ハルが思わず呟いた<モゴック>という言葉にモゴックは訝しげにハルをじろじろ見回した。どうやらグリッテン砦を攻めたものの撃退されたばかりらしい。あちこち傷だらけでであった。
見るとモゴックの後方に傷ついたオークが多数座ったりウロウロしたりしていた。
視線を戻すと血がまだ体中についたままモゴックは眉(は無かったが)をひそめ言った。
「キサマ オークデハナイナ」そして脅すように「ナニモノダ」とハルに尋ねた。
ハルは一瞬気圧されるように後ろに引きかけたが、息を長く吐き出すとモゴックを真っ直ぐ見返した。そして怯えも気負いも見られない静かな口調でモゴックに自分は何者かを言った
「僕は覚者だ」
モゴックはあざ笑うように「ハ!カクシャカ!ソノカクシャガ ナゼオークノカッコウヲシテイル」と言い放った。
ハルは渋面を作って「まぁいろいろあったんだ・・いろいろ」と言葉を濁すように答えた。
と、後ろで紫色の光があちこちで放たれ玉の中に閉じ込められていたオーク達が姿を現した。オーク達がううっとうめき声を上げて起き上がろうとしていたが、弱々しく身体を動かしているだけだった。
ハルはオーク達が無事な様子を見て「よかった」と呟いた。
モゴックがその言葉を聞き「ナゼキサマガ ヨカッタトイウノダ」と言い、次に「オマエガ タスケタノカ」と尋ねた。
ハルは「まぁね・・」と曖昧な返事をしたが、モゴックは「ナゼカクシャノオマエガ オークヲタスケルノダ」と言って訳がわからないという顔をした。
ハルはモゴックを真っ直ぐ見つめ「友人に頼まれたのさ」と答えた。
「ユウジントハダレダ」とモゴックは尋ねるものの「おまえに言うつもりはない」とハルは真っ直ぐ見たまま答えた。
「フム・・カクシャノオマエガ ユウジンニタノマレ オークヲタスケタノカ」
「コノアトオタガイ コロシアウカモシレナイノニカ?」
モゴックは右手を顎に当て考えるように尋ねた。
ハルは口をへの字に曲げ「それはそれで仕方が無い。僕は白竜の覚者なんだから」と素っ気なく答えた。
「ホウ ナラバイマココデ コロシテヤッテモイインダガナ」とモゴックが脅すように言うとハルは「そうなっても仕方が無い、僕は弱い。一撃でおまえに殺されるだろう」もうどうにでもなれという達観したようにもみえる態度で言った。
モゴックはニヤリと笑うと「トコロデ ハイデルニオークガイルダロ」と急に話題を変えた。
ハルが急な話題の変化についていけず戸惑っているとモゴックはそれに構わず「オマエタチガ イクラシンニュウスルミチヲフサイデモ ゼッタイニトメラレナイホウホウヲ オシエテヤル」と言うとハルの首元と股間を掴み高々と持ち上げた。
ハルは驚きモゴックの腕を引き剥がそうとしたが万力のような力で首元を握られ空しくもがくばかりであった。
もがくハルに「コロサレテモイインダロ」と少し笑いながらモゴックはグリッテン砦の横に流れる川縁に立った。
そして「コウイウホウホウガアルンダヨ!」と言いつつハルを川に向かって投げ込んだ。
「うああああああ」
ざぶん
ハルは叫び声を上げながら水中に投げ出された。
モゴックはハルを川へ投げ入れた後部下達を呼び、倒れているオークの介抱を命じた後少しふらつきながらも大股でその豪傑さを見せつけながらグリッテン砦から去って行った。
グリッテン砦は崖と川に挟まれている場所に建っていた。
崖からはハイデル平原側に侵入するのは難しいのはわかるが川からも侵入が難しい理由があった。
川にはヒュージブルという魔物が取り付いていた。
その魔物は水の深い部分に入ると入ったものをを水の無いところへ排除するだけという変わった魔物であった。
よってヒュージブルのいるところでは泳ぐということが出来なくなっていた。
「うぶわあぶわ」
よって川に投げ出されたハルは溺れつつもヒュージブルの赤黒い触手に絡まれ川縁に戻された。
目の前に壁。
戻されたのは川とグリッテンの壁とのわずかな間に出来た足がかかるかどうかの場所だった。なんとか留まろうとするもズルズルと滑り落ちていき・・そして川の中にいた。
「うぶわぶぶわ」
