オークだ。
自分はオークになった。
何故こうなった。
どうなっているんだ。
理解できない状況にハルは両手で頬を挟むように当てながら呆然としていた。
じっくりと現状とこれからのことを考えたかったが状況がそれを許してくれなかった。
「ドウシタ」
後ろから追いかけてきたオークが明らかに訝しげな口調で問いただしてきた。
まずい。
姿形はオークだが今までの行動を見ていると明らかに怪しい行動をしている。
中身がオークではなく覚者だとわかると襲いかかってくるのは火を見るより明らかだ。
「イ、イヤチョット・・チョット・・カオニムシガツイテ・・」
ハルは自分でも何を言っているんだと思った。
こんなことでオークが納得するはずがない。
オークはハルの様子を見ながら眉間にしわを寄せながら言った。
「オマエ ヘンナオークカ?」
まずい、確かに変なオークに見える。
さらにオークはこう言葉を続けた。
「オマエ ヘンナオークダナ」
「チガウ」ハルは大きく左右に頭を振り、できるだけオークの口調を真似るように言った。
「オマエ ヘンナオークジャナイノカ?」
今度は大きく頭を上下に振って違うということをアピールしながらこの状況に戸惑っていた。
(なんなんだこのやりとりは)
しかし目の前のオークはすこし眉間にしわをよせている感じで(もともとしわが寄っていてそうだと言い切れなかったが)まだハルの言うことを完全に信じているようではなかった。
ハルがなんとかして目の前のオークの疑念を晴らそうと口を開きかけたそのとき、目の前のオークに向かって後ろから別のオークが声をかけた。
「オイ、ヘンナオークガミツカッタラシイ」
その言葉を聞き、目の前のオークが眉間のしわを消し(たようにハルは思った)ハルに向かって「オマエ ホントウニヘンナオークジャナカッタノカ」
と警戒感をといた様子で言った。
ハルはほっとしながら息を吐いたがその息は目の前のオークたちのやりとりで再び詰まらせることになった。
後に来たオークが「ヘンナオークヲツカマエニイクコトニナッタ」と言うと、目の前のオークが「ワカッタ」と答えた。
さらに後から来たオークがハルに向かって命令するように言った。
「オマエモコイ」
ハルは目を見開いて固まった。
どうしよう、このままではオークと一緒に行くことになる。
逃げるなら今の方がいいじゃないか。
そう思いながら二体のオークがいない方向を向き、向かう方向を確認しようとした。
そこにオークがいた。
いつの間にかさらに二体のオークがハルの左後方に近づいていた。
左前方には先のオーク達。
右にはさっき自分の姿を写した川が月に照らされ黒くうねる奔流となって渦巻いていた。
逃げ場はない。
いや、一気に走るともしかしたら逃げることができるかもしれない。
もし捕まったら今度こそいいわけが出来ずに殺される。
しかしここまま行ってもどこかでバレたら同じことじゃないのか。
いや、しかし、いや、しかし。
ぐるぐると同じ問いを繰り返しながら動けずにいると左肩を強い力で掴まれた。
「イクゾ」
ハルは左の肩を掴んだ相手に顔を向けたが、視線を合わせることはせず力なく頷いた。
ハルの前に2体、後ろに2体のオークがばらけているように見えるもののハルを逃がさないように囲んでいる様にハルは思えた。
実際まだ何か変だなという疑惑は残っているんだろうなと思いつつハルは出来るだけ首を動かさないまま周りのオークを見た。
月明かりに照らされたオークはハルが覚者になって初めて戦いに参加したグリッテン砦にいたオークよりも大きく恐ろしく思えた。
テルの村から少し離れた洞窟を抜けた先にあるミスリウ森林。その森林地帯を通り抜け、ボルド鉱山地帯に入ってきた。
あたりは大小様々な大きさの岩があちこちに点在し、どこかに油田でもあるのか地面から黒く粘っこい油が地面から染み出し歩くのに苦労する場所だった。
ハルは真夜中の移動と途中からだんだん増えていくオークに囲まれることの恐怖で周りに気を配ることが出来なくなり、どの様にここまできたのかわからなくなっていた。
そしてボルドの村のすぐそばを横切り岩と油溜まりだらけの山道を登った先に大きな横穴が開いていた。周りを見ると散乱した樽やなにかしらの道具が落ちている。
どうやらここは鉱山の坑道のようだが今はあまり人が鉱山に出入りしている様子はなかった。
オーク達もここに入るのは初めてらしくこの先をわかる者はいないのか、オレはわからないオマエが先に行け、いやオマエがと先頭を押しつけ合っていた。
ハルはその様子をぼんやり眺めていると言い合っていたオーク全員がハルの方を向いた。
「オマエガイケ」
ハルは目を見開き少し頭を右に傾げながらゆっくりと力なく右の人差し指で自分を指した。
少し目が潤む。
オーク全員が少し笑顔のように見えた。しかしその笑顔は口元から少し黄ばんでいるものの肉を軽く噛みちぎるであろう鋭い牙によってハルに拒否をさせない威嚇となった。
「・・・ワカッタ」
しかたなくハルは言葉をオークの様にしゃべり足取り重く先頭に立ち坑道に入っていった。
坑道の中は松明やら使い古したランタンなどが所々にあり、薄暗いながらもあたりを照らし出していた。
坑道といっても洞窟のようなものが続いているのではなく大きな空間が広がっているところがあちこちにあった。
大きな空間には落ちると命の保証が出来ないくらいの高さに足場が組まれており、はしごで上り下りが出来てハルもあちこちを上り下りしていた。
ハルは彷徨っていた。
坑道内にもゴブリンなどがいるもののこれだけたくさんのオークが集団で移動しているからか物陰に潜み前を塞がれることは無かった。
移動はスムーズだった。ただそれだけだった。
坑道に入るのは初めてで薄暗いながらも見えてはいるがそれがさらに迷う原因にもなっていた。道があちこち分かれているのだ。しかも同じ岩壁のせいでさっき通った道かどうかすらわからなかった。
だんだん後ろからついてくるオーク達が苛立ってきたのがわかる。
ハルは今駆けだしたら逃げられないだろうかと考えた。いや自分も道がわからないので彷徨っているうちにばったり鉢合わせになる可能性が高い。
ところでどこに行けばいいんだ?
