。では、次は…」

 

マーフィー少佐の背後からカイオスとエルト、そしてファルミールが現れた。

 

「パーパルディア皇国皇帝の座を『自由フィシャヌス帝国』皇帝ファルミール陛下に譲渡せよ。」

 

ハッ、とルディアスが息を飲む。

マーフィー少佐から伝えられた要求のせいもあるが、レミールと瓜二つであるファルミールを目の当たりにしたからだ。

そんな驚愕に目を見開いているルディアスにファルミールは、一歩近付いて頭を下げた。

 

「初めまして、ルディアス陛下。貴方の婚約者であるレミールの妹…ファルミールでございます。」

 

そう自己紹介したファルミールは、頭を上げてルディアスの目をしっかりと見据えながら言葉を続けた。

 

「本日は、皇帝の座を簒奪しに参りました。」

 

「ルディアス。もし、拒めば我々自由フィシャヌス帝国と同盟関係にあるアズールレーンが、この国を文字通り焼け野原にしてしまうだろう。」

 

ファルミールに続いて、カイオスが確固たる意思…ルディアスを呼び捨てにする事により皇国との決別の意思を露にしながら最終通告染みた言葉を口にする。

 

「陛下…いや、ルディアス殿。彼らは本気です。貴方が彼らの要求を飲まなければ…本格的な殲滅戦が始まるでしょう。」

 

エルトもカイオスに習おうとしたが、根が真面目なせいもありあくまでも敬語のままだ。

 

「ルディアス陛下……」

 

唇を噛み締めて、ルディアスを視線で真っ直ぐ射抜くファルミール。

その目を見たルディアスは、薄く目を閉じ……

 

「良い…私は…もう疲れた。ファルミール、貴様に帝位を譲渡する…」

 

心底疲れきったように息を吐きながら告げた。

しかし、その言葉には続きがあった。

 

「だが、ファルミール…カイオス、エルト。これだけは約束せよ…」

 

「無条件降伏と言ったはずだが?」

 

マーフィー少佐が口を挟む。

しかし、ファルミールは構わずに問いかけた。

 

「何でしょうか。」

 

「ゴホッ…せめて…民が飢える事が無いように…頼む…」

 

それは、最後の良心だったのだろう。

せめて最期の瞬間だけは歪んだ覇権主義国家の皇帝ではなく、平凡な国の王のように…民の平穏を望んだ。

そんなルディアスの遺言のような言葉に、ファルミールは力強く頷いた。

 

「はい。戦後の治安維持や食糧支援は、アズールレーンとロデニウス連邦が主体となって行う事になっています。彼らであれば不要な殺生は行わないはずです。」

 

「そうか…そうであるなら、私からは何も言う事は無い。」

 

それを聞いたルディアスは、安心したように深いため息をついた。

 

「今のは記録したか?」

 

「バッチリです。映像も音声も…しっかり記録出来ています。」

 

マーフィー少佐が部下である兵士に問いかける。

問いかけられた兵士は、ハンディカムとボイスレコーダー、そしてヘルメットに取り付けられたアクションカムを指差しつつ答えた。

 

「よし!半分は、お三方を護衛して揚陸艦まで戻れ!残りは私と共に、ここで待機!」

 

「了解!」

 

マーフィー少佐の命令を受けた兵士達が慌ただしく動き始めた。

部隊の半分は、ファルミールとカイオスとエルトを連れて部屋を後にした。

そして、残り半分は部屋で待機しようとしたが…

 

「終わったか?」

 

護衛部隊が出ていって5分も経たない内に、女性を担いだ男が入ってきた。

レミールを捕らえた指揮官である。

 

「指揮官殿、お疲れ様です。任務は全て完了しています。」

 

マーフィー少佐が敬礼し、指揮官を出迎える。

それに対し、指揮官は緩く敬礼を返した。

 

「ご苦労。……そいつが皇帝か?」

 

「はい、もう死にかけていますが。」

 

「まだ死んでないなら大丈夫だ。」

 

マーフィー少佐の言葉に頷きつつ、指揮官はレミールを担いだままルディアスに歩み寄る。

 

「貴様は…?」

 

「お前に名乗っても仕方ない。」

 

「……レミールをどうするつもりだ。」

 

余りにも不敬な指揮官の態度に、機嫌を悪くするルディアス。しかし、この状況で噛み付いても意味が無い。

それよりも気掛かりなのが、担がれているレミールについてだ。

内面はともかく、レミールはルックスもスタイルも抜群だ。

そんな彼女が男に捕らえられている、というのは嫌な予感しかしない。

 

「どう…とは?」

 

真顔で首を傾げる指揮官。

それに対しルディアスは、咳き込みつつ軽蔑するような目を向けた。

 

「ゲホッ…やはり蛮族か…レミールを辱しめてみろ。その時は…私が怨霊となり、貴様を呪い殺してやる…」

 

ルディアスの悪あがきのような言葉を聞いた指揮官は、目を見開き息を飲んだ。

ルディアスの最後の気力により発せられた、憤怒と殺気に心を揺さぶられた…と、いう訳ではない。

 