また溺れつつもヒュージブルに絡まれさっきと同じような場所に立つ。
ずり落ちる。
とても立てそうに無い場所だが一瞬だけ立てるためヒュージブルはそこにハルを戻し続けた。何度もずり落ち何度も戻される。
ハルはなんとかこの状況から逃れようと考えた。
モゴックから投げ入れられた方が近いがオーク達がいることを考えるとそちらにはいけない。やはりハイデル平原側に行くしか無い。
そう考えハルは方向をハイデル側にずらしながらずり落ちていった。
何度も川に落ち、何度もグリッテンの壁に張りつくように戻される。
何度も何度も。
辛かった。終わりが無いように思えた。ただでさえ今までの出来事で疲れ切っていたので自分がハイデルの方にズレていっているのかわからなかった。
と、前の圧力が消えた。ずっと壁に張りつくようにしていたのでそのまま前に倒れ込んだ。
ズリ落ちない。
固い地面に倒れ込んでいる。
ハルはノロノロと起き上がった。
左を見ると高くそびえるグリッテン砦の壁が見える。
(たどり着いた)
ハルは安心したのか一瞬気が抜け膝をついた。
しかしよく考えるとハルはまだオークの姿をしている。もしここに覚者や騎士団の誰かがくるとややこしいことになるのは明白なので急いでここから離れなくてはならない。
あたりは暗くなっていた。もう夜になっていた。
グリッテン砦の危機は防いだがハル自身の問題が残っていた。
ただ変なオークも魔導器の手がかりも全て無くなってしまった。
(いったんエメラダさんの所に戻るか)
そう思いハルはふらつきながらもミスリウ森林のエメラダの住む小屋へ向かって歩き出した。
最初にオークにボルドに連れて行かれた時と同じくハイデル平原を横切りテル村近くの洞窟を抜けミスリウ森林に入る。最初の時と同じでオークの姿をしていたことで襲われることがなかったのがありがたかった。
ミスリウ森林に入ってからはルドヴィカにエメラダの小屋に連れて行かれた時の周りの様子を思い出した。
(あっちのほうかな)
今回もあのときと同じ夜だった。小屋に入る前に村の光が右後方に見えたのでその場所と同じになるような場所を目指して歩き出した。
左に村の光を確認しつつさらに歩くと明らかに人がつける明かりが前方に見えた。
(ついた)
ハルは疲れ切ったところに安心したことで涙が溢れてきた。
小屋にたどり着き自分を知らない人が中にいないことを確認する。
中からエメラダとルドヴィカの声がしている
ハルは他に人がいる可能性があったものの疲れ切った身体を休めたくて扉を開けた。
中にいるのは声の聞こえていた通りエメラダとルドヴィカだった。
他に人のいる様子は無い。
二人は入ってきたハルを見て「あら」「ハル!」と声をかけた。
ルドヴィカは「大丈夫だった!?禊ぎの神殿は?あの変なオークはどうなったの?」と尋ねつつもハルの答えを聞かずに「私もあの神殿にいたけど大変だったんだから!神殿の上に逃げてしばらく様子見てたんだけど、神殿の異常がおさまったようなのでナツと一緒にバートランドを離れたのよ。あ、アキちゃん目を覚ましてナツと一緒にジンゲンに帰ったわ」
「ちょっとまって!」
ハルはルドヴィカのたたみ掛けるような話しを遮り、水が飲みたいことを伝えるとルドヴィカが外に湧いているのを汲んだ水を飲んだ。大きく息を吐き一心地つける。
飲み終わったのを見てエメラダが「ごくろうさん」とねぎらった。
ハルは魔導器のようなものは手に入れられなかったと言おうとしたがエメラダが続けた言葉と取り出した物に目を見はった。
「よくやってくれたわ。この<魔導器のようなもの>を見つけてくれたなんてたいしたものね」
そう言ってエメラダが机の上に置いたの指さした物は忘れもしないドゥーヨーが酒のつまみとして芋虫を入れていた金属容器だった。
ハルが隣のルドヴィカに今までの人生で最速の速さで顔を向けた。
ルドヴィカもハルに向いていた。今まで見た中で一番真剣な表情をしていた。
心を読むことなど出来ないはずのハルがルドヴィカの目を見て現実に声が聞こえたと思えるくらいハッキリと相手の言いたいことがわかった。
<言うなよ!絶対言うなよ!君が言わなきゃ全て丸く収まるんだから!>
ハルも了解の意思をルドヴィカを見る目に表した。
エメラダがそんな二人の意思の疎通には気がつかず容器を手に持ちじっくりと見ていたが何かに気がついたのか声を張り上げた。
「これ、文献にもわずかにしか名前がない大魔道士フェステの紋様に似てるわね」
ハルは顔を向ける最速記録を更新した。ルドヴィカもエメラダの方を見る。
「流石ねルドヴィカ、ハルもありがとう」
ハルはルドヴィカの方を見ると目と口を大きく開きつつ笑みを浮かべていた。予想外の展開だったらしい。
ハルも口を閉めることができなかった。そんなものをドゥーヨーが芋虫入れにしているとは思いもよらなかった。
ハルがエメラダに「それ、どうするのですか」と聞くと「もちろん私のコレクションに加えるわ」と当然のように答えた。
「えっ神殿に持って行かないのですか」と聞くと「もうこれは何の力も残ってないわ。そうなると持って行っても神殿から突き返されるだけよ。持って行くだけ無駄足だわ。だから私のコレクションにするの。言ってなかった?私こういった<魔導器のようなもの>や<だったもの>を集めるのが趣味なの」
最初からそのつもりだったんだなとハルは思ったがこの先のことを考えると口には出さなかった。
「さて約束ね」とエメラダが奥の部屋にいきつつハルに言った。
「解呪薬ができているわ」
そう言いつつエメラダは蓋のしてある陶器で出来た深底の容器を持ってきた。
人の顔ぐらいあるそれは上部にフックを引っかける金属製の輪が取り付けてあり底の部分が焦げていた。
どうやら作る時に使った容器をそのまま持ってきているようだ。
容器を机に置き蓋を開けた。
ハルとルドヴィカは後じさった。
(なんだこの臭いは!)
机の反対側にいたにもかかわらず目の前にあるような強烈な臭いだった。
何かが腐ったような臭いだった。他にもなにか混じってい気がするがこの距離だとわからなかった。わかりたくもない。
そんな強烈な臭いがしているにもかかわらずエメラダはさっきと変わらない表情、いや少し楽しそうに容器の中身を陶器のコップに移し替えていた。
「前に作ったものよりも飲みやすくしたのよ。会心の出来だわ」
そう言いながら解呪薬を入れたコップをハルに差し出した。
「さぁ飲みなさい」
ハルは少し震える手でコップを持った。
「私ちょっと外で待ってますね」とルドヴィカが小屋を出ようとしたがエメラダが「ハル君がこうなったのもあなたの責任だからちゃんと脱げるのを見ないといけないでしょ」とエメラダに止められたので容器から出来るだけ離れた場所に下がった。
ハルはコップの中身を見た。
濃い緑と焦げ茶の液体の中に黒いつぶつぶと赤いヌメヌメした細かい物が浮いていた。
臭いはさっきの腐ったもの以外に強烈な酸っぱさが襲ってきた。その合間にきつい甘みが見え隠れして襲ってくる。
神殿が飲めないと突き返したのがよくわかる。
これに比べるとあの涸れ井戸でオークに出された飲み物は美味い高級なお茶だ。
ちらっとエメラダを見ると期待に満ちた表情でこちらを見ていた。涸れ井戸で飲み物を出したオークと同じ表情だとハルは思った。
三回ほど深呼吸をしてハルは一気に飲んだ。
涸れ井戸の時とは比べものにならないくらい胃が拒否をしているのがわかる。
意識を“白竜と黄金竜の混ざった幻影”と戦った時以上に集中して解呪薬を胃に納める。
身体の痙攣が起き続き止まるまでしばらくかかった。
はぁはぁはぁ
息を荒くしつつ身体が落ち着くのを待った。
エメラダはハルが落ち着いたのを見て「さぁ脱いでみて」と促した。
ハルは後頭部を掴み前に引っ張った。
脱げない。
何度も何度も引っ張ったがハル自身の姿が見える様子は微塵もなかった。
エメラダが「やっぱり呪いじゃなかったわねぇ」と下唇を突き出しながら少し考えるように言った。
「そんな!」
ハルは涙声で「これまで一体何のために頑張ってきたんだ!」と叫びながらしゃがみ込んだ。エメラダが「他にも調べてみる事は出来るから」と慰めた。
ルドヴィカもハルに近寄り「元気出しなよ、この姿でも出来ることがあるかも・・・ってなんだこれ」と言いつつハルの後頭部の少し下に手を伸ばした。
「こんなもの私が見た時にはなかったはずなんだけど」と黒い飛び出ている物を引っ張った。「んー」
バチン
破裂音と共にハルの目の前に布の塊が落ちてきた。オークの皮を剥いだ感じのものだった。
「「あ」」
エメラダとルドヴィカが同時に声を出した。
その声を聞きハルは顔を上げた。
驚いている二人が見えた。
一瞬何が起こったかわからずキョロキョロとあたりを見回したがふと自分の手が見えた。
「えっ」
オークではない、人間の手。
下を見ると足も人間の靴を履いている。
頭に手をやるとふさふさした髪があった。禿げてない。
ハルは唖然としているとルドヴィカが手に持った黒い物をひらひらさせ「これが引っかかって脱げなくなっていたようだね」と笑顔で言った。
「ああ、それで呪われていなくても脱げなくなったのね。次作るのに注意しなくちゃ」とエメラダも頷きつつルドヴィカの手に持っているのを見て「不吉の黒布かしら」と言った。
「じゃ、じゃあ僕はただ引っかかって脱げなくなっただけで、あんな苦労をしたのですか」
ハルは身体を少し震わせながらルドヴィカを見た。
ルドヴィカもハルの怒りを察したのか腕を伸ばしハルが迫るのを押さえようとしつつなだめるように言った。
「おかげで悪いやつの陰謀も防げたし、魔導器のようなものも見つかったし、それに僕のおかげで脱げたんだよ。ちょっとは感謝してくれなくっちゃ」
「あなたが僕にこんな物を着せたからでしょう!一発殴らせろ!」
「うあああああ」と叫びながら小屋から飛び出すルドヴィカをハルは追いかけた。
後ろでアハハハハとエメラダが笑いながら二人を見送った。
次の朝一人じゃ危ないからとハルは白竜の神殿までルドヴィカに見送ってもらった。
神殿前に着くとルドヴィカは「じゃっここで」と言いハルも「ありがとう」と返した。
「いろいろあったけど、君に会えてよかったよ。また何かあったら頼むからよろしくね」とルドヴィカが笑みを浮かべて右手を出してきた。
ハルは握手しながら「いや、もうこりごりだよ」と苦笑した。
ルドヴィカが「あははは、昨晩の一発でチャラにしてよ」と言いつつ手を離しそのまま上げて別れの挨拶をした。ハルも同じように返す。
ハルはルドヴィカが神殿から離れていくのを少しの間見送ると神殿の中に入っていった。
そしてテル村への言伝の完了を白竜の前にいる覚者を統率するレオに報告した時、レオならびにそこにいた面々は今まで何をしていたのかと言いたいような顔つきだった。
しかしハルも報告をしただけで何も言うつもりはなかった。
説明が難しいしさぼった言い訳にしかとられないと思ったからであった。
ただ報告を終えたところで白竜が「ごくろうであった」と小声で言ったのを聞いてハルはうれしくなって笑顔で白竜に会釈した。
それを見た周りは<ただのテル村へのお使いになぜ白竜様はねぎらったのだろう>と顔をしたがハルは気にとめないようにしてその場から下がった。
その後しばらくしてハルはナツとアキが婚約したという話を聞いた。
ルドヴィカは相変わらず宝探しに奔走しているらしい。ハルに出会うと「手伝って!」と頼んでくることが度々あった。
そして幾多の戦いを経て。
ハルはオーク達の拠点となっているガルドノック砦の中庭でモゴックと対峙していた。
ハルが手にしているのは大盾とロッド。あれからハルはシールドセージとなって全ての先陣を切っていた。他にもファイターやハンターなどにもなったがツーユーの姿がハルの心に焼き付いていた。
そして後ろに控えるのは三人のポーン。
ハルは後ろを振り返り三人のポーンを見た。
それぞれ緊張しつつもハルを信用しこの戦いに勝つと信じている目だった。
「いくぞ」とハルが言うと「はい」「お任せを」「いくぞぉ」とそれぞれが返事をする。
ハルはその言葉を聞きつつモゴックに向かって大盾を構えロッドを高らかに掲げた。
オークになった! 完
オークになった!終了です。
読んでいただいた皆様ありがとうございました!