変なオークがここにいるという情報だけでここに入ったがここのどこにいるのかわからないじゃないか。オーク達はいつもこんな感じなのか?
変なオークが見つからなかったらずっとここを彷徨い続けるのか?
だんだん腹が立ってきた。
ハルの真後ろにいたオークが「オイマダカ?」と苛立った口調でハルに問いかけた。
「あ?」
ハルが振り向き返した怒気のはらんだ口調は、坑道の入り口でみせた気弱な様子から想像もできなかった。
返されたオークはその口調と坑道の光によって強調された怒気をはらんだ表情に気圧された様子で「ア・・イヤ・・ソノママイッテクレ」と小声で返した。
そのやりとりは他のオークも見ていたので苛立つような雰囲気は少し収まった。
さらにハルは気づかなかったがハルを賛美するような目で見ているオークもいた。
少しほっとしたハルだったがこの状態は長く続かないだろうとも思われた。
(早くなんとかしないと)
そう思いながらも何をしていいのかわからないまま進んでいると足下に油溜まりが点在する通路のような場所に入った、そしてそのまま進むと広々とした空間に出た。
(行き止まりか・・)
そこは単に広い岩の空間であった。
縦横ともにオークが20人くらい手を広げてならべるくらいの広さだ。
ただそこで行き止まりで空間には何もなかった。
いやオーク4,5人分はあろう大きさの岩が真ん中あたりにあった。
しかしそれ以外はなにもない。
ハルは部屋の最奥に進み何もないことを確認した。
岩崩れで道が塞がれてる様子はない。
(しかたがないさっきの分かれ道まで戻ろう)
そう思い元の通路に戻ろうとした時だった。
岩が動き始めた。
単なる岩だと思われた塊がゆっくりと動きなじめた。まるで昨日の早朝に目覚めた自分が起きるのを少しでも遅らせようとしてうずくまった体勢のままもぞもぞと体を揺らしているように見えた。
さらに岩のあちこちに何かが光り始めた。
その光は淡く紫色をしていて大人の手の平ぐらいの大きさの円盤全体が光っていた。それが岩のあちこちに嵌め込まれている。
ハルやオーク達が驚き動けずにいると岩は今目覚めた人のように人型となって立ち上がった。どういう理屈かわからないが丸い岩石がお互いくっつき、くっついた場所が関節のような状態になって折れ曲がることが出来た。
岩をくっつけて作られた人型。
「ゴーレムダァァァ」
オークの一人が叫んだと同時にゴーレムと呼ばれた岩人形はハルの少し左側のオークに向かって岩の塊とは思えない早さで進み始めた。
左のオークは固まった様に動かない。
ゴーレムが左腕を振り上げた時ハルは動けないオークを突き飛ばした。
オークのいた場所にゴーレムの腕が通り過ぎる。
ハルは突き飛ばした反動とゴーレムの腕の勢いに気圧され尻餅をつきながらも「逃げろ!」と大声で叫び自分も逃げる方向を探した。
後ろと右は岩壁。左はゴーレム。
(なんか同じ様な状況がついさっきあったな)
ゴーレムに殴られたらただではすまない状況であったがハルは頭の隅でぼんやりと考えつつゴーレムの両足の間を見た。
オーク達がこの空間に入ってきた道に向かって走って行くのが見えた。
ハルはオーク達が逃げていく様子を見つつもゴーレムの両足の間が通れるか測っていた。
大丈夫。
ゴーレムが右腕を大きく振り上げた瞬間股の下を転がるようにすり抜けた。
そのままオーク達が逃げていった道に向かう。
ゴーレムは真後ろに向くのが不得意なのか細かく足を動かしながら振り向こうとしていた。
しかしこちらに向いたら早いだろうと思いハルは少しゴーレムと距離をとれても走る速さを緩めなかった。
洞窟の油溜まりに入り油を跳ね飛ばしつつ足が油まみれになるのもお構いなしに走った。
洞窟を抜けると広い空間に木の足場が左方向に道を作っている。
真っ直ぐは奈落の下に一直線だ。
ハルは勢いを殺しつつ左に曲がろうと・・・
左腕の衝撃とともに世界が横になっていた。
走っているべき足場が自分の上方に見える。
転けた。
滑った。
足が油まみれだったのを忘れていた。
ハルは左(実際は下)を見た。
時間の立ち方が非常に遅くなったのではないかと思えた。
しかし遅く感じたのは一瞬だけだった。
その一瞬の遅れを取り戻そうと時間が急いだかようにハルは急に落下し始めたのを感じた。
「!!!!!」
ハルは落下の恐怖で喉が詰まり叫ぶことすら出来ず坑道の奈落に落ちていった。
ハルが落ちていった少し後ゴーレムは侵入者がいなくなったのがわかったのか元の場所に戻り大岩の状態に戻り、あたりは先ほどの喧噪が嘘のように静まりかえった。