「フッ……ククッ…ククッ…フッ…ハハハハハハハハハハハハハハハ!アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

その証拠に、笑い始めた。

それは狂気に満ちたものではない。

一流コメディアンの取って置きのジョークを聞いた時のような…心底、楽しそうな笑い声だった。

 

「な…なんだ…」

 

いきなり笑いだした指揮官に戸惑うルディアス。

戸惑っているのはルディアスだけではない。

ルパーサも主治医も…そして、指揮官の部下として転移前から付き合いのあったマーフィー少佐達すら驚愕していた。

こんな大笑いする指揮官を見たのは初めてだったからだ。

 

「し…指揮か…」

 

「ハハハ!お前…ヒヒヒッ…面白いなぁ…ククッ…」

 

マーフィー少佐が恐る恐る話し掛けるが、指揮官はそれを遮って話し始めた。

 

「お前達、それを言える立場じゃねぇだろ?戦争をして男は死ぬまで働かせ、女は死ぬまで犯す…お前らは、そんな事をしてきたってのに俺達はそれをやるなってか!?」

 

「それは現場の独だ…」

 

「だが、最高司令官はお前だろう?現場の暴走や独断でも、最終的に責任はお前にある。上に立つ人間ってのは責任を取る為に居るんだぜ?」

 

ニヤニヤと笑いながら担いだレミールを床に下ろす指揮官。

 

「安心しろ。犯すにしたって、こんな女を抱くのは嫌だね。それに…俺は童貞なんだ。女の抱き方も知らねぇし、ムスコだって小便を出す以外には使ってねぇんだ。」

 

そう言いながらマーフィー少佐に目配せする指揮官。

マーフィー少佐は頷くと、レミールを担ぎ上げ部下に指示を出した。

 

「その医者と、爺さんを連行しろ。指揮官殿は一人で大丈夫だ。」

 

「了解。…二人とも、来い!」

 

「ぐっ…陛下…」

 

「止めろ!私が治療しなければ陛下は…」

 

兵士達に押さえ付けられつつも抵抗するルパーサと主治医。

しかし、ライフルのストックで殴られて気絶したところを連行されて行った。

 

「では、指揮官殿。我々はこれで…」

 

「あぁ…その女は、指示した通りの所に頼むぜ。」

 

「はっ!」

 

敬礼をしレミールを担いで部屋を後にするマーフィー少佐の背中を見送った指揮官は、再びルディアスに向き直った。

 

「さて……1から34までの数字を1つだけ言え。」

 

「何…?」

 

突如として不可解な質問をされたルディアスは、指揮官に怪訝そうな視線を向ける。

しかし、指揮官は詳しい事は一切言わない。

 

「言え。」

 

「……27」

 

答えなければ話が進まない。そう考えたルディアスは、そんな答えを出した。

特に意味は無い。何となく浮かんだ数字だ。

それを聞いた指揮官は頷きながら、ルディアスが横たわるベッドに片足を乗せた。

 

「何でこんな質問をするのか…不思議だろ?」

 

前触れもなく、ルディアスの胸ぐらを掴んだ。

 

「34通りの殺し方を思い付いたんだよ!」

 

ルディアスの体が持ち上げられる。

長年、病床にあったルディアスの体は痩せ細っており、そこに指揮官の筋力も相まってまるで枯れ枝のように軽々と持ち上がった。

 

「なっ…ま、待て!」

 

穏やかに死ぬ事すら許されない事に気付いたルディアスが抵抗する。

しかし、鍛え抜かれた指揮官の筋力から逃れる事なぞ出来ない。

そんなルディアスを気にする事無く、ズンズンと窓に歩み寄る指揮官。

 

──ジャッ!

 

「アディオスアミーゴ!」

 

閉ざされていたカーテンを開け、まるで野球のピッチャーのように振りかぶる。

 

「地獄で会おう!」

 

そして、ルディアスの体をオーバースローでぶん投げた。

 

──バリィィィンッ!

 

ルディアスの体が勢い良く衝突し、窓に嵌め込まれていた大きなガラス板が粉砕される。

炎と月明かりを反射してキラキラと輝くガラス片。

乱反射する光に包まれ、宙を舞うルディアス。

 

「う…うわぁぁぁ!」

 

それも一瞬の事。

大量のガラス片とルディアスは、重力に従って落下して行き…

 

──ドチャァッ!

 

窓の外、その真下に設置されていた銅像に落下した。

その銅像は、パーパルディア皇国初代皇帝が天に剣を掲げた姿を模したものであり、ルディアスはその剣に貫かれた。

 

「がっ……あ…あぁ…」

 

自らの胴体から突き出た剣。

それを信じられないような目で見ていたルディアスだったが、落下の衝撃と肉体の損傷により間もなく息絶えた。

 

「敗北の屈辱により、皇帝ルディアスは投身自殺…まあ、こんなものかな。」

 

その様子を破れた窓から顔を出して見ていた指揮官は、そんな事を呟いて部屋を後にした。




もうこれ、(どっちが悪役か)わかんねぇな